やんまの目安箱

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ドラマ(特撮)、アニメ等の話を中心に色んなことをだらだらと、独り言程度の気持ちで書きます。自分のための備忘録的なものなのですが、読みたい方はどうぞ、というスタンス。執筆時に世に出ている様々な情報(つまり僕が知り得るもの)は特に断りなしに書くので、すべてのものに対してネタバレ注意。記事にある情報、主張等はすべて執筆時(投稿時とは限らない)のものであり、変わっている可能性があります。

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ほとんどの記事にはこのカテゴリがつくと思う。仮面ライダーはメインコンテンツなのでカテゴリだけでなく総括記事と、感想記事を体系的にまとめた記事のリンクも。

戦隊とウルトラマンに関してはほとんど知らないと言っても過言じゃないので、やるかやらないか、続くか続かないかは未定。

トクサツガガガ

 

仮面ライダー

―――大自然がつかわした戦士『漫画 仮面ライダー』 感想

―――"仮面ライダー"の定義を考える/自然と自由の象徴として

――クウガ

―――独りよがりな意欲作『仮面ライダークウガ』 本編感想

―――クウガ感想一覧

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―――混沌への挑戦『仮面ライダー555(ファイズ)』 本編感想

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――

―――運命のマッチポンプ『仮面ライダー剣(ブレイド)』 本編感想

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―――鬼はそと、福はうち『仮面ライダー響鬼』 本編感想

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―――現代の童話『仮面ライダーカブト』 本編感想

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―――手繰り寄せ進む『仮面ライダー電王』 本編感想

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―――綺麗な物語から汚い現実へ『仮面ライダーキバ』 本編感想

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―――仮面ライダーディケイド暫定的まとめ

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―――どこまで本気か分からないギャグ作品『仮面ライダービルド』 本編感想

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―――仮面ライダージオウ レジェンド編(1〜16話) まとめ感想

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―――セイバー感想一覧

 

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――ゼンカイジャー

 

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まとめ感想

 各話感想を全部読むとか相当な暇がないとできないっていうか自分でも読みたくないんで(僕としては、自分が全話見返そうという時におまけとして同時進行で読むのを推奨したい)、1つの作品を通しての感想はこのカテゴリにいれます。映画や小説なんかも"1つ"と数える。後はクール毎の感想とかも一応ここ。僕の感想の要点となる記事とでも言おうか……これらがコアメダルで、各話感想とかはセルメダルって感じ。"毎日更新"の満足感を得たいが為に書いてるみたいなとこあるからね、各話感想は。

あ、各話感想というのは、数話単位でより具体的で細かな感想を箇条書きにしたもの。記事タイトルに何話とか書いてあるのがそれ。ライダーのカテゴリどれかに飛べばズラっと出てくるはず。ほぼ毎日、書き溜めたものを作品順にローテーションで(例:クウガ1話→アギト1話→龍騎1話……)公開していってます。

 

ライダー感想一覧

例えば"クウガカテゴリーを開くと、クウガの話が主ではないが少し触れているだけのものも含めた記事が、新しい順に表示されてしまう。それだと使い勝手が悪いということで、下の画像のように、本編、まとめ、映画、小説、Vシネマ、ディケイドやジオウなど、その作品に焦点を当てた記事を中心に見やすくまとめたのがこのカテゴリ。

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書籍

多分小説版仮面ライダーが主となるだろうけど、一般の小説やその他の本についても時々書く。後は、おすすめの本について話した記事なんかもこのカテゴリに入れる。

 

映画

こちらも主にはライダーの映画について書くことになると思う。ライダーが落ち着いたらいろいろ見ることになるんじゃないかな。以下にはそれ以外の記事を載せます。

―――三葉は宇宙人?『君の名は。』 感想

―――エゴとエゴの均衡『映画 聲の形』 感想

―――現実と妄想、フィクション。そして自分『ビューティフル・マインド』『Serial experiments lain』 感想

―――本物の月光に見惚れる『BECK(映画)』 感想

―――夢への寄り道と現実回帰『ラ・ラ・ランド』 感想

―――A Clockwork Organ『時計じかけのオレンジ』 感想

 

アニメ

ここについては考え中。もしかするともう更新しないかも。あ、アニメ映画はこのカテゴリに入るか。

ヘボット!

――ヘボット!感想一覧

進撃の巨人

ポケモン

 

ドラマ

昔見て気に入ってたドラマをいくつか見る予定。最近物語ってのが何なのかってことを考えてるので、「子供/大人向け」みたいなうるさい枠を付けられない普通の作品も見たい。

JIN-仁-

トクサツガガガ

LEGAL HIGH

 

玩具

その名の通り、玩具について話す記事のカテゴリ。いわゆるレビュー的なことをするときもあれば"遊び"について考えたりもするかもしれない。この辺はまぁ気分次第。

 

雑記

いつもはTwitterで色んなことをぼやいてるんだけど「記事にするほどの文量にはならないな」と埋もれていくツイートもある。そういったツイートを脈絡なく貼って残しておくのがこのカテゴリの記事。過去に書いた記事を補足するような内容だったり、記事にはしないような珍しい話だったりが読めます。

