やんまの目安箱

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ドラマ(特撮)、アニメ等の話を中心に色んなことをだらだらと、独り言程度の気持ちで書きます。自分のための備忘録的なものなのですが、読みたい方はどうぞ、というスタンス。執筆時に世に出ている様々な情報(つまり僕が知り得るもの)は特に断りなしに書くので、すべてのものに対してネタバレ注意。記事にある情報、主張等はすべて執筆時(投稿時とは限らない)のものであり、変わっている可能性があります。

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ほとんどの記事にはこのカテゴリがつくと思う。仮面ライダーはメインコンテンツなのでカテゴリだけでなく総括記事と、感想記事を体系的にまとめた記事のリンクも。

戦隊とウルトラマンに関してはほとんど知らないと言っても過言じゃないので、やるかやらないか、続くか続かないかは未定。

トクサツガガガ

 

仮面ライダー

―――大自然がつかわした戦士『漫画 仮面ライダー』 感想

―――"仮面ライダー"の定義を考える/自然と自由の象徴として

――クウガ

―――独りよがりな意欲作『仮面ライダークウガ』 本編感想

―――クウガ感想一覧

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―――混沌への挑戦『仮面ライダー555(ファイズ)』 本編感想

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――

―――運命のマッチポンプ『仮面ライダー剣(ブレイド)』 本編感想

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―――鬼はそと、福はうち『仮面ライダー響鬼』 本編感想

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―――現代の童話『仮面ライダーカブト』 本編感想

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―――手繰り寄せ進む『仮面ライダー電王』 本編感想

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―――綺麗な物語から汚い現実へ『仮面ライダーキバ』 本編感想

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―――仮面ライダーディケイド暫定的まとめ

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―――どこまで本気か分からないギャグ作品『仮面ライダービルド』 本編感想

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―――仮面ライダージオウ レジェンド編(1〜16話) まとめ感想

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―――セイバー感想一覧

 

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――ゼンカイジャー

 

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まとめ感想

 各話感想を全部読むとか相当な暇がないとできないっていうか自分でも読みたくないんで(僕としては、自分が全話見返そうという時におまけとして同時進行で読むのを推奨したい)、1つの作品を通しての感想はこのカテゴリにいれます。映画や小説なんかも"1つ"と数える。後はクール毎の感想とかも一応ここ。僕の感想の要点となる記事とでも言おうか……これらがコアメダルで、各話感想とかはセルメダルって感じ。"毎日更新"の満足感を得たいが為に書いてるみたいなとこあるからね、各話感想は。

あ、各話感想というのは、数話単位でより具体的で細かな感想を箇条書きにしたもの。記事タイトルに何話とか書いてあるのがそれ。ライダーのカテゴリどれかに飛べばズラっと出てくるはず。ほぼ毎日、書き溜めたものを作品順にローテーションで(例:クウガ1話→アギト1話→龍騎1話……)公開していってます。

 

ライダー感想一覧

例えば"クウガカテゴリーを開くと、クウガの話が主ではないが少し触れているだけのものも含めた記事が、新しい順に表示されてしまう。それだと使い勝手が悪いということで、下の画像のように、本編、まとめ、映画、小説、Vシネマ、ディケイドやジオウなど、その作品に焦点を当てた記事を中心に見やすくまとめたのがこのカテゴリ。

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書籍

多分小説版仮面ライダーが主となるだろうけど、一般の小説やその他の本についても時々書く。後は、おすすめの本について話した記事なんかもこのカテゴリに入れる。

 

映画

こちらも主にはライダーの映画について書くことになると思う。ライダーが落ち着いたらいろいろ見ることになるんじゃないかな。以下にはそれ以外の記事を載せます。

―――三葉は宇宙人?『君の名は。』 感想

―――エゴとエゴの均衡『映画 聲の形』 感想

―――現実と妄想、フィクション。そして自分『ビューティフル・マインド』『Serial experiments lain』 感想

―――本物の月光に見惚れる『BECK(映画)』 感想

―――夢への寄り道と現実回帰『ラ・ラ・ランド』 感想

―――A Clockwork Organ『時計じかけのオレンジ』 感想

 

アニメ

ここについては考え中。もしかするともう更新しないかも。あ、アニメ映画はこのカテゴリに入るか。

ヘボット!

――ヘボット!感想一覧

進撃の巨人

ポケモン

 

ドラマ

昔見て気に入ってたドラマをいくつか見る予定。最近物語ってのが何なのかってことを考えてるので、「子供/大人向け」みたいなうるさい枠を付けられない普通の作品も見たい。

JIN-仁-

トクサツガガガ

LEGAL HIGH

 

玩具

その名の通り、玩具について話す記事のカテゴリ。いわゆるレビュー的なことをするときもあれば"遊び"について考えたりもするかもしれない。この辺はまぁ気分次第。

 

雑記

いつもはTwitterで色んなことをぼやいてるんだけど「記事にするほどの文量にはならないな」と埋もれていくツイートもある。そういったツイートを脈絡なく貼って残しておくのがこのカテゴリの記事。過去に書いた記事を補足するような内容だったり、記事にはしないような珍しい話だったりが読めます。

"仮面ライダー"の定義を考える/自然と自由の象徴として

「もはやこれは仮面ライダーじゃない」
そんな声を毎年多く聞く。では仮面ライダーであるとは何なのかと問うたとき、仮面ライダーの名を冠する者すべてと過不足なく一致する定義を答えられる人はなかなかいない。

仮面を被り、バイクに乗る。その簡単な2項ですら、少なくとも劇中に描かれる限りでは守らないキャラクター達がいる。
ドライブが乗るのは主だって車であるし、RIDEを日本語の"乗る"と解釈しても、近年ではそもそも"乗り物"を持たない者もいる。直近だとバルカンやバルキリー……はかろうじて変身前に黒いバンに乗っていたが、滅亡迅雷の2人は現状、迅がゼロワンに馬乗りになっていたくらいである。
いわゆる複眼,触覚,Oシグナル,クラッシャーなどの外見的な特徴も、ひとつも持たないものこそなかなかいないが、たったひとつ満たしていればそれで良いのかと思う人も多いだろう。
改造人間であるか否かという点も、放送コードか何かによって守られていない。

現在ある程度の説得力をもって世間に受け入れられているのは、
・同族争い,親殺し,自己否定の3つを満たすこと
・悪の力を善に転用すること(敵と同じ力を使う)
・人間の自由のために戦うこと
くらいのものである。

以上の現実を踏まえた上で、「仮面ライダーの定義」を打ち立てることについて考えていくというのが本記事の主題だ。

 

目次

 

 

 定義とは何か

まずはここを確認する必要がある。言葉の定義というものは、決して客観的に存在するものではない。
定義とは、コミュニケーションをはかる際に誤解が生まれないよう、ある言葉から抱くイメージをひとつに統一しようという目的のもとに、多くの人が参考にできる拠り所を設けようとする行為である。
すなわち、その目的を共有できない人とは話がそもそも噛み合わないこととなる。
そして大前提として、「仮面ライダーとは何か」を考える際に参考となる大きな軸のひとつは、いわゆる"公式"の見解であることも改めて共有しておきたい。
多くの人がその"公式"の言うことにある程度の権威を感じていることは、彼らの持つ影響力というかたちで現れている。我々が受け入れるから彼らは影響力を持ち、その影響力がまた権威となって更に多くの人に受け入れられるのだ。
政治と同じく、公式の持つ権威は一人ひとりに受け入れられているということに基づき、逆に多くに受け入れられているものは公式でなくとも同等に扱う。
「悪の力を善に転用すること(つまり仮面ライダーは善でなければならない)」という定義は公式の言う"仮面ライダー"の多く、いわゆるダークライダーやネガライダーを振り落としてしまうが、僕の見る限りおいてはそこそこ支持を得ているので併記した。
個人としての僕はこれを支持しないが、「受け入れられている」という事実は受け入れているつもりでいる。
どんなに正しそうに見えても、多くの人に支持され共有されなければ「他者と誤解の少ないコミュニケーションをとる」という定義の目的を達成させることは難しいからだ。

(参考:トランス女性(MTF)は女風呂に入れる?/性別とは一体何か)

 


 "仮面ライダー"とは何か

いくつかの平成ライダー作品においては、仮面ライダーという呼称は劇中では使用されない(クウガ,アギトなど)か、出処が不明瞭なまま既知のこととして扱われる(龍騎,剣)。
対して『W』では風都市民が、『ドライブ』ではブレンが、それぞれ"仮面ライダー"という呼称を使い始めたのだと明言されている。
前者はそれでもぼやかされているからなんとか納得できるが、後者の「仮面の……ライダーだ! 仮面ライダーに警戒せよ!」というあのシーンには、強烈な違和感を覚える。
何故あのプロトドライブを見て"わざわざ"、仮面とライダーというその2つの要素を、その表現で、その順番で並べたのか。この疑問が出てくるのは、僕が視聴者という立場にいるからというだけではなかろう。むしろ視聴者でなく仮面ライダーという単語を知らない者こそ、抱いて然るべき疑問だと思われる。
ブレンがあの時あの場所で思い浮かぶ言葉は、それこそマスクドライダーでも、アーマードライダーでも、メットライダーでも覆面ライダーでも、なんでも良かったはずなのだ。にも関わらず(他作品と)示し合わせたように"仮面ライダー"になることに、僕は違和感を禁じ得ない。
市民が呼び始めたというのもブレンが名付けたというのも、どちらも「何故劇中の戦士が仮面ライダーと呼ばれるのか」に対する説明としての機能を持っているが、それは少なくとも僕の「何故"仮面"と"ライダー"の2要素を強調して呼ばれているのか」に対するアンサーにはならなかった。
僕はグローバルフリーズのスピンオフは見てないのでなんとも言えないが、そこではそんなにも"仮面"と"ライダー"を名前に付けたくなるような活躍が描かれているのだろうか?
仮面を強調するならば素面の存在がチラついていなければおかしくて、そうでなければ元よりそういうデザインの機械かもしれない。それでいくとダブルは正体を隠しているはずなので、変身体と別の姿(面)があるという発想を抱く理由が見当たらない。顔が見えない程度に変身するところだけたまたま目撃されたのだというロジックも組めるが、結局実際のところ「仮面ライダーと呼ばれる」という結論ありきなことに変わりはない。
仮面ライダーであって悪い理由はないが、仮面ライダーである必然性もまた、ないのだ。


では、平成ライダーが"仮面ライダー"と呼ばれるのは「『仮面ライダー』から続くシリーズであるから」で一旦片付けるとして、初代『仮面ライダー』まで遡って、「何故"仮面ライダー"なのか」という疑問の答えを探してみるとどうだろうか。
結論から言えば、見つからない。
開幕早々、画面上に映ったキャラクターに『仮面ライダー』というタイトルが重ねられることで、また主題歌やナレーションを通じて視聴者に対しては問答無用で示され、劇中内では本郷変身体=仮面ライダーであるということは、どうやらほぼ自明のこととして扱われている。
2話で初めて、バイクも何も関係ないのに唐突に「ライダー投げ」という技名らしきものを叫び、3話にて戦闘員がこれまた唐突に「仮面ライダーだ!」と呼ぶ。
味方サイドで自覚的に呼ばれるのは4話であり、少年が自分を助けた"あのお兄ちゃん"は誰かと問うたところ、「あれは仮面ライダー」だと説明される。
漫画版にしても、変身した本郷猛が自分から名乗るというだけで、唐突なことにそう変わりはない。
本郷猛が仮面ライダーと呼ばれるに相応しいかどうか、みたいな段取りは一切なく、なんなら流れとか雰囲気といったもので呼ばれ始める。

劇中で仮面ライダーと名付けられるのは現実世界でそう名付けられたからかもしれないが、更にそこへ「何故」を突きつけることもできる。仮面を名前にチョイスしたのはペルソナをテーマにするためかもしれないが、では何故ペルソナの要素を入れようと思ったのか。何故あのようなデザインになったのか。何故石ノ森氏に依頼されたのか。何故企画されたのか……。
このように、あることを説明するために使った事柄についての更なる説明を求めていくと、無限後退と言われる状態に陥る。
"根拠"とは言葉の通り根っこであり、ある事柄が成立するための前提条件である。無限後退している限りはいずれの前提も無根拠なものとなり、正当性(拠り所)を失ってしまう。


いちゃもんを付けて、否定したい訳では決してない。
ただ、仮面ライダー達が"仮面ライダー"という文字列で表されることに対する明快な"根拠"は、少なくとも劇中では示されていないということは、ひとつの事実として受け止めなければならない。
言語学ではこのようなことを言語の恣意性と呼び、そもそもそこに根拠など有り得ないとしている。

 

 


 意味の逆流現象

前項では「何故」をキーワードにそのルーツを辿ろうと試みたが、失敗に終わった。
ここでは「何故かはよく分からないが仮面ライダーと呼ばれている」という事実を受け入れた上で、それがどのような意味を持つのか考えていくこととする。

仮面もライダーも、どちらも本郷猛変身体という存在を記述するために、その所有物(マスクとバイク)を利用していることが分かる。
"仮面ライダー"というのは、「本郷猛の仮面とバイク」という認識から見て「仮面を被ってバイクに乗った存在(本郷猛)」という認識に主従関係が逆転しているのだ。
これは、世間的にショッカーという組織が「仮面ライダーの敵」と認識されていることと似ている。
ある集合の中の一部が、全体の意味に影響してしまうのだ。


仮面ライダー関連で似たような事例をもう2つ挙げよう。
『ディケイド』における小野寺クウガ。彼が地の石の力によって変身するライジングアルティメットというフォームがあり、それに対して「ライジングフォームはアルティメットの力が漏れ出た形態なので、"ライジングアルティメット"というものは有り得ない」という意見がある。
これはたまたまクウガがアルティメットの力によって力がRiseしている様子をライジングマイティなどと名付けただけであるにも関わらず、受け取り手が勝手にRisingという言葉そのものに「アルティメットによる」という意味を付加させてしまったことによる混乱である。矛盾があるとすれば、更に上昇する余地があるのならそれは"究極"ではなかったのではないか、という部分だろう。まぁそれも「名付けた者が究極だと思った(けど違ったらしい)」で済む話だが。

もうひとつは『フォーゼ』における如月弦太朗。「主人公の髪型がリーゼント」というだけで、抗議の声が殺到したそうである。
あの髪型にすることが直接的な"悪行"ではないはずだが、リーゼントヘアで不良行為をした誰かがいたせいで、髪型そのものに"悪い"という意味が付加されてしまったのだろう。
学校の規則を破ることはよいことではないが、そもそも規則としてあの髪型を禁止する時点で既にその意味の逆流が起こっている。或いは「何故」の通じない、よりプリミティブな不快感に根ざしているか。


このような現象は、我々のそばで日常的に起こっている。

 

 

 大自然が遣わした戦士

"定義"というのは、厳密には対象となる概念と過不足なく一致する必要があるので、これは定義とは少し違う話なのだが、僕の中での"仮面ライダーのイメージ"というのは、「たくさんいれば、色んなやつが現れる」という言葉で表現される。
ショッカーが自らの意のままに動く怪人たちをたくさんつくっていれば、いずれ一人や二人くらい意のままに動かない者が現れる……それが"自然"なことである、という観念。
これを「"仮面ライダー"と呼ばれる者」の定義にしようとすると、例えば本郷を逃がすことに協力した緑川博士の存在も含まれてしまうが、彼に仮面ライダーの名は冠されていないので、矛盾してしまう。


ショッカー怪人なのにショッカーに従わないだとか、仮面ライダーなのに悪人だとか、リーゼントヘアなのに悪いことをしないだとか、ショッカーが脳改造前に本郷を目覚めさせるだとか、実験のためとはいえ本郷に風力エネルギーを与えてしまうだとか、そう言ったことに対して我々が感じるある種の"不自然さ"や"おかしさ"。
しかしどれだけおかしい、有り得ないと思っても、実際に起こってしまっている以上、人間の認識には反していても、この自然世界のルールには反していない。すなわち"自然"なことなのだ。
この文脈でのより大きな"自然"のことを、人間が感じるそれと区別するために、ここでは"大自然"という言葉を使いたい。


実際の現象を前にしては、理論的に有り得ないだとか定義に反しているだとかそういったものは意味をなさない。事実こそがすべてであり、大自然の前では我々人間の理屈は常に泣き寝入りをするしかない。
一度雨が降ってしまえば、いくらその日の降水確率が0%でおかしいと感じても、降らなかったことにはできない。
うちの近くのスーパーでは、買い物の際に3円払うと"ゴミ袋"と書かれた袋を渡される。買ったばかりのもの、況してや食料品をその中に入れて持ち帰ることに僕は些かの抵抗を覚えるのだが、勿論"ゴミ袋"と書いてある袋に入れたからと言って、商品がゴミ(もう使えないもの)になる訳ではない。レジ袋として使えばゴミ袋と書いてあろうとも本質的にはレジ袋足り得る。
天気予報が外れることもあれば、ゴミ袋が想定外の使われ方をすることもある。

 

"仮面ライダー"という新しく作られた概念は、何故かもどういう意味かも判然としないままに、本郷猛変身体を指して使われ始めた。
そしていつしか変身者が一文字隼人に変わっても、悪人に変わっても、バイクに乗らずとも続けて使われている。
ショッカー怪人がたくさんいればショッカーに歯向かう仮面ライダーが生まれてくるように、仮面ライダーも規模が大きくなれば色んなやつが生まれてくる。

何事も「もはやこれは〜ではない」と言いたくなる例外的存在は出てき得る。それが"大自然"の掟なのだ。

(参考:大自然がつかわした戦士『漫画 仮面ライダー』 感想)

 

 

 世界の破壊

ショッカー怪人だからと言ってショッカーに与するとも限らないし、仮面ライダーだからと言って正義の味方とも限らない。
改造人間という設定は、人間の体すら究極的には言葉と同じく、交換可能な"仮面"に過ぎないということを表している。
記号と、それによって表される意味。
言語はもちろん、それ以外のリーゼントという髪型や我々の顔のような視覚的な情報、聞こえてくる聴覚情報なども、すべて"記号"に過ぎない。
仮面ライダーのデザインは、どう見ても設定通りの強化された肉体というよりは服なのだが、"改造人間バッタ男"がショッカーの技術で複製可能なのと同様に、容易に取り替えられる衣服もまた人の外見を規定する記号のひとつである。
現代で言うところの"コスプレ"の延長線上に、なりすまし(擬態)はある。
実際、既に整形技術はかなり普及しており、かわいいだとか美しいだとかいう基準に合わせて顔を作り変えた結果、多様性がなくなり「皆同じような顔」になっているというような話も耳にする。
"そっくりさん"はつくれる時代に突入しつつあるのだ。

 

また俳優の藤岡弘、さんの事故の弊害であるとはいえ、中盤に本郷猛の過去の映像が使い回され、声を別の方が吹き替えていた時期がある。
これも結果的にだが、本郷猛だからと言ってあの声だとは限らないという、声の交換可能性を示す事柄となっている。
というか桜島1号とか新1号とかの登場回も見てみたが、声と同じく見た目が変わったことに対する説明らしきものは一切見当たらなかった。
だがそれらも全部「改造人間だから」で受け入れられてしまうのは、偶然というよりはこの設定の懐の深さを表していると言えよう。
すなわち、"仮面ライダー"の真髄のひとつは、この"交換可能性"という部分にあるのだ。

(参考:仮面ライダーディケイド暫定的まとめ)

 

インターネットが普及し、誰もが簡単に仮面を被ることができるようになった。
ゼロワンの感想にて詳しめに話したが、ゲームプレイワーキングと言って、自覚的にはただゲームをしているだけでその入力が何らかの仕事に変換され、働いているのと同じ成果を得られるようになるシステムというのも考案されつつある。これもまた、見えている世界と実際に意味する世界を乖離させるベクトルの力である。
もはや見た目も声も名前も物事の本質と直結せず、そもそも本質……攻殻機動隊で言うところのゴースト(代替不可能なもの)などあるのかという疑念に駆られるようになる。
だが、それは悪い面ばかりではない。何者でもなくなった我々は、同時に何者にもなれるようになったのだ。
白倉さんによれば仮面ライダーは自らの親を否定するというが、その意味では作品にしばしば登場する"おやっさん"という存在は、言わば親代わりと言える。
加賀美やじいやたちにとって、本来何の関係もないスコルピオワームが神代剣になり得るように、誰もが誰かに擬態できる。
ゴミ袋をレジ袋として活用することも当然できる。

従来信じられていた必然的な繋がりが破壊され記号と意味が分離した結果、「子供たちは仮面ライダーになれる」のだ。

(参考:"純粋"と呼ばれる子供はサンタや仮面ライダーの実在を信じているのか?)

 


 自らを由とする

記号と意味の繋がりが断ち切られ、破壊された世界では、存在はその背景や根拠,ルーツを失う。

人はそういった後ろ盾を持たない者に対して厳しい面がある。「ジクウドライバーはどこから来たのか」「ギンガって一体何だったのか(何年のミライダーで変身者は誰なのか)」などという疑問はいい例である。

ビルドドライバーは、エボルドライバーを参考に葛城親子がつくった。だが、そのアレンジの発想の元や、そもそものエボルドライバーはどこから? と言った"由来の由来"、すなわち祖父母にあたる疑問は、目を向けられないことが多い。「仮面ライダーの力は、現代の科学では説明できない不思議なパワーなのだ」という説明する気がない説明でも、何も言われないのと比べれば疑問に思う気持ちはそこそこ落ち着くだろう。

これを端的に表しているのが『龍騎』だ。
「映画は本編に繋がるループのひとつである」という言説は、それだけでは説明になっていない。何故ならタイムベントで時間を巻き戻す当事者である士郎が死んでいるので、単純には繋がり得ない。もちろん、他の誰かが神崎の研究資料を見てやっただとか、それなりに理屈を通して繋げることは不可能ではないが、上記の説明だけで納得している人は明らかにそこまで考えていないだろう。

ジオウ同様に説明不足も甚だしい電王が成立しているのは、例えば「教養の差だ」みたいな"説明してる風"のセリフがあるからだろう。

我々が抱く「何故?」とは、その程度の近視眼的で適当なものなのである。

親世代が無根拠であることを容認されるのならば、子世代が無根拠であることも理屈としては大差ない。

要するに、エボルドライバーの出自が気にならないのにビルドドライバーやジクウドライバーの出自だけを気にするのはナンセンスだ、という話。エボルドライバーの出自が宇宙のどこかの知性体だとするなら、その知性体のルーツも探らなければならない。これは先ほど言った無限後退である。
無限後退をしないのであれば、我々はいつか、背景を持たず無根拠で、他者との関係によって記述されない"孤高の存在"を受け入れねばならない。実際にそうであるかは関係なく、我々の認知の限界としてそういったナマの事実は現れてくる。もしくは循環するか。

人は自分のルーツを求めて宗教による"説明"をしようとする。
だが無宗教の人が存在するように、また人をつくった神のルーツ(のルーツ)が語られないように、根拠など分からずとも存在できてしまうのが実情である。


従来は「自分は男だから力が強い」という文章が意味をなしたが、男だからと言って力が強いとは限らないことが分かると、男であることは根拠として機能しなくなる。
そこにあるのはただ「自分は力が強い」という事実のみである。
これは、"それまでの定義からの自由"を意味する。
定義がもたらす「男である→力が強い」「仮面ライダーである→正義の味方」「すずきやまとである→葛葉紘汰ではない」などの不自由から解放され、すずきやまとであった背景をかなぐり捨て葛葉紘汰になることができる。
これこそ、世界の破壊がもたらす恩恵である。

 

僕のハンドルネームである"やんま"は、由来としては所謂リアルにて友人にそう呼ばれていることが挙げられるし、更にその理由を求めると例えば眼鏡をかけていることだったり本名とも少しかかっていたりということになってくるのだろうが、そんな背景はお構いなしにネット上では"やんま"として、なんなら"やんまヘボ"として定着しつつある。
そう、例え一切根拠などなくても、名乗ること/呼ばれることによって名前というのは"定着"するものなのだ。


先程からキーワードをちょろちょろ出している『ディケイド』を絡めて説明するならば、士が世界によって役を与えられることを"役者"に見立てたとき、同じ現象が起こっていることが分かるだろう。
井上正大さんは門矢士に変身する。「門矢士として生きてきた背景」を当初の彼は持っていないが、撮影が始まれば門矢士になりすます。
しかし背景を持たないからと言ってその存在(井上氏演じる門矢士)が成立しないとか価値がないかと言えば、そうはならない。彼の声、表情、身のこなし……その一挙手一投足が"門矢士"として新たな価値を生み出し、定着していく。
『ディケイド』を好きじゃない人も自分の好きなキャラクターに置き換えて見れば共感できるだろう。仮面ライダーシリーズにおいてノンフィクションだった作品というのは現状ない。
背景の破壊というものを自覚的に扱った作品として、もうひとつ『電王』がある。味方側のイマジンズはルーツである"カイの未来"がなくなったことによって消えるはずだったが、そんな根拠などなくとも「いるものはいる」ということを示した。同時に良太郎のイメージを借りた存在でもあるが、後々良太郎がいなくても登場したり変身できたりするようになったのも、その傍証であろう。良太郎に両親がいないのもそれを思わせる。

 

悪の仮面ライダーや暴走するアナザーアギト(アギト)の存在によって、正義の仮面ライダーや木野アギトの名誉が脅かされるという意見がある。
だがしかし、"仮面ライダー"の称号という文字列や、アナザーアギトのような見てくれひとつにすがらなければ瓦解してしまうほど、彼らという概念は弱いものなのか。その個体が持つ要素の中からそれだけを抽出して、あとは"ないも同然"にしてしまうのか。
それらひとつひとつは所詮借り物の記号による一部分に過ぎない。例えばクウガのガワにも小野寺が出て来る前から先代という別の所有者がいるし、アギトの力もまた他の変身者が多数いるものであり、翔一と同型のアギトが存在し得る以上、個体差の問題として木野のものとよく似ているか全く同型のアギトが生まれる可能性がないと言い切る根拠はない。木野薫という名前にしたって、それほど珍しい訳でもないし、同じく木野という苗字の人間が悪事を働く可能性は十分にある。だがだからといって「木野薫に失礼」という立場からの批判はナンセンスだろう。決してこれらは専有物ではない。

では木野薫という概念とは何なのかをきちんと説明しようと考えると、"生き様"とでも言えるような網羅的なものでないといけない。
それをたった一言で表現しようとするならば、木野薫とは木野薫であり、仮面ライダーとは仮面ライダーである……という、トートロジーに落ち着くことだろう。

下の記事の"テーマ"という項で、ダークライダーの存在意義について詳しく書いてるのでそちらも是非。

(参考:仮面ライダーディケイド 6,7話「バトル裁判・龍騎ワールド/超トリックの真犯人」 感想)

 

先に用意された仮面ライダーという集合の"定義"に構成要素たる本郷猛たちが従うのではなく、その名を冠する者たちの生き様そのものが逆流し"仮面ライダー"という概念の意味をつくりあげていく。
それがこの"定着"という現象の意味するところだ。

名が体を表すのではなく、体が名を表す。
彼らに背景の有無は関係なく、仮面ライダーだから仮面ライダーなのだ。

そういう意味で、とにかく顔に「カメンライダー」と書いてあるから仮面ライダーであるというジオウの(言語学的な)スタンスは子供向けとしても至極真っ当と言える。

 

 

 

 仮面ライダーの敵

既存の定義にもあるように、仮面ライダーの敵はそのルーツである場合が多い。このことからも、仮面ライダーの無根拠性が顔を覗かせる。

敵組織の中でも最初の敵であるショッカーに注目すると、「ナチスドイツの残党」という点がひとつ挙げられる。
あいにく僕は社会科、とりわけ歴史を毛嫌いしているので詳しいことは知らないのだが、ショッカーとの類似性という視点から語る上で重要になるのは、やはりその優生学的な側面だろう。
改造手術によって動植物の特徴を移植し、強化された人間をつくる。そしてそれに適応できない者は(強制労働の末に)殺されてしまう。

ここに現れているのは、超人的な人間だけによる無駄のない世界にせんとする、息の詰まるような思想だ。
僕は発達障害を持っていて、最近は同じ障害者(身体精神など問わず)が集まる施設に通っているのだが、自分も含め、我々障害者が他人と関わりながら迷惑をかけずに生きていくことがなかなか難しいのは、悲しいかな事実ではある。
そういった負の面を日々感じている身からすると、「人類全体のことを考えたら障害者はいない方がよい」という意見を、無下に扱うことはできない。

障害者に限らずとも、例えば一部の犯罪者などは今でも実際そのような判断を下されて死刑となってしまっている。

健常者も他人事ではない。日常生活は問題なくおくれていても、人類全体というマクロな視点に立った時には、一挙一動がバタフライエフェクト的に損をもたらしている可能性はあり得る。例えば安くて質の悪い商品を妥協して買う判断は、技術の発展を遅めている一因であると言えるかもしれない。より高く質の良いものに需要をもたらすためにはよりお金を稼ぐ必要があり、その為には自らもより質の高い生産をしなくてはならないというスパイラルに陥る。その先にあるのは、小さな幸せに満足することなど許されない世界だ。

(参考:エゴとエゴの均衡『映画 聲の形』 感想)

以前の記事にも書いたが、僕は人類に与えられた自由があるとすれば、それは「最善を尽くさない自由」だと思っている。
将来のことを考えたら何か身になることを勉強した方がいいと思いつつ、漫画を読んだりテレビを見る自由。もう少し痩せた方がいいと思いつつ、お菓子を食べる自由。選挙に行った方がいいと思いつつ、行かない自由……。

"正しいこと"という概念は、人の自由を奪う。僕は「自分の意見が正しい」と感じているとき、きちんと説明して伝われば、遅かれ早かれ全ての人が同じ考えになると信じている。この「全ての人が同じ考えになる」ことこそ、"世界征服"そのものである。

そしてそれはとりもなおさず、冒頭で示した定義という行為(ある言葉から抱くイメージをひとつに"統一"する)に繋がってくる。

 

それと敵対することから、「(誰かにとって)正しくなくてもよい」ということを示すのが、仮面ライダーであるとも言える。
ショッカー首領にとっては、全ての人間が改造され自分の意のままに動くことが"最善"なのだろう。だがそうでなくてもいい。例え自分に不利益をもたらすことであってもそれをする(利益をもたらすことをしない)自由、すなわち愚行権の許容である。
逆に仮面ライダーが次々と生まれるように、同時に敵組織も毎年生まれている。これが許されるのは、敵組織も仮面ライダーにとって正しくなくてよいということを認めなければならないという矛盾を孕むからだ。

 

この"矛盾"という言葉についても少し考えてみたい。
この熟語の由来は「どんな盾でも貫ける矛とどんな矛でも貫けない盾があったらどうなるのか」ということに対する違和感を表したものであるが、一度立ち止まって考えたとき、この矛盾という現象は、言葉の上でしか起こらないことが分かる。
この自然世界では、どちらかが勝つとか、確率的にどちらが勝つか決まるとか、対消滅するとか、何かしらの結果が必ず出る。
このようにきちんと結果が出たならばそれは矛盾とは言わないだろう。
すなわち、矛盾というのは何かしらの「人間の勘違い」に基づかなければ成立しない概念なのである。不自然なことなど、起こり得ない。

フィクションの設定についても同様のことが言える。
"設定"というのはあくまで現象に対する解釈に過ぎず、たまたま創作物ではそれを先行させることができるように錯覚してしまうだけ。
少なくとも今の僕は、既に起こってしまったことを前にして「有り得ない」などと言うのはナンセンスに感じるので、現象ありきで考えることにしている。指摘したからと言って撤回される訳でもないし。
「人間にとっておかしく見えること」など、大自然にとっては問題ではない。
自分のおかしいと思う基準(正しさ)を大自然に対して押し付けることは、できない。仮面ライダーはそれを体現する存在なのである。

 

 

 

 "仮面ライダー現象"/自然と自由の象徴として

長々と語ってきたが、一言でまとめるのならば「分かったような振りをして定義することによって仮面ライダーから自由を奪うこと自体が、仮面ライダーの理念に反している」ということになる。
人間はこうして短くまとめてもらわないと、脳の処理能力が追いつかなくてなかなか理解できない。書いてる僕本人でさえ全容をきちんと把握しているか怪しい。
だからいくつかの事実を"例外"として目をつむり、より簡単でキャッチーな理解をしようとする。
"仮面ライダー"とはそういった規格からはみ出るものが現れる"大自然の掟"そのものであり、現象の名前であると僕は捉えている。その名を冠するキャラクター達はあくまでその現象の代表として、象徴として、表舞台に立つだけであり、緑川博士やイマジンたちも"現象としての仮面ライダー"には含まれる、というのが持論である。


しかし、その人間の限界もまた自然なこと。
最初に挙げたいくつかの「仮面ライダーの定義」は、既にある程度定着している。定義というものはそのように人々の間でイメージが共有されなければ目的を果たさない。
ゴルドラとシルバラがいくつかの媒体で仮面ライダーの名を冠されたが現在あまり定着していないように、仮面ライダー足る資格というものがあるとするなら、それは人々に広く受け入れられるかどうかということになるのだろう。
そういった意味で、悪人を仮面ライダーとは認めないとする者が生まれるのも自然なことであるし、逆に認める者が生まれるのも自然なことだ。もちろん制作側があるキャラクターに仮面ライダーの名を付けようと思うこともその範疇であるし、そういった人たちが自由に議論を重ねることもまた、仮面ライダーという概念をつくりあげていく自然選択のひとつである。


現象としての仮面ライダーには、我々も含まれている。
我々もまた大自然に遣わされた存在として、自由に生きることができる。
仮面ライダーの定義を決めるのは、石ノ森先生や本郷猛、白倉さんや況して僕ではなく、その全員を含めた集合知としての大自然であろう。

 

 


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機動戦士ガンダム 感想メモ

最初にちゃんと最後まで見たガンダムはUCで、その次がオルフェンズ。割と本流を知らないまま派生作品だけ見てる気持ち悪さはありつつも、かといってファーストガンダム50話見るのも大変で何度も挫折してるしなぁ……ってことで、図書館にあった劇場版を見ることにしました。以下は簡単な感想メモです。

 

 Ⅰ

・近所からあんな風に毛嫌いされてたら、引きこもってヒネた機械オタクにでもなるしかないわな。しかも本人とは関係ない親父の事情だし。ハロを作ったのも寂しかったからってのがあるのかな。「基本動作はコンピュータがやってくれるのか、親父が熱中する訳だ」というセリフから、どうやら父親のテムは特にAI分野の研究をしているっぽいので、自律型おしゃべりロボのハロもその技術や理念を踏まえてつくられたのかな。
しかしアムロ・レイって改めて考えると普通に日本人の名前っぽいのに、ちょっとイントネーションいじるだけでそうじゃなく聞こえる不思議。

・民間人よりガンダムを優先させろ……と言いつつ、アムロには「避難しないのか?」と心配する様子を見せるテム。アムロが怒るのも分かるくらい、割と身勝手な言動。まぁ当の本人はこうして現場で命張って作業してる訳だし、せっかく作り上げた連邦の希望を守りたい気持ちも分かるけど。でも劇中の会話だけからは何を目的にしてるのかはイマイチ分からん。出撃させずに今はともかく格納するつもりなのか、避難民の集まってくるホワイトベースを護る役割で起動するつもりだったのか。
他の明確なパイロット候補がこの場にいないっぽいところを見るに前者にも思えるけど、その場合アムロガンダムで出撃したのには親への反発心ってのもあったのかな。親父が夢中になって完成させ大事にしまっておきたいガンダムを、敢えて戦場に出して危険に晒すというのは。彼が戦う覚悟を決めるまでの感情の流れが、何度か見てるけど僕にはあまり伝わってこないのよね。ノリが軽いっていうか。でもそういう、こんな機械に夢中になって自分を放っといたことに対する苛立ちとかがあって、ガンダムを壊してやろうとかついでに自分が死んでも父は悲しまないんだろうとか、ある種やけにも近い感情が心の何処かにあったんだとしたら、なんとなく分かるかな。……エヴァ的な見方に寄り過ぎ?

・ザクのマスク様パーツを剥がす印象的なアクション。あんまり意識することないけど、歴史的には仮面ライダーの方が古いんだよな? なら、マスクを剥がすという行為にはそれなりの意味があるかもしれない。
話は逸れるけどゴジラウルトラマン仮面ライダーのシン化の流れ、作品が生まれた順にもきちんと沿ってるんだな。特撮じゃないけど、シン・ガンダムとかやって欲しい。あぁいうリメイクものって、教養として見た方がいいんだろうけどなかなか腰が上がらない……って層にとってはかなりありがたいものなので。

・「逃がすものか!」
なんで? 一応表向きには、家族を殺されたフラウを見てもうこんな犠牲は出すまいみたいな動機があったんだろうけど、それなら深追いする理由はない。敵討ち? と考えるのが一番しっくりくるけど、正直そこまでの積極性は乗ったときのアムロからは感じられなかったんだよな。うーん。
爆発を起こさずに倒すために(特撮に慣れてる身としてはコペルニクス的発想だが)コクピットを正確に狙おうってのも、そこまできちんと考えが回ってるなら人殺しの実感も湧いてこようものではないかと思うのだけれど、とにかく反応薄いんだよな。セリフが全てじゃない、表情から読み取れと言われたらそれまでだけれど。

若さ故の過ち……有名なセリフだけど、これもなんの話をしてるのか掴み取れないぞ。そもそもシャアっていま何歳なんだと思って調べたらなんと20歳! この貫禄で僕より年下な訳あるか! 中の池田修一さんは当時29歳とまぁ"分かる"年齢。でもあれか、発展途上で寿命も短かった頃は10代で大人の仲間入りしたりするし、アムロくらいの年齢から兵役につくこともあってしかも戦争中だから人もバンバン死ぬ……と考えたら、今の世の20歳とは精神的成熟度が違って当たり前なのかもしれない。
で、結局過ちってなんのことなのか。手柄を焦って命令違反を犯すジーンに過去の自分を思い出しているのか、それとも現在進行形でジーンの暴走(そしてデニムが止められない)を予想できなかったことについてなのか……両方ってことも有り得るか。

・なんでカイは突然叩かれたんだ……? 怪我人を前にしても手を貸す様子がないから? 不良みたいな口の聞き方ってのもよく分からんし、セイラさんが言いがかりつけてるようにしか見えない。空気読むのは苦手なんだ……。

・シャアとセイラの血縁に関しては、セリフだけでなくご丁寧に服まで同じ赤色で、説明するとことしないとこの温度差が激し過ぎてミスリードなんじゃないかって気にすらなる。

・相手がザクなら人間じゃないんだ……? はてなマークしか浮かんでこないので検索したら「人間と違って的がでかいからビームライフル当てやすい」と書いてあって膝を打った。その発想はなかった!

・今回のシャアとの戦闘はかなり見応えあった。素人が操作してもシャアを驚かせるほどの機体性能を持つガンダムと、訓練を積んだパイロットが乗ってうまいこと援護が成立するコア・ファイターの対比がいい。ガンダムコクピットになる訳だからコア・ファイターの方にもAIによる操縦アシスト機能はあるのかもしれないけど、もしパイロットが逆だったら、アムロの方は使い物にならないまま撃ち落とされて終わりだったのかもしれない。
ガンダムの方にエヴァのようなパイロットを固定せざるを得ない理由がある訳ではなさそうだし、じゃあ何故素人のアムロを乗せ続けるのかというのは普通に気になるとこだけど、ガンダムの性能でカバーすれば素人でも戦えるから単純に戦力が増えるってことなのかも。ヒロアカじゃないけど、レベル1とレベル50では、1レベルアップまでに必要な経験値の量が違う。つまり、レベル50のガンダムにとっては多少経験値のあるパイロットが乗ろうが素人が乗ろうが、大して変わらずレベルは50のまま。対してコア・ファイターはレベル20くらいなので、経験値ある人が操縦すればレベル25くらいのパフォーマンスが可能……みたいな理屈なのかもしれない。『DRIFTERS』で信長が銃のことをそんな風に説明してたっけな。
あと、ガンダムのAIは現状アムロが操縦したケースばかりラーニングしてるから、乗れば乗るほど他の人が操縦する際にアムロの癖とソリが合わなくなったりするのかもしれない。エヴァにも初号機にレイが乗る為にはプログラムを書き換えないといけないみたいな話があったし、AIアシストがない普通の自動車でさえ、中古だとハンドルやブレーキなどに前の持ち主の癖みたいなものが残ってたりするらしいし。

・大気圏突入の隙を狙って攻撃という無茶をやれるのも、ジオンには失うものが少ないからって感じがするな。シャアはジオンのエースだろうとは言え、それでもまだ本部にはザクも兵士も潤沢に控えているのが伺える。対して連邦のMSはこのホワイトベースにあるガンダムだけで、これをなくせば後はない感じがする。っていうか、逆にこれまでどうやって戦争してきたんだ? 戦車とか戦艦だけで戦ってたってことなのかな。

・「モビルスーツで戦う方がよっぽど僕らしくないよ!」
うわ、衝撃のセリフ。この一言好きだな……『仮面ライダー』だけを見て本郷猛という人間について分かった気になるのはおかしな話で、本来の本郷猛は仮面ライダーではない時期の方が長いただの人間だったはず。だから仮面ライダーとして戦っているのはあくまで特殊な状況であって、彼らしさは別のところにあるはずだ……みたいな話を(全話見たわけでもない癖に)したのよね、昔。「もはやこれはガンダムじゃない」みたいな問題にも通ずる話なのでぜひ読んで欲しい。(参考:"仮面ライダー"の定義を考える/自然と自由の象徴として)

・現場を、戦場を知らないってあんた、地球にジオンの領土があるってことは戦争して奪われたってことなんじゃないの? 地球は敵にとっては最終目標であって、むしろ最前線なのでは。コロニーが落とされたってのも地球の話だよね。

・「できるな」「分かるもんか」
これ、さっきアムロもブライトか誰かに対して同じように毒づいてたよね。ブライトとアムロって、実は似たもの同士なのかもしれない。こちらも若いのかと思ったらなんと36歳! シャアとどっこいぐらいかと思ってたけど、案外年下にいいようにされてるって感じなんだな……。

アムロは大気圏突入してから急にやる気なくしちゃったな。これが地球の重力ってやつなのか……コロニーやホワイトベースにも重力があるけど、もしかすると実際ちょっと気だるくなるぐらいの差はあるのかもしれない。

・「できればやっている」というこのセリフは、一瞬ガンダムパイロットを選ぶのかと思ったけども、単にその間ホワイトベースを放ってはおけないからってことなのかな。ここでも割と自由に出撃するジオン側との違いが見える。ガルマやシャアが背負ってるものは、ブライト(が自分で思ってるもの)ほど重くないらしい。連邦は本当に、量産して数で勝負というよりは、ガンダムホワイトベースにすべてをかけてるんだな。量産が追いついてないだけで、本当は強いのがたくさんいればいいんだろうけど。
アムロが返した言葉が「できるからやってる訳じゃない(つまり自分だってできない)」なことが、パイロットに何か資格が必要でアムロだけがそれを満たしてるって訳じゃないことを物語っている。ひょっとすると皮肉かもしれないけど。

・そして有名な「ぶったな」のシーンだけども、ブライトさんアムロが喋ってからノータイムで殴るから、こっちの感情がイマイチ付いていかないんだよな。劇場版だからカットされてるのかもだけど。
一時停止してよくよく咀嚼してみると、ブライトさんは実際にパイロットとしては全く素質がないボンクラで、それでも意地と努力で期待の星であるホワイトベースの乗組員にまで上り詰めたのかもしれない……だとしたら、できてる癖にできないって言うアムロに腹立つのは分かる、というところまで思考が追い付いた。でも二度目のビンタはなんでって説明できないな。「安っぽい人間に見えますか」のどこに腹立ったんだろう。さっき言った通り2人は案外似たもの同士なところがあるから、ブライトさん自身彼にはシンパシーを感じてたので、"安っぽい人間"というのが自分にも刺さる気がして逆ギレした? まぁ逆ギレするような人は高いか安いかで言ったら安っぽいわな……。
アムロアムロで、なんかこれまで嫌々乗ってきたかのような口ぶりだけど、1話では誰に言われた訳でもないのに本当に突然思い立ったように自分から乗ってたじゃん。元を正せばシャアたちが責めてきたせいで戦うことになった……という意味では確かに本意ではないんだろうから、それで「シャアめ」なんだろうけど。
しかし、なんで「親父にも打たれたことないのに!」なんて情けないシーンが有名なんだ? 「悔しいけど、僕は男なんだな」の方がよっぽどいいセリフなのに。フラウを危険に晒さないように戦う決意を固めるというのは間違いなく"男"だし(エヴァの1話にも通ずるね)、1話とほぼ同じ流れだったのであちらの説得力も増した。あの時は今回とは逆で、アムロの方がフラウを勇気付けてたけど。

・地球の重力のせいで気だるくなってやる気をなくしたんだ……とか半分冗談で言ったけど、吹っ切れた描写としてぴょんぴょん飛び回って戦う(重力に逆らう)ってことは、存外的外れでもなかったのかもしれない。
しかし「それでアムロよ」とはどういうことなんだろう。フラウにとってアムロガンダムに乗る以外取り柄のない男なんだろうか。まぁ、男の子が自分を守るためにロボに乗って命懸けで戦ってくれるなんてドラマチックなことがあったら、それまでの安穏とした日常なんかどうでもよくなっちゃいそうではあるけど。「私のために戦ってくれてこそアムロよ、戦わないってことはもう私なんてどうなってもいいってこと?」みたいな。え、なんかそう考えてくと「私がガンダムに乗る」って、乗る気なんかさらさらないのに自分を人質にとってアムロをやる気にするための方便に見えてきたぞ、なんて性悪な女なんだ……「悔しいけど」ってセリフは、アムロもフラウが本気じゃないと分かりつつも放っとけず女の口車にまんまと乗せられちゃう自分に対して言ってるのかも。

・銃を撃った反動で移動ってゼロワンでもやってたけど、このシャアザクが元ネタ? それとも更に元ネタがあるのか。

 

エスパーかもしれないって、後々を考えると重要そうなセリフだけど、やっぱり文脈が読めない。むしろアムロの方がマチルダに対して「何もかも知ってるよう」と評していた流れじゃん? それも急だったけどさ。アニメ版なら違うのかも……と思うけど、前に見た感じはどっちにしろ難解というかよく分かんなかったからな。
・仮にも地球で暮らしてたブライトの方が占領したてのジオンより地理に詳しくて、野球場の存在に気付けたといったところだろうか。そんなに有名なドームだったのね。

ガンダムの宇宙移民って、てっきりテラフォーミングされたどっかの惑星に置いてけぼりにされた人々が長い年月をかけて力をつけて地球の方に逆襲しにきている、地球人からすれば実質宇宙人との戦いみたいなものだと思っていたのだが、月の向こうとかそんなとこだったのか。びっくらこいた。

・戦争ものというか歴史っぽい感じの作品って、とにかく勢力図を把握するのにめちゃくちゃカロリー使うから、ファーストガンダムは何度か見ようとしてきたけど「アムロたちVSシャアたち」っていうある種アイコニックな構図が崩れてガルマっていう存在が出てくる辺りで、いつも視聴をやめちゃってたのよね。「あーこれ以上複雑になるとわかんない、もうムリついていけない」ってなる。
僕の中ではガンダムの壁としてずっと生きていたガルマが、ついにさっき死んだことになる。それを機にザビ家の面々が出てきて更に複雑になった訳だから、"壁"自体は死んでないけど。ガルマの置き土産ってところか……。

・実家が連邦軍の兵士に占領されている、ここもなんだか気持ちよくスパッと割り切れないところよね。ジオン軍だからって殺せばいいってもんじゃないというのは重ね重ね描かれてきたことだけど、連邦の人間も(少なくともアムロ少年にとっては)とてもひどいことをするっていう。客観的に見れば、廃墟と化した家に上がり込んで酒飲むくらいならそんなに罪の意識を持つようなもんでもない、況して戦争中の兵士が数少ない楽しみとしてって言うなら、素直に謝っただけ随分マシ。
アムロは幼少期大切にしていたであろう人形を見て、母との別れを思い出す。テムは技術者として純粋に、コロニー建設の様子をアムロに見せたいらしい。親心っぽいものなのは分かるけども、それがアムロにどう影響するのかよく分からないのでこれまた置いてけぼり感。母親の方は話から察するに、宇宙へ行ったことはあるものの体が弱いかなんかしらの理由で具合が悪くなってしまうのかな。高山病になりやすい体質とかあるけど、多分そんなイメージ。アムロが人形を持って行かなかったのはすぐ帰るつもりだったからかもしれないし、或いは残される母親がひとりぼっちにならないようにみたいな子供なりの気遣いだったのかもしれない。生きているにも関わらずそんなアムロの大事な人形を置いて行ったということから、母親がいかに慌てて、泣く泣くこの家を捨てたかが分かる。

アムロはなんでわざわざりんごおばさんにあんな声をかけたのか。僕はたまたま岡田斗司夫さんのガンダム講義を並行して見てるのでなんとなく思ったのは、劇場版ではカットされてるけど「アムロホワイトベースの中で食料の奪い合い(子供がトマトを盗んだり、大人が子供から食べ物を盗んだり)が常態化しているのを見ている」という描写があったからこそ、コインを拾ってる間にもう何個か持っていくつもりなんだと分かったし、それが許せなかったのかなと。特にアムロガンダムパイロットということで自分だけは多めに食事が与えられることに引け目を感じていたらしいので、恥ずかしげもなく弱いものから搾取する兵士に苛立つ。そこに家を占拠されてたことの腹いせも手伝って、あんな殴り合いに発展したと。

・ちょっと待ってやば……しんど……。
先程兵隊にも物怖じせず突っかかったように、死線をくぐり抜けてたくましくなってしまったアムロ。木偶(でく)人形を動かして遊んでいた頃とは違い、今はガンダムという兵器を動かす立派なパイロット。それでも生身の人間を撃つことには多少の抵抗を覚えていた彼だけど、おそらくフラウのときと同じく大事な母親という存在がすぐそばにいたからこそ、その身を案じる気持ちも手伝って敵兵を一方的に撃ち殺すということをやってのけてしまった。明確に目の前にいる人間を殺してしまったその瞬間、彼はもう引き返せないとタガが外れて、もう一人の兵士に向けむちゃくちゃに銃を乱射する。
そんな風に母を思う気持ちも半分くらいあっての行動だったのに、当の母親は「そんな子に育てた覚えはない」と絶句。これあれだよ、それこそ岡田斗司夫さんが解説してた『E.T.』の悲哀じゃん……母親からの拒絶……。
このチャプターのサブタイトルが"母性"ってのもなかなかどうして。子供に対して包み込むような愛情を与える反面、子供がその手の中から飛び出し自立することを許さないニュアンスも持っている(強くはならないで〜♪/無能)。いくら道徳を盾にしても、カマリアが言っているのは結局「あどけなくてかわいい子供だったあの頃のアムロに戻って」という我儘でしかない。アムロは、女の為に強くなれる……強い自分を演じられる"男"になってしまった。それが彼女には寂しいのだ。勝手な妄想だけど、多分アムロの性格から察するに(見た目は母似,中身は父似?)テム・レイも他のことには無頓着な生粋の機械オタクで、1話のアムロのように女の子であるカマリアに色々と世話を焼かれていたのだと思われる。そういうダメ男が好きな女としては、頼もしくなっちゃったら好きになれないのだろう。
「なんて情けない子だろう」というのも、本当にただ人に銃を向けるなんて云々って文脈で見るとよく意味が分からないんだけど(非情って意味なら通るがその用法あんまり見ない)、メタ的な視点から女(フラウ)にたぶらかされて……みたいなことに対して言ってるのだとすれば、理解できる表現。アムロ本人もその件については「悔しいけど」と漏らしていたので、彼に"情けない"と評されるような部分があるとすればそこぐらいのものだろう。同話で初登場したマチルダさんに、彼は恋をするらしいし。

・っていうか最初にアムロを見つけたシーンでも脇に息子っぽい子がいたけど、あの車の男の人を見るにマジで再婚してたのね。他の子はみんな戦闘機に寄ってったのに、一人だけわざとらしくカマリアのそばにいるからなんか怪しいなとは思ってたけど(正確にはもう一人子供がいたものの、こちらは他のモブと一緒にフェードアウトしている)。前の夫から反省をして、機械(戦闘機)には興味を持たないように育ててるのかもしれないとか考えると若干ゾッとする。

・さっき人形を置いてった理由は「残される母親がひとりぼっちにならないように」じゃないかと言ったけども、ここまでの流れを踏まえてみると家に置きっぱなしだったのも忘れ物として届けに来たのも、制作サイドからの「(新しい家族がいるから)もう彼女にとってアムロは要らない」という隠されたメッセージめいたものを感じる。
この離別を経て、アムロは明確にマチルダさんを求めるようになる。

・劇場版ではうまいこと母との別れが原因で白目になってるみたいな感じで繋がってるけど、テレビ放送時の順序は逆なんだよね? イセリナさんと一体何が……。
・グフ……めっちゃ活躍してるのに、アムロが不調っていう分かりやすい言い訳が用意されてて微妙にケチついてるのが販促番組の悲しい性だな。まぁ、素人の操縦するガンダムと互角くらいなシャアのメンツもあるので、これくらいの塩梅が実際ちょうどいいのかもしれない。

・はー……! 一握りのエリートだけが特権階級に甘んじる連邦の態度が、"超高性能なたった一体のガンダム"という存在にも如実に現れてるのか。しかもザク達と違って、パイロットの安全確保のためにコクピットが脱出用の戦闘機になっているという好待遇。ガンタンク,ガンキャノンと合計3機あるけども、ザクと比べたら狭き門なことに変わりはない。結局ジオンも「選ばれた民」を名乗ってる訳だから同じ穴のムジナだが。
1つ目のジオンと、2つ目のガンダム。連邦(複数の国)vs国という構図からも明らかなように、"独裁"に対する反発心……多角的視点の推奨というのは根本的なテーマではあるんだろうな。

獣電戦隊キョウリュウジャー 感想メモ

 1話「でたァーッ! まっかなキング」

・ゴレンジャーは漫画を1,2話だけ見たことあるくらいだけど、確かライダーとは対照的に戦隊側のシンボルが鳥だった気がする。そう考えると鳥の先祖(って表現でいいのか?)となる恐竜モチーフというのは、案外戦隊の王道を付いてるのかもしれない。そういやジュウレンジャーなんかは初代パワーレンジャーでもあるんだっけ。
・しかしこうやって改めて説明されてみると恐竜って不思議だな、"強い"と"絶滅した"という相反するイメージを兼ね備えてる。「あいつらを絶滅させるためには巨大隕石でも落とすしかない」みたいな感じで逆に強さが強調されてるのかしら。
・"日本らしさ"って竹やぶなんだ……どこかって言うと中国っぽいぞ、パンダとか。まぁ中国らしさ≒日本らしさみたいなとこはあるのかもしれないけど、かぐや姫ぐらいじゃないか? それ以前にヨーロッパとか北極圏ってだいぶざっくりだなってところからツッコんだ方がいいのか? それ言ったらロシアやアメリカは広いから国名だからってざっくりじゃないことにはならないけど、社会科マジで嫌いだったので数年前の僕だったらヨーロッパって国の名前だと思ってただろうから、日本,アメリカと並べるのは子供の教育上よくなさそう(ロンドンってイギリスよ)。"南海の孤島"はまぁ分かるとしても。
・キング、顔と声と所作が好き。その代わり、知能指数が下がってほか4人にまったく興味を抱けずモブに見える。
・後に大森Pがゼロワンを手がけたってこともあるけど、それを差し引いても敵のモチーフが"感情"ってのはすげぇ不思議というか気味が悪くて面白い。だって普通そういうのってフィクションじゃ肯定されるものだから。
・あと喜怒哀楽のうち喜と楽って何が違うんだ? ってのは肌感覚として確かにあるものだけど、それだけに留まらない哲学的意義が何かあるのだろうか、ラッキューロには。或いは意味がないことに意味があるタイプの存在にも思えるな。報連相の報告と連絡は何が違うんですかって思うけど、ほうれん草とのシャレであることにひとつの意義があるみたいに、"4である"こと自体が重要なのであって、楽は数合わせに過ぎないのかも。賢人トリン(3)に対する4(過剰)とか、若しくは戦隊5人に対する4(不足)とか。偉そうなのは百面のカオスと言うらしい。百面相って言ったら逆に表層的なもので感情のこもってない表情ってイメージなので、確かにどんな感情なのか分からないカオス状態。
・「人類自らの手で滅亡を食い止めるのが自分と恐竜達の夢」……って、恐竜は食い止められず滅亡した癖になんでそんな上から目線なんだ? 昔の強かったデーボス軍には勝てなかったけど自分らが弱らせたから人類でも勝てるだろみたいな話?
性自認ならぬキング自認とは一体……他者からの評価で自己規定しているようでいて、おそらくそれを自ら名乗っちゃうような自信家なところがキングと呼ばれる所以だと思われるので、王らしく双方向に循環している。最近だとキングオブアーサーとかが分かりやすいかな、セイバーがキングエクスカリバーを振るったかと思いきや、キングアーサーがセイバーを振るうこともある。人民の支持によって王は力を得て、その力で王は人民を支配する。
これはキョウリュウジャーとしての力もそうなのかな。キョウリュウジャーは獣電竜の力で変身して戦ってるんだろうけど、その獣電竜の力の源である獣電池には変身者がブレイブを込める必要がある。
ファミリーレストランで出会って、それだけでなく基地までそこにあるとなると、「戦隊メンバーとは家族みたいなものだ」ってことなのかな。そんなに詳しくないなりにしっくりくるものはある。
・順序が逆だが、ダイゴとガブティラの関係はキュウレンジャーのラッキーとガルのそれに似てるな。「俺はお前より強いから心配すんな」って。
・獣電池は全部で4本なのね。
・デーボス軍なのに肝心のデーボスが不在(無根拠性)ってのも、そういえば感情に通ずるものがあるな。ゼロワンでは仮面ライダーってこともあってそれがポジティブに捉えられてたけども。逆に循環は無根拠性を否定する簡易な方法のひとつ(ミュンヒハウゼンのトリレンマ)。
・第1話の敵はなんと氷河期そのもの。コオリワルドを見た後なので残念ながらそこまで規模がでかいようには見えないんだけれど、構図的には恐竜が勝てなかった相手に、恐竜と人間が力を合わせることで勝てたってことになるのかな。獣電竜たちの体は機械らしいし。
冷たいとか冷酷って"感情がない"と捉えられることもあれば、逆に"そういう感情"として見る向きもあり、『ユーリ!!! on ICE』なんかではアイスとのシャレでテーマでもある"愛"の象徴として描かれたりもしていたな。
キョウリュウジャーにドライブにビルドに、デザインとして胸に同じ向きの斜線があるのが気になる。"カミツキ(反骨精神)"がキーワードのひとつだし、斜に構えるってのは重要な要素なんだろうか。全体として本作は"王道"って括られてることが多いイメージだけど。
仮面もなかなか面白くて、でっかい口の中……獣電竜で言えば獣電池がある辺りにマスク様の模様があることでそこが口に見えるようになっている(今回のフィニッシュ技みたい)ので、表情があるんだかないんだかよく分からない。というよりは、比較的素直に感情表現をする動物(恐竜)に、嘘をついたりと複雑で分かりにくい人間の力が加わる……ゼンカイジャー的に言えば"ひみつのパワー"ってところだろうか。メンバーがお互いの素顔を知らないってのもそうね。

 

 2話「ガブリンチョ! カミツキがったい」

・デーボ・ペシャンゴ……"ヘコむ"から悲しみの怪人って訳ね、なるほど。
・兄とはいえ旦那じゃないブルーに対して、姪っ子のためにあそこまでキツい言い方するか普通? 元からそういう話だった訳じゃあるまいに、自分が勝手に産んだ子供の世話を手伝わせといてなんであぁも偉そうなんだ? 「ブルーがいいやつ」って思えるバランスを逸してる。
それとも出産前に旦那さんが死んで堕ろすかどうか迷ってたけど彼が背を押した(から責任がある)とか、そういう経緯があるんだろうか。
・最初から敵が巨大戦力も投入してるけど、わざわざお約束を破ってまでやる意味があるのかイマイチ分からない。破ったからには、これから先ずっとそれを続けるか、続けない理由をきちんと用意するしかない訳だけれど。
……でもまぁ、復活直後だから兵力が潤沢なだけかもな。最高傑作(自称)だったヒョーガッキがやられて戦力が削がれたみたいに、ゾーリ魔も今はたくさんいるから贅沢に使えるけど、だんだん倒されていくにつれて慎重に投入するようになるってことで、フェードアウトさせられるかもしれない。
・僕「え、それ壊しちゃうの?」
 敵「壊れたのになぜ泣かない」
 僕「だよね」
 ア「あなたなんかに人間の強さが分かるもんですか」
 僕「えっ、その言葉僕にも刺さるんだけど」
今回の理香の物分りのよさにはかなり違和感があるというか、ご都合主義を感じてしまう。何歳だか知らないけどあんな10歳にもならなそうな子供(子役の年齢は8歳)に、「恐竜は壊れちゃったけど、命は助かったからよかったと納得する」なんて理屈が通じるとはとても思えない。仮に子供だということを考慮しない場合、一度はあの恐竜のために彼女は身を呈した(つまり恐竜>自分)にも関わらず、自分が助かったから恐竜は壊れてもいいってのは、やはり若干納得し難い。あの時は咄嗟だったから……ってのは分からんでもないけど、わざわざそんな無理のある流れにしなくても、理香ちゃんが恐竜を守る以外の流れで危険な目に遭うようにするか、恐竜を犠牲にしないで助けるか(だって仮にもダイゴと同じく生身で獣電竜に勝った男でしょ)のどっちかで全然成立する。
もっと言うなら、流れ的に「家族へのリスクをカバーできるほどブルーは強い」って話だったのに、強いは強いけど大事な恐竜のモニュメントは犠牲にせざるを得ませんでしたって、それはちゃんちゃらおかしいじゃない。それで理香は悲しんでるけど、例え一時的に憎まれても命あっての物種だから後で説得して分かってもらうんだとかそういう話ならまだしも、「一度は壊れて悲しんでたし身を呈すほどに大事だった恐竜を壊されても今度はにこにこ笑ってました」は都合良過ぎだって。大好きな青いヒーローが助けに来てくれたからそっちに気を取られて恐竜はもうどうでも良くなったとか、そういうことでもないし。
そういうのぜーんぶひっくるめて自覚した上で、一旦ニヒリズムを経由して、「人間の感情は複雑で簡単に割り切れるものじゃないから、ここで笑うことも有り得なくはない」っていう"敢えて"の違和感なのかもしれないけど。
公式HPで「"バモラ! ムーチョ!"って直訳すると"とっても行くぜ"となりやや意味不明」と解説されてるのとか、アイガロンが何でもかんでも悲しい悲しいって言ってるのがあんまり本気に思えないように演出されてる(笑ってるときもあってこそ涙が際立つのであって、四六時中泣いてるならそれはもう無表情と同じ)のを見ると、そういう可能性もなくはない。「〇〇だから悲しむ(のが当然)」っていう風に割り切れてしまったら、その"感情"は条件反射的な反応に過ぎないと思われかねない。何故かは分からないけど笑みが、怒りが、あるいは涙が出てくる……感情や思いの力がシステマティックで無機質な唯物論と区別されるためには、そういう神秘性(よく分からなさ)が必要なので。
「変身するときなんでいちいちダンスするの?」って疑問のナンセンスさも、そういう視点に立つと理解できる。

 

 3話「あれるぜ! ざんげきのブレイブ」

・アミィはグリーンのような笑顔が目標……なのかと思ったけど、逆か。簡単に笑顔を見せないのが目標か? どちらにせよ、一応はジェントルの言うこと聞く気もあるんだな。
・「おつりは要らない」って本当にやられたら困りそう。
・気持ちは分かるけど、自分は生身でも平気で戦う割に他人の心配はするんだな。モンスター>獣電竜って訳じゃあるまいに。
・ガブリボルバーはカリバーと合体する都合もありそうとは言え、なんで電池入れるところが2箇所もあるんだろう? と思ってたけど、考えてみれば本物の電池もだいたいが2本1セットで、1本だけ入れて使うってなかなか見ないな。1本を普通に使える最小単位にすればいいのにと思うけど、プラスマイナス的な仕方ない理由があるのだろうか。変身ベルトは3本のこともあるけど。
・スピリットベースに置いとけば自然と充電されるんだ? そういや1話で日本は集まりやすいとか言ってたような。こういう細かい設定って、むしろ子供の方が児童誌とか図鑑で読んでて詳しいのかもな。
・ソウジくんはキングと呼ばれて嬉しいのか……? それともキングに屈辱を味わわせたいのか。でもダイゴは別に他人をキングと呼んで悔しがるような小さい人間ではない気もする。自分から提示したくらいだから実は悔しいのかもしれないけど。
・あの流れなら剣の勝負で銃使うのは反則……って、僕も空気読めないので全然分かんなかった。言われてみてもなお「そう……なのか?」って感じ。ソウジが銃使わないのはソウジの勝手って言うか、単に練習してないのが悪いんじゃないの。実戦じゃそんなの関係ないし、剣を得物に選んだなら、剣で銃にも対処するのは当然でしょ。
……これもしかしてあれか、外国人が「変身とか名乗りの隙に敵が攻撃しないのはおかしい」みたいな感覚に近いのか? 日本特有の"空気"というか。
色々言ったけど、素直に負けを認めるソウジくんは潔くて割と好きだよ。でも本当はただ負けただけなのに周りに「キングずるい」って言わせることでソウジの好感度が上がるのは、なんか微妙に騙された感ある。
・プラスマイナスって話したけど、ディノチェイサーは陰陽の太極図に似てるよね。竹林も手伝って中国っぽさゼンカイ。
・満月(大根)斬りというか円月斬りというか、ともかくこの切り方(厳密には切り方とは関係ないモーションだけど)ってよく見るけどどれが元ネタなんだろう。僕が覚えてるとこだとシンケンオーとか、ゴーカイジャーでもジョーの先輩がやってたよね。
・銃撃にバイク関係あるのか? と思ったけど、銃自体が高速移動してたら弾丸にもその分だけ初速度が足されて強くなる……か。分かるような分からんような。銃撃ってビームみたいな扱いされることも多いから物理的速度が力になってるって言われてもあんまりピンと来ないな。じゃあビームってなんなのと言われるとそれもまたよく分かんないけど。
・ロボの顔が「くわっ!」ってなる演出、ガオレンジャーの時から正直あんまりかっこよく思えないのよね。あれは古い作品だからCGのクオリティ的なもののせいだと勝手に思ってたけど、単純にロボ(機械)……それも非自律型のものに表情があるってことが気持ち悪いのかもしれない。
・ソウジくん、むすっとしてても元がかわいい系の顔だからか、あんまり「初めて笑ったね!」って感じしないな。EDで笑ってるからってのもあるだろうけど。

 

 4話「うちぬけ! ゆうきのガブリボルバー

・いつも違う女を連れてるって、それだけ振られてるってことなんじゃないの……? あ、じゃなくて飽きて自分から振ってるのか。自分を基準に物事見てちゃダメだよな。でもひどいなそれ、慰安って響きのせいもあるかな。
キャンデリラは確かに選ばれてないけど、部下のラッキューロは毎回出てるのであんまり気にならないな。笑顔を集めるって扱いにくいから、喜と楽が一緒くたになってるのはそういう意味ではいい采配なのかもしれない。理由はまだよく分かんないけど。
・かっこつけたいキャラとしては、バレてるのを下手に隠そうとするよりは動じない姿を見せる方が確かに効果的かも。
・イアン・ヨークランドってなんか聞き覚えあると思ったらリオン・アークランドだわ。黒いし。しかしどう見ても友達と名前逆じゃないか? 名前と顔が似合わない同士で気があったってところだろうか。まぁでもブラックがシローじゃおかしいか。
・ダイゴの言動、そんなことは別に描かれてないのに「彼も過去にトラウマをきちんと乗り越えた経験があるんだろうな」って感じさせる何かがある。ただ顔がいいから僕が無意識に贔屓してるだけかもしれないが。
・ん? スピリットベースでのチャージとブレイブインはまた別なのか。単に戦士の体力を温存するためって訳じゃないのね、イマイチ分かんないけど。
・見てる側としては画になってるから気になんないけど、5人揃ってポーズするときそっぽ向いてる2人ってどういう気持ちなんだろ。キャラも、スーツアクターさんも。
意味的には「戦隊だからって完全に意志が統一されてる(=ショッカー)訳じゃなくて、それぞれ微妙に違うところを見てるやつもいるけどそれでも力を合わせてる集団なんだ」みたいなことなんだろうけど。カブトの"共立ち"みたいな。
・キョウリュウジン ウエスタンね。そういえばブレイブ"フロンティア"とコラボしてたこともあったっけ。でも西部劇に斬撃の要素ってのは寡聞にして知らないな……そもそも西部劇自体よく知らないけど。まともに見たのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー Part3』と『ヘボット!』くらいでどっちも二次創作みたいなもんだし。でもイアンってアメリカじゃなくてヨーロッパにいたんじゃなかったっけ、いや間違ってはないんだろうけどさ。マカロニとかスパゲッティとか。

 

 5話「ドゴォーン! ムシバのアンキドン」

・過去作とはとマジで何も関係ないところで先輩だ後輩だやってるのがなんか面白い。「誰!?」感だけで言ったらディケイドのリマジキャラより強いかも。ニンニンもそうだけど、アニバーサリーイヤーでもないのに勝手に盛り上がる感じ割と好きよ。
・不謹慎だってちゃんと謝ってたけど、ノッさんの気持ち分かるな。ギャグのつもりじゃなくても、同じ発音の言葉って無意識に連想するからついつい出てきやすくなるのよ、普通に。
・戦隊をつくることはトリンの悲願だったらしい。キョウリュウジャーのコンセプトは、後のキュウレンじゃないけども「一人ひとりが十分な強さを持った"勇者"で、それが集まることで更に強くなる」みたいな感じらしいので、過去の戦士たちは個性……というか我が強過ぎてチームにはなれなかったのかね。
・主人公が牙の勇者だしカミツキ合体するし、それで虫歯の怪人って訳ね。キャンデリラのデビューでもあるし、見なくてもいい番外編的な単発回かと思いきや、まだ一応本筋なのね。まぁアンキドンの販促しなきゃいけないから捨て回であるはずがないんだけど、"ムシバ"って単語だけでなんか「あーはいはい、あんまり関係ないバラエティ回ね」ってなっちゃうのは僕がおかしいのか? なんかサブタイで損してる気がする。僕が子供だったら、どうせ歯磨きしろって説教されるんだろって思っちゃいそう。
・ブラックは……というかよく見たらブルーもピンクも顔の周りの黄色い牙の部分がギザギザしてないけど、パラサウロロフスたちって歯ないのか? 草食だからって歯がないってことはなかろうが、臼歯にしたってギザギザではなくともデコボコした線にはなりそうなものだけど。
歯っていうか、クチバシを意識したデザインなのか。
・「素直じゃない」って言われてすぐさま謝るしお礼も言うブラック、素直じゃない人の中では素直。でもそうね、例え相手がどんなに嫌いなやつでも、ありがとうとごめんなさいぐらいは言うのが人として最低限の礼儀よね。
・アンキドン、ムシバじゃなかった……? それどころかマジで今回の話とはなんも関係なかったじゃん。なんかズルいな。次回予告で次回の"ヒキ"の映像流すのが好きじゃないんだけど、それと似たような嫌さがある。期待させといてそりゃないよ。


 6話「ストップ! うたうキャンデリラ

・獣電竜はでっかいから、ウイルスの影響が出るまでに時間がかかった……? なんか、自分では納得できるんだけど人に説明できないな。
・地底移動速度を計算して考えられる範囲を探していた……って、所詮5人で探せる範囲なんだからよっぽど遅いんだな。速度って聞くと速い気がする不思議。
・普段いい子ちゃんとして自分を偽ってるアミィだからこそ敏感にラミレスの隠してた真意に気付くってのは分かりやすくていい。
・今回敵とは別にキョウリュウシアンも出てくるから、そのスーツをつくりたい都合で予算節約するために前回のパティシエはスーツじゃなくて服なのかなーとか思ってたけど普通に怪人体もあったし、なんならもう一体ウイルスのが出てきたしで大盤振る舞いね。
・ひえぇ……好きにならせといてぶん殴って"治療"とか、想像しただけで恐ろしい。恋を治すって聞いて一瞬でも成就させてあげるのかと思った僕が馬鹿だったけど、ラミレスがドン引きしてた(私の恋も終わった)のも頷ける……。
・あーね! メインが坂本監督だから(今回は違うけど)、キョウリュウジャーにとって敬うべき先輩ってパワーレンジャーのことか! ネイティブなBrave in!聞いてやっと分かった。そりゃ確かに、ゴーカイジャーも扱わなかっただろう。そういえば現代のメンバーも、ほぼ日本人だけど一応規模的にはワールドワイドに集めてたっけ。
・ステゴッチとドリケラは無印だから無個性扱いなのかと思ってたけど、なるほど他のやつと合わせてコンボ(?)になるのね。ソウジくんかわいい。

仮面ライダーゲンムズ ─ザ・プレジデンツ─ 感想

 前編

・名前つけろって言われて迷わず厘って答えるあたり、ヒューマギアのことはすげー見下してるんだな。本編でどんなだったかとかもう覚えてないけど。
・不必要に命を削る必要はないと思うぞ……むしろ健康を保つのも仕事のうちなんじゃないか。社員を使い捨ててそうな天津的にはそうなのかもしれないけど。
・バグスターウイルスって元がコンピュータウイルスだから、アークが生み出せるってのは理に適ってるのか。「それが人間に感染するようになった」っていうとびきりのファンタジーは、エグゼイドの初期設定なのでもう受け入れるしかない。異世界ものに「ドラゴンなんている分けないじゃん」とか言っても仕方ない、そういう世界なんだから。
ゼロワン世界でのエグゼイドは、あくまで高度な科学考証に基づくサイエンスフィクション作品として存在していて、科学的にあまりに正確だったが故にアークがバグスターウイルスを再現できてしまった……ってところだろうか。世界観的にエグゼイド達が実在したとはあまり思えないので。
・「自分も社長だったからストレスが分かる」→「部下を奪って孤独にする」ってことは、黎斗自身が孤独にストレスを感じてたってことになる訳だけど、その辺は確か小説から感じた気がする。厘≒イズ≒ポッピーとして見てもまぁ分からん話ではない。そういやぁジオウじゃ比奈を娶ろうとしてたなんてこともあったっけな……。
・黎斗、基本何言ってるか分からんから字幕付けてくれ。
・ゲンムズってタイトルだから、まぁゾンビの増殖か大穴で清長でも出てくんのかと思ってたけど、正宗かよ。"ゲンムズ"て、ゲンムが複数じゃなくてゲンムとその他色々って意味でも取れるのか? そういう用法、見たことあるような気もするしないような気もする、英語は分からん……。

 

 後編

・むぅ。まぁヒューマギアの言動が少しズレているのはいつものことなので、前回の予想(エグゼイド作中作説)をゴリ押ししてもいいんだが、一応は素直に受け取っておこう。
ジオウとかでよく使う思考法だけど、根本的に、ゼロワン世界にあるエグゼイド(幻夢Co.)が我々の知ってる『エグゼイド』と同一である保証はない。ただそっくりなだけの別世界かもしれないし、逆もまた然りで今回の作品はあくまでエグゼイドwithゼロワンという体なので、エグゼイド世界にあるサウザー(飛電In.)が我々の知る『ゼロワン』のものと同一であるとも限らない。そんならサウザーが黒くたって別にどうでもいい。
・宿主≒本来の目的を食い潰し蔓延していくそれ自体は無意味なウイルスって存在(主客転倒)をうまく話の構造に落とし込んだなって思ったけど、多分これ本編でもちゃんと意識されてたんだろうな。ゼロワンの作品かと思ったらゲンムが乗っ取って、でも最後はきっちりゼロワンに立ち戻る。なんなら正宗も黎斗もいつも以上に演技がキモかったから、マジで役が演技してたのかもしれない。ウイルスの方が宿主の影響を受けることもあるってのはパラドが証明してたはず(ゲーム好きは永夢由来)ので、彼らはあくまで天津の心の葛藤を代弁していただけなのかもな。
じゃあ天津は何に悩んでたのかってのは、まぁ正直真面目に考える気もないんだけど、最初に発症したときのセリフが「命を削って職務を全うしなければ……」だったところから考えるに、彼にも一応罪悪感めいたものがあって(RTの最後の一言はちょっと感動しちゃったクチ)、気概としては死んで償うぐらいの気持ちでいたんだけれども、普通に動物として生きたい、でも生きていいのだろうか……みたいな葛藤とか、そんなもんでいいにしましょう。ウイルスごときでも必死に生きようとしている姿を見て自分も生きて償う決意を固める……いい話なんじゃないの、知らんけど。

 

本編

エグゼイド感想一覧

ゼロワン感想一覧

特捜戦隊デカレンジャー 感想メモ

 

 1話「ファイヤーボール・ニューカマー」

・マスクが尋常じゃないくらいツリ目だな。結婚式場壊すし、髪の毛はハネハネだし、刑事だからっておかたく見えないように敢えて悪く見せたい?
・バンバンって名前は銃声かな? 当時、主人公のメイン武器が近接じゃなくて銃、しかも2丁なのは驚いた気がする。赤座はなんだろと思って調べたらアガサ・クリスティだと、まさかの女性モチーフ。しかもその後「+番茶」って書いてあるからなぜ急に番茶? と思ったけど、ホージーとかいるしみんなまとめてお茶由来ってことのね、クリスティもなんならそれに引っ張られてるのか。でもやっぱりなぜお茶。
・なるほど、ファイヤーボールってのは銃弾ってだけじゃなくてパトランプでもあるのね。納得感すごい。関係ないけどディズニーの『ファイアボール』って短編アニメは超オススメ、非常にユーモラス。
・いきーているからつらいんだー♪ 歌って場が和むのかと思いきや逆効果でした……って、ドジっ子的な演出なのか? とも思ったけど何事もなかったかのように真面目に指示してるからびっくりしたよ。ヒーロー見参、ヒーロー見参、ヒーロー見参……。
・最初の敵がバランス(しかもみんなして天秤"野郎"呼ばわり)って、まるで平和な日常をぶっ壊すって宣言みたい。悪さ(はぐれ,あぶない)をチラつかせたいのはバンに限った話じゃないのかな。
・ボスの口が常に半開きなのが気になる……。
・変身アイテムが警察手帳ってのはなるほど。確かに普通の人かと思ってたのに突然「こういうものです」って出されて刑事だと判明するのは"変身"みたいなもんだ。

 

 2話「ロボ・インパクト」

・「杳として知れなかった」だって。中学生の頃でさえ知ってたか怪しい表現だ。一般的な認知度は低くても刑事もの界隈では聞き慣れた表現だったりするのだろうか。
・バンは命令を無視した、らしい。言ってるのがクールじゃない仕切るなマンなので信憑性は微妙。上からの指示ってよりはセンちゃんによる現場の判断って感じだったので、同じく現場の判断でバンが殺すのもアリっちゃアリなのかもしれない。というかそうじゃないならマジでごめんじゃ済まん。デリート許可出てるのも描かれてないけど大前提。……まぁ少なくとも一人殺してるし、そもそもロボだから人権とか無いのかもだけど。
・「意味不明物体巨大版」……1話の時点から聞いたことない単語だったから若干引っかかってたけど、ジャスミンはこういうちょっと意味分からないことをボソッと言うキャラなのね。そうと分かったら正直好き、黄色だし。
・ふーん、なるほど。ボスの意図としては、絶妙なバランスでおかたくまとまってる4人へのアンチテーゼとしてわざわざ場を引っ掻き回すバンを入れたって感じなのかね。攻殻機動隊の少佐がトグサを引き入れた理由、みたいな。
・宇宙人的にはエスパーなんて珍しくもないって感じの反応が面白かった。ちょうど同じ時期のアギト配信じゃ真魚ちゃんが特別な位置にいるから。というか木野さんじゃん。
・クールじゃないだけで飽きたらずナンパまでし始めたぞホージーくん……バンはともかくイメージと違いすぎる……。
・パトシグナー(あと光るだけだと思ってたパトアーマー)、実力行使の戦隊メカとして見たら役立たずもいいとこだと子供心には思ってたけど、ある程度の遵法意識がある人間だったら普通警察に「止まりなさい」って言われたら従っちゃうよな。というか実力行使なんてしないに越したことはない訳で、こういうメカがあることによってSPDがただ敵を倒しゃいいと考えてる訳じゃないってことに説得力が出る。「(乳も肉もあまり食べないし毛も取れない……)おいヤギ、お前なんの役に立ってんだ? ちゃんと牧場の役に立ってるのか? はたらけヤギ」「いじめんな! ヤギをいじめんな!」
・ウォータースライダー(仮)で出撃するのは楽しそうで当時から好きだったな。
デカレンジャーロボ、めっちゃなで肩なので正直いつ見てもあまり強そうには……。でも逆に丸みがあるから安心,安全,平和みたいなイメージは持てるかも。子供の頃、初めて手にしたDXロボはこれだった。と言っても何年か経ってから飽きた従兄弟に貰ったんだけど。食玩のならデカベースロボについてたちっちゃいやつを持ってた、あれよくできてたよなー。
・みんなで力を合わせるんじゃなくて一人で勝手に武器合体させてトドメ、しかも4人は後ろで見てるだけ……王道作品みたいな呼ばれ方してるのもよく見るけどかなり尖ってるよな。

 

 3話「パーフェクト・ブルー

・人間だからミスはする……それは正しいけども、そう言って開き直る態度が駄目なんだと何故気付かない。
アキバ系犯罪者って偏見マシマシだけどいいのか。この問題意識そのものが「オタクと犯罪で連想するものがある」という前提がなければ生まれないものなので、ツッコんだ方の心が汚れてることになるから大っぴらに問題視もできないのかな。

 

 4話「サイバー・ダイブ」

・1,2話からまるでいい印象のなかったホージーが、まぁ仕方ないとはいえ勝手にミスして勝手に落ち込んで……正直興味ない。なんならバンより自尊心が強そうだったのは、実際これまで一度もミスしてこなかったという実績からだったのかと一応腑には落ちたけど、第一印象が悪いとなぁ。
あれだけいがみ合ってたバンの方はというと、1話での叱責(勝手に倒してんじゃねぇ)が効いてるのか2回も大人しくホージーの言うこと聞いてる訳だから、そこと比べてもやはり見劣りする。
・「見なよウメコ」テレレ‐
…………どういうこと? 一時停止してしばらく眺めてみたけど、マジで何言ってるのか分からない。まずもって一体どこに1があるのか、そんで他にたくさんある柱と何が決定的に違うのか、皆目見当が付かない。ジャスミンに念写ができれば、もうちょっと視覚的に分かりやすくなったろうに。
白い部分がめっちゃ横幅の広い1に見えると言われればまぁ分からなくないこともない。柱と違うのはただの棒じゃなくて上にチョン、下に横棒のついた紛れもない"数字の1"であること……だと無理に解釈しようにも、ジャスミンのイメージを見る限りは飾りのないただの棒なんだよなぁ。
なんか見れば見るほど怖くなってきた。彼らには何が見えてるの……?
・営利誘拐の罪が果たしてデリートに値するものなのかはともかくとして、デリートの方法に関しては一切問われないのだろうか? 殺人,殺人,営利誘拐と今回のケバキーアが一番罪状的には軽そうなのに、2人分の攻撃を受けてるから見た目的にはなんか苦しみが強そう。同じ殺すにしてもせめて苦しまない方法で……とか、そういう発想はないのかな。
ウェルネストーンにしたって、他の犯罪者に売ったらそりゃ確かに大変なことにはなるかもしれないけど、本人が悪用するつもりは一切なかった訳だし。
・反省してちょっとは丸くなるのかと思ったら偉そうな態度に磨きがかかってむしろ更にウザくなったな……。
ホージーを信頼したり励ましたりするところで、最初からバカキャラとして配置されててハードルの低いバンの株は上がってった、相対評価だけど。あと、一人がミスしてもみんなでカバーして取り返す……って意味で、チームとしてのデカレンジャーはいい関係だなって思うけど、ホージー個人に対しては結局魅力を見出だせなかった。

 

 5話「バディ・マーフィー」

・ライセンスがないウメコ……これはどっちなんだ? もし本来持っていて然るべきものならバンやホージーほどではないにせよ割とやっちゃってる感じだけど、そもそも勤務中じゃないのに警察手帳持ち歩いたりその身分を使うのってアリなの? なんか直感的には駄目っていうか、ヒーローとしてどうかはさておき、仕事として割り切るなら休みの日はちゃんと休むのが無難に思える。デカレンジャーは職業柄、事件が起こったら本来呼び出されて出勤扱いになるから結局いつも携帯しておくのが当然、なんだろうか。
まぁ、1話じゃウメコはプライベートで巻き込まれつつしっかり対応してた(歌うたって犯人刺激してたけど)から、差し引き若干マイナス……ぐらい?
元よりデカレンジャーの面々を"デキる集団"として描く気がさらさらないのは分かってきたので、あんまりうるさく言う気にもならないけど。「そうですね誰にもミスはありますね」しか言うことがない。
・なるほど、携帯してたかどうかよりも紛失してたってのがまずい訳ね。言われりゃその通りだ……けど、バンとホージーの時は叱る様子がまるでなかったボスなのでなんで今回だけ? という気持ちはある。あっちの方が確かにミスとしてはやばいけど、だからこそ2人とも最善を尽くそうという気持ちがあったにはあったんだろうから叱らない、でもウメコのは単に気が緩んでただけだから叱る、みたいな線引きなんだろうか。理解はできるけど、絵面としてボスには(特にバンを)もっと引き締めといて貰いたいものがある。
・人型わんわんがメカわんわんに指示を出している……ミッキーとプルート感……。しかしマーフィーはどう見てもaiboだな。
・周囲が呆れたマーフィーを、オイルの件を根拠に信頼するウメコ。彼女にも同じように周りは気付いてない長所が秘められてるって描写があったなら、似たもの同士ってことでボスがコンビに選んだことにもある程度の納得が行くのになと思ってたけど、マーフィーの賢さに気付く洞察力がそれに当たるのかな。そうか。
・ずっと思ってたけど、ナレーションいっつも説明の体をあまり為してないよな。説明してる風って感じ、エグゼイドみたいな。
・犯罪者になら水ぶっかけてもいいってか……。地活で水風船のぶつけあいみたいなイベントがあったんだけど、僕そのとき友達に買ってもらった服着てたからどうしても濡れたくなくて「濡らしたら蹴るからね」って予め言っといて距離置いて座ってたのに水かけられて、我慢できなかったから約束通り蹴っちゃったことがあったんだけど、向こうが先にやってきたのにこっちが一方的に悪いみたいに言われてどうしても解せなかった。絶対このエピソードは言わない方がウメコを責める正当性を保てたと思うけど、書いてちょっとすっきりしたからいいわ。

 

 6話「グリーン・ミステリー」

・え、バンだったら頭に雑巾乗せてるだけで雷落とすの!? ボスの怒る基準がマジで謎過ぎる……。そもそも何が悪いんだかよく分かんないけど、そのままの姿でデカレンジャーとして出動するのはマヌケでチームの尊厳を傷付けるとか、単純に気が緩んでるとか、そんなところだろうか。
でもまぁ、センちゃんが男性メンバーの中で一番しっかりしてるのは2話,4話で描かれてるからな。バカ2人と違ってきっちりやることやって、その結果ナンパしてないのに女性の方から食事に誘われる。デカレンジャーの中じゃ今んとこ彼とジャスミンくらいだよ、魅力感じるのは。正直あんまり面白くないからはやく追加戦士出てこないかなってずっと思ってる。
・脚本の都合で考えれば単なるミスリードの為のセリフに過ぎないんだけど、それでも犯人を逃したことを悔しがるバンの描写は良かった。真面目さとか責任感とかそういうものが感じられない部分が彼の弱みなので、こういう小さなことからコツコツと信頼を回復してほしい。
・デリート不許可! 今回の件が冤罪で、巨大化して暴走したのもアブレラの仕業だとはまだ現場にいるデカレンジャーですら確信を持ってないことだけれど、宇宙最高裁判所はきちんと「疑わしきは罰せず」の精神を持ってることになる。きちんとそいつが罪を犯したという確たる証拠があって、初めてデリートの許可が降りる。でもこれまでのアリエナイザーはそんなにきちんと立証してた覚えないじゃん、と一瞬思うんだけど、だいたいが劇中には描かれてないところで大量殺人してるって罪で許可されてるので、そっちはおそらくきちんと立証されてるんだろう、と信じたい。パッと思いつく例外は、劇中で描かれた営利誘拐の罪だけでデリート許可されたケバキーアと、過去の犯罪はバレてなかったらしい今回のリドミハ星人カーサス。現行犯……と言うのかな、あの誘拐は。実際あの女性の近くにいて監視してた、デカレンジャーとも応戦したというのは我々が目にした通りだけども、デカレンジャー目線で"誘拐した"確たる証拠ってあった? 加担した時点でデリートされるだけの罪が設定されてるんだろうか。或いはこの世界では自白(自分が誘拐したと隠さない態度)だけで十分な証拠として扱われるのか。例え現実の法律に詳しくたって作中の法律がどうなってるかはまた別問題なので、この辺はなんとも言えないな。もしかしたらウソ発見器的な機械や、能力を持った宇宙人がいるのかもしれないし、それなら自白の有効性は段違いになる。今回のカーサスもそうね。
でもビル破壊が器物損壊に含まれてるのは微妙に納得いかねぇ、特撮のお約束とはいえ。
・環境汚染から豊かな水を守るとか、動物を殺して食べるなんて野蛮だから野菜食べようって言うヴィーガンとか、その辺のが今回のリドミハ星人のモチーフになってるんだろうけど、植物性宇宙人がベジタリアンだったらそれはもう本末転倒じゃないか?(笑) 我々は基本、同じ動物として鳥,豚,牛が殺されるのは可哀想って論調で「植物なら痛みや苦痛を感じない(と自分は思う)から食べていい」って言ってる訳だけど、植物が植物食べたらそりゃ結局同族殺しだよ。そもそも彼女の言ってることがおかしいのはセンが指摘した通りだけども。
・人とは違った視点でモノを見られるというのは確かに大きな価値だけども、自分の見つけた真実は正しいと妄信してまだ状況証拠しかない段階で車投げつけるなんて暴挙をかますのは結局普通にNG。ジャスミンが言ってただけなので、本当は何もする様子がなければ助けられる(それも当然、器物損壊をせずに)自信があったのかもしれないけどね。
最近得た知識だけど、医療には「蹄の音を聞いたら、シマウマではなく馬を探せ」という格言がある。要するに、一風変わった見解よりも、まずは定石の見方をする方が無難だってこと。そもそも、あらゆる可能性を考えるならリドミハ星人じゃなくたって高圧水流カッターを持ってれば誰でもできる手口なんだから。

 

 7話「サイレント・テレパシー」

・変身してから現場に駆けつけるとか、そういう変なところは理屈っぽいんだよなぁ……。
・あ、パトシグナーが指示を出している。なるほど、それで1話とか5話とかで自分がリーダーだとか言ってた訳ね。
・八郎ヶ岳ってまんまクウガの九郎ヶ岳だけど、特に繋がりも見つからない。
ジャスミンの能力はヒロアカのナイトアイみたいに、乱用するものじゃなくて"ここぞ"ってときのために取っておくべきものなのかね。今回のように手がかりが掴める保証もなく使いまくるのは効率が悪い。
・え、またオタクモチーフの怪人? しかも誘拐罪ってとこまでケバキーアと同じ。はー、なるほどね。本作のターゲットはあくまで子供であって、細かいこと気にするようないい年したオタクにどう思われようと知ったことじゃない、ってところか。
勿論子供に対しては真摯に向き合ってるつもりなんだろうけど、本当に子供が気にしないであろうことは気にしないと。まぁ、僕も子供の頃は実際楽しんでたんだから成功してるっちゃしてるわな。
・ひかるくんと会話するためには変身前のほうがいい、この辺も筋は通ってる。

 

 8話「レインボー・ビジョン」

・なんとなーくだけど、今回ゲストや話作りの感じがウルトラマンっぽい。子供に向けてるから、かな。
・いくら親友だって、心の中でくらい愚痴も吐くよな。むしろ、本当は嫌なところもあるのに我慢してまで付き合ってくれてる友達こそ、真に大切にすべきではないか。
・自分が自分を好きにならないと、誰も好きになってくれない……か。自分にも刺さるようでいて、それができたら苦労はしないよとも思う。
まぁ、子供には自分を好きでいて欲しいかな。どこへ逃げても、今は嘘になんかならない。
ジャスミン。優しくするのには、相応の責任が伴うと思うぞ。自分はあの時からドギーについていって、結果的に幸せになれたかもしれないけど、ドギーと違ってジャスミンは責任を持ってこの子を引き取ったりとかはしないで、ただ「自分を好きでさえいれば友達ができるはず」っていう信念(信仰ともいう)だけを根拠に、この世界に希望を持たせるだけ。期待しなければ裏切られることもないのに、期待だけさせるのは残酷だよ。
警察を志す人だからってみんながみんないいやつとも限らないし。

機界戦隊ゼンカイジャー 感想メモ

 

 1話「キカイ世界はキキカイカイ! 」

・トジテンドだっけ。ポパーは未だに読めてないんだよな……。
・普段は受け入れられるけど武器を持つことで嫌われる 混乱の最中、急な判断
カイトはむしろあげる
・なるほど、一人じゃコンビ名も何もないもんな?
・泣いた赤鬼 五色田の認めたものが戦隊
・ゼンカイ1話を見返して改めて思ったのは、差別意識の描き方が分かりやすいのにめちゃくちゃ鋭い。パリピとキカイノイドが対立してるときに石を振り上げるとか、街が混乱してるときに(いいことを何もせず)存在してるとか、人間だったら「よかった仲間がいた、一緒に逃げよう」となるところでならない。
ジュランが受け入れられたのは"お茶とお菓子"を用意したからであり、子供を助けたから。彼らが仲良く共存できるのはあくまで"理性"で「〜だから悪くない」と差別心を抑え込んでいるからであって、咄嗟の判断ではなかなかそれがうまく機能しない。
介人が他の人と違うのは、差別心と親の功績色眼鏡が相殺されてて、"いいことも悪いこともしてないキカイノイド"に対してある程度フラットに近い感情を持っている点。いいことをしたジュランには、石を持っただけで拒否感を覚えたパリピとは対象的に、剰えガトリングガンを持たせる。
・そういやゼンカイザーって名前もロボっぽいな。
・介人も機械じかけ(参考:A Clockwork Organ『時計じかけのオレンジ』 感想)

 

 MOVIEレンジャー

・1話を見た今のタイミングだからこそ、キカイノイドたる彼ら4人が、キカイノイドではなく人間を優先的に守ってる描写だけで少しくるものがあった。あぁやって少しくどいくらい善行アピールしないと危険視されちゃうんだろうなぁ……って。
・でもその危険視っていうのも理解できるようになのか、ガトリングで連射するシーンは若干「怖い」とも思わせるようなバランスに演出されてるように見えた。少なくとも僕は怖かった。
・ひみつのパワー、理屈で説明しきれない人間の底力
・ナレーション効果もあって本郷猛の名前は有名だけど、アカレンジャーの本名は僕知らないぞ……MOVIEレンジャーで「(誰だか知らない)おじさん」扱いされてたのになんか納得しちゃったもん。

 

 2話「ガオな野獣がごやっかい!」

・着想を得ただけで自分たちの力な五色田の戦隊ギア、世界を閉じ込めてその能力を盗み使うイジルデのトジルギア。
・人間が苦しむ姿よりずっと心にくるな……小動物……
・マッシュルームマザー
・キカイノイドは元々支配下にあった訳だから攻撃して脅す必要がないので、人間だけに効く胞子。むしろ手先みたいなもの。
・キカイメンバーに"戦う前にまず変身する"という認識がないの、ただのお約束破るネタってよりは、普段は怪人vs人間なところが元々向こうもこっちもキカイノイドで存在的には対等だからってのもあるのか。
人間は敵と同じステージに立つために変身が必須だけど、ジュランたちはそうでもない?

 

 3話「マジでぬぬぬな魔法使い!」

・キカイノイドも人間と変わらない食事でエネルギーを得るのね……バイオ燃料ってやつ? そういやデロリアン生ゴミで動いたりしてたな、あれは核反応起こしてたけど。
・摩擦がなくなりなんでも円滑な世界……と書くといいことっぽいけど、それはそれで困るのかね。
・ぬぬぬ……指文字って大体は由来が分かりやすくて覚えるのも簡単なんだけど、"ぬ"は盗むって手話が元になってるらしい。これでもなるべく分かりやすくした方なんだろうから、ぬって音がそれだけ抽象的で説明しづらいってことなのだろう。
・知らない癖に雑に否定すんな、か。魔法って手品みたいなイメージで、やってる本人は科学的というか理屈を持ってるんだけど、その過程を知らない人が勝手に"すごい"と錯覚するものって感じがある。Dr.STONEのクロムが妖術使いって呼ばれてたみたいな。占いと宗教って割と近い存在で、宗教というのは宗(世界の本質,根本)を教えるものであって、仕組みを理解することで結果を予測しようって姿勢自体は科学とそんなに変わらないのよね。ただ手段が違うだけで。
「理由なんてなんでもいい、それで自分を奮い立たせられるならな」じゃないけども、哲学者ファイヤアーベントはこれをAnything goesと表現している。この考え方好きなので、これまでも何度かブログで書いてるけど。
・氷パワーが弱まったから滑らなくなった……? そもそも氷って触ると割とくっついて離れなくなったりすることもあるけど、なんか関係あるのかな。

 

 4話「ブルブルでっかいおせっかい!」

・図書館のシーンにどうして経済学のコーナーが2つもあるのか、好奇心のエンジンがブルンブr……。
・ブルーン、今回こそ説明役として便利に使われてるけど、視聴者の側で気になってることがあるのにそこに目もくれず他のことに好奇心ブルンブルンさせてたら若干ヘイト溜まりそう。
・大体戦隊メンバーの名前って(一般名詞だけど固有名詞的に使われた)戦隊名+一般名詞(レッドとかシシとか1号とか)って構成で、リュウソウとか違うこともあるけど、基本は既存の言葉を"組み合わせ"ることで固有名詞化するに留まってることが多いイメージ。白倉さんがお色直しって言ってたのと近い。対して本作は、個々人を識別する部分がジュランとかマジーヌとか、明確な固有名詞になってるのが特徴的。トジテンドの掃除係でも、ゼンカイジャーのブルー担当ゼンカイブルーでもなく、ゼンカイになったブルーン≒"ゼンカイブルーン"。一般名詞じゃない故に覚えにくいと感じられることを危惧してなのか、名乗りの時にしっかりカタカナで名前が表示されてるのも優しい。覚えてる大人からするとちょっと野暮ったく見えるかもしれないけど。
例に挙げたキュウレンはキュウレンで、「一人ひとりがスーパースター」ってコンセプト故に名前の中に戦隊として共通の部分がないという特異性があって面白かったけど。キュウレンレッドでもシシレンジャーでもなくシシレッドって、どっちも固有名詞っぽさがないから一歩間違えるとただの赤い獅子じゃん……っていう。
・今更だけど、プラットフォームって白か。
そっか、ゼンカイジャーって5人揃ったら4体ロボが、キラメイで言えば4巨神が最初からいるようなもんなのか。でも初回は早々に変形しちゃったし、あの姿のまま戦うってのは過去ロボモチーフって設定上あるだけで実際にはほぼやらないのかな。

 

 5話「握り握られスシ大会!」

・キカイノイド、寝るんだ。スリープモード? ガオーンは電気羊の夢なんか見たらキレそうだけど誰にキレるんだろう、自己嫌悪……?
・悲しみを忘れ、いないことを受け入れて生活していた2人にとって、また会えるかもしれないという中途半端な希望はむしろつらいだけなんだな。片親であることをずっと嘆いてたけど、いざ会ってみたら思ってたのと違った……みたいな、むしろいない方が楽なパターン。
・なんでボッコワウスにバレてるんだっけ?
・掃除係がうっかり通れるようなゲートはちゃんと一方通行になってるんだな。攻め返される心配なく一方的に侵攻できるとか、トジルギアも大概だけどそれ抜きでもだいぶエグい。
・一緒くたにする寿司 密になる恐怖
・「他人より自分が大事なのは当然」……言ってることは人間の利他的側面を理解できないロボットみたいなんだけど、言い方に心がこもってるので全然そんな風に感じない。
・ジュランの家族たち絶対トジテンドに攫われてるじゃん…………そりゃ"腐ってる"って言われるわ。改造されて敵として出てくるパターン?
風が吹けば桶屋が儲かる……寿司だけに? 入院中、どういう繋がりだったか記憶と推論で思い出そうとしたけど、他はともかく三味線つくるために猫を乱獲するって部分は無理だったな。覚えてる人がいたから教えてもらえたけど。
・等身大のまま巨大戦っていうと印象に残ってるのはホウオウソルジャーだけど、等身大のまま巨大マイナソーに攻撃したり援護したりするシーンも序盤は結構あったイメージ。リュウソウは一度倒さずに巨大化するのが特徴的だったな、それが果たして「ロボ戦が怪人倒したあとのおまけになってる」問題への対処のつもりだったのかは分かんないけど。
・ところで青山さんの声ホントかわいいな。
・ゴーカイのレジェンド関係ない個人回が僕はあんまり面白くなくて、「ディケイドやジオウはその辺ちゃんと弁えてて、レジェンドを扱ってく中でキャラへの愛着を持たせてから(あるいは同時進行で)ドラマを描いてた。ディケイドほどキャラの性質が"レジェンドもの"という大前提と深く関わってるようにもまだ思えないし、個人個人の魅力を楽しみたいなら他の作品見るんだけどな」って風に言ってたんだけれども、まぁ今回次回も似たような印象ではある。「レジェンド出ないのか、つまんない」に対する「不快不可解ゴミあつかい!」なんだろうと思うと、ごめんとしか言いようがないが。
戦闘シーンは、スーツが派手だから見てて楽しい。でもだからこそ逆にロボ戦が没個性,無難に感じてるところもあったりなかったり。

 

 6話「不快不可解ゴミあつかい!」

・綺麗な部屋ってのは不合理極まりない。欲しいものがすぐ目に入って手で掴めるようその辺に放り出しておくのが一番いいと僕も思うよ、マジーヌ。タンスの引き出しとか閉めたくない。シーズンオフの服が入ってるところはいいけども、使う服は常に見えるように開けっ放しにしておく。か、床においとく。「後で洗濯しよう」ってきちんとまとめておくより、ちょっと邪魔だなって思うくらいの方が洗濯を忘れずに済む!
ゴミはゴミ箱に捨てるけど、ゴミ出しはどうせするならたくさん溜めてから一気に持ってった方がエネルギー消費が少なくて地球に優しい。
・僕もゴミ拾いはたまにするよブルーン。ゴミだらけで景色に溶け込んでたらむしろ気にならないけど、電車の中とかに落ちてたらすごく排除したくなるよね。他にも色々使えるし、常にゴミ袋は携帯するようにしている(リュックに入れっぱなし)。
・制作発表で着ぐるみ4人って判明した時点から、これはコロナ対策も兼ねてるんだろうなって話が出てたけども(着ぐるみなら仮にスーツアクターが感染しても代役を立てやすいので単純にリスクが1/5)、だとするならファンが望んでるような毎回様々なゲストを呼んで話を展開する形式は、あまり褒められたものではないかもしれない。新しい人と関われば関わるほど、感染リスクは高まる。ただゼンカイの目指すオープンな態度とは合ってるから、物理的には無理でも精神的にそこを描く予定なのかな。
・お掃除ロボットといえばうちにもルンバ的な何かがいるけど、僕はあんまりかわいいと思ったことないな……。もっとかわいいねこがいるから、いつか彼女が死ぬときがきたら、ルンバでもかわいく思えるのかもしれないけど。
・特撮ではよくある光景だけど、銃口から出たモノが自分に当たって変身って、普通に考えたら危ないよな。1回死んで転生……的な、ヒーローの彼岸性を表現してるんだろうか。それとも敵に向けている銃がもし自分に向いたら? という反転可能性テストみたいなことなのか?
・ゴミのくささって言ったら生ゴミとかが元凶のことが多いけど、生物好きなガオーンが嫌がるってのはなんか面白いな。動物くささみたいなのは大丈夫だけど、腐ったりしたら嫌か。無機物は腐るイメージないけど、キカイノイドは成長して大きくなるくらいだからひょっとすると腐りもするのかもしれない。
・トジテンド怪人は一人ひとりが1つの並行世界の力をまるごと使ってる訳なので、何気に毎回被害の規模がすごいんだよな。
しかしこのゴミの山、どう見ても被災地の瓦礫の山を思い起こさせる。大掃除大作戦は、やっぱり復興を意識してるのかね。白倉さんの「あのときヒーローは助けてくれなかったと、憎んだ人もいたかもしれない」という発言を踏まえてみると激アツなのが今回。
めちゃくちゃでぐちゃぐちゃな無秩序。壊されていく街をただ呆然と立ち尽くして見守るしかない人々……。自分でもどういう感情なのか分からないけど、そういうカオスな情景をこの目で見てみたい気持ちがある。あれから10年(ってことはそういやちょうどゴーカイジャー/オーズの頃か)、もう既に瓦礫の山などは撤去されてしまってて、行っても見られないんだろうか。被災した人からすれば忘れたい,消し去りたい出来事なのかもしれないし、そんな他人事気分で「見たい」なんて言っていいものなのかも分からないけど。かと言って資料館みたいなところじゃ味気ないしなぁ……。
しかし、あんなことがあってもまた再び建物とか色々つくろうって気になる人類のメンタルがすごい。僕だったらそれこそゴミ電波のように「どうせ頑張ったってまた地震が来たら全部めちゃくちゃにされてゼロになっちゃうし、どーでもいいやー」ってなりそう。
・マジーヌはゴミ屋敷に慣れてるからやる気が削がれたりしないってところ、もうちょっと派手にピックアップしてもよかったんじゃないかなぁ。よくある戦隊の個人回みたいに、みんなは駄目になってるけど一人だけで立ち向かうって感じに。ブルーンも掃除係として耐性あっておかしくないし、コンビとしても描ける。
・ゴミ拾いするヒーローって確かいたよな……セッちゃんが明らか検索してみるよう視聴者を誘導してるので、制作陣的の念頭にある(ローカル)ヒーローがいるんだろう。
しかしゴミバスターズ……ってそうか、ゴーカイが10年前ってことは、ゴーバスターズが震災後初の戦隊になるのか。

 

 7話「魔界の王子は気がみじかい!」

・介人の持ち味である誰にでもオープンな姿勢、メンバー集めが一段落したらそこが大人しくなっちゃうんじゃないかと懸念していたけども、杞憂だったな。ゼンカイジャーに誘いこそしなくても、めちゃくちゃ積極的に話しかけるじゃん。ついでに、キカイノイドばっかりに囲まれて、ガオーンみたいに人間嫌いなんじゃないかって見えちゃうんじゃないか問題も潰してるし。
・キカイノイド組のデザインはこの混戦でも目立っていい味出してるけど、これを超えなきゃいけないこれからの戦隊はハードル高いぞ……全員集合させようものなら視線持ってかれるし、かと言って似たようなデコボコデザインだと二番煎じになるし。
ロボ玩具がメインならいっそのこと等身大戦なくしてロボットものに振り切るとか、そういう大胆な方向転換も視野に入ってくるかもしれない。ロボの集合なら、ゼンカイジャーだけ悪目立ちしたりはしないし(まぁそもそも集合させなきゃ別にそこまで問題ではないんだけど)。アニメはたくさんあるけど、実写で純粋な人間が乗り込むロボットものって意外と新しい気がする。
・まぁね、守んなきゃいけないってことはそれだけか弱いってことだし、強かったら可愛げもないしね。というか、今回のガオーンはなんか介人に対してキカイノイド相手なら平気で戦ってきた癖に、ってならないためのクッション、悪く言えばカモフラージュとして使われてる感じがする。「ジュランたちがすごいんだよね」も、正直あいつらそこまで考えてるようには見えないから論点ずらしてるだけに見える。正直でいいけどさ。実際問題、眉ひとつ動かさずにいつものノリで殺してたら結局こっちが「えー」ってなるんだから。
・カタカナ表記のゼンカイジャーと違って英語……だけでなくキラキラした当て字(崇帝示威座亜)までやってくるとは……。むしろ今の若い子の感覚的にはこっちの方が親しみ持てたりして。
しかし、半分人間となるとどう考えても五色田博士の子供であり介人の弟にあたる人物である可能性が大だけど、というか最初の仲良さそうな意地の張り合い思い出したらそれしかない気もするけど、仲間になる……のかなぁ? 個人的にはステイシーくんは死ぬ演技が映えそうに見えるので、加入するとしてもガイソーグ的なポジションになるんじゃないかと思うけど。
こっちは倒すべきか迷ってるのに向こうは平気で生身の人間相手に撃ってくる辺り、いいキャラしてるよな。変身を待ったのは、イジルデになるべく多く戦闘データを集めるよう言われでもしたからだろうか。巨大ロボが等身大の相手に攻撃するご法度も何気に破ってるし。
・ちょっと待って、いま踏み潰そうって言った? やばい、笑い過ぎてお腹痛い……(笑)
ところで、戦隊はロボ玩具がメインだからライダーと比べてヒーロー体のパワーアップ機会が少なくて終盤でも基本フォームで戦ってるイメージだけど、その辺特殊なゼンカイはどうなるんだろうな。
ロボ強化のタイミングでゼンカイジャーもパワーアップして新たな形態になるのか、今のまま別のロボに乗り込むのか。
「ロボ玩具の販促を等身大戦でも」というコンセプトをそのまま守るなら、ゼンカイジャーの強化体を模したロボが変形合体して巨大ロボになる?
或いはデータス的な感じで等身大の面を持った新キャラで、巨大戦ではジュランたちロボットが乗り込み操作することになるのか。
「ロボットがロボットを操作」は白倉さんが好きそうな発想。というか僕が好き。というかシュリケンジン。
・「過去作出てこなくてつまんなーい」→「不快不可解 気がみじかい!」
散々な言われようだ……(笑) でも僕は今回割と見てて楽しかったな。結局大事なのってスーツなんだよね。ディケイドのコンプリ21も活躍してないとかって文句言われてるけど、あれはもうデザインとして存在してるだけで既にひとつの大きな価値なのよ。僕なんかあのスピンオフTTFCで見られる部分すら見てないけど、装動も買ったし言っていいなら「好き」って言える。好きの安売りだと思われようが構わん、"存在論的ヒーロー"ってある意味ではそういうことだと思うし。極論、存在していて図鑑を賑わせてくれればそれでいい。
それと似たようなもので、出てくりゃそれである程度は溜飲が下がる。少なくとも僕はね。