"仮面ライダー"の定義を考える/自然と自由の象徴として

「もはやこれは仮面ライダーじゃない」
そんな声を毎年多く聞く。では仮面ライダーであるとは何なのかと問うたとき、仮面ライダーの名を冠する者すべてと過不足なく一致する定義を答えられる人はなかなかいない。

仮面を被り、バイクに乗る。その簡単な2項ですら、少なくとも劇中に描かれる限りでは守らないキャラクター達がいる。
ドライブが乗るのは主だって車であるし、RIDEを日本語の"乗る"と解釈しても、近年ではそもそも"乗り物"を持たない者もいる。直近だとバルカンやバルキリー……はかろうじて変身前に黒いバンに乗っていたが、滅亡迅雷の2人は現状、迅がゼロワンに馬乗りになっていたくらいである。
いわゆる複眼,触覚,Oシグナル,クラッシャーなどの外見的な特徴も、ひとつも持たないものこそなかなかいないが、たったひとつ満たしていればそれで良いのかと思う人も多いだろう。
改造人間であるか否かという点も、放送コードか何かによって守られていない。

現在ある程度の説得力をもって世間に受け入れられているのは、
・同族争い,親殺し,自己否定の3つを満たすこと
・悪の力を善に転用すること(敵と同じ力を使う)
・人間の自由のために戦うこと
くらいのものである。

以上の現実を踏まえた上で、「仮面ライダーの定義」を打ち立てることについて考えていくというのが本記事の主題だ。

 

目次

 

 

 定義とは何か

まずはここを確認する必要がある。言葉の定義というものは、決して客観的に存在するものではない。
定義とは、コミュニケーションをはかる際に誤解が生まれないよう、ある言葉から抱くイメージをひとつに統一しようという目的のもとに、多くの人が参考にできる拠り所を設けようとする行為である。
すなわち、その目的を共有できない人とは話がそもそも噛み合わないこととなる。
そして大前提として、「仮面ライダーとは何か」を考える際に参考となる大きな軸のひとつは、いわゆる"公式"の見解であることも改めて共有しておきたい。
多くの人がその"公式"の言うことにある程度の権威を感じていることは、彼らの持つ影響力というかたちで現れている。我々が受け入れるから彼らは影響力を持ち、その影響力がまた権威となって更に多くの人に受け入れられるのだ。
政治と同じく、公式の持つ権威は一人ひとりに受け入れられているということに基づき、逆に多くに受け入れられているものは公式でなくとも同等に扱う。
「悪の力を善に転用すること(つまり仮面ライダーは善でなければならない)」という定義は公式の言う"仮面ライダー"の多く、いわゆるダークライダーやネガライダーを振り落としてしまうが、僕の見る限りおいてはそこそこ支持を得ているので併記した。
個人としての僕はこれを支持しないが、「受け入れられている」という事実は受け入れているつもりでいる。
どんなに正しそうに見えても、多くの人に支持され共有されなければ「他者と誤解の少ないコミュニケーションをとる」という定義の目的を達成させることは難しいからだ。

(参考:トランス女性(MTF)は女風呂に入れる?/性別とは一体何か)

 


 "仮面ライダー"とは何か

いくつかの平成ライダー作品においては、仮面ライダーという呼称は劇中では使用されない(クウガ,アギトなど)か、出処が不明瞭なまま既知のこととして扱われる(龍騎,剣)。
対して『W』では風都市民が、『ドライブ』ではブレンが、それぞれ"仮面ライダー"という呼称を使い始めたのだと明言されている。
前者はそれでもぼやかされているからなんとか納得できるが、後者の「仮面の……ライダーだ! 仮面ライダーに警戒せよ!」というあのシーンには、強烈な違和感を覚える。
何故あのプロトドライブを見て"わざわざ"、仮面とライダーというその2つの要素を、その表現で、その順番で並べたのか。この疑問が出てくるのは、僕が視聴者という立場にいるからというだけではなかろう。むしろ視聴者でなく仮面ライダーという単語を知らない者こそ、抱いて然るべき疑問だと思われる。
ブレンがあの時あの場所で思い浮かぶ言葉は、それこそマスクドライダーでも、アーマードライダーでも、メットライダーでも覆面ライダーでも、なんでも良かったはずなのだ。にも関わらず(他作品と)示し合わせたように"仮面ライダー"になることに、僕は違和感を禁じ得ない。
市民が呼び始めたというのもブレンが名付けたというのも、どちらも「何故劇中の戦士が仮面ライダーと呼ばれるのか」に対する説明としての機能を持っているが、それは少なくとも僕の「何故"仮面"と"ライダー"の2要素を強調して呼ばれているのか」に対するアンサーにはならなかった。
僕はグローバルフリーズのスピンオフは見てないのでなんとも言えないが、そこではそんなにも"仮面"と"ライダー"を名前に付けたくなるような活躍が描かれているのだろうか?
仮面を強調するならば素面の存在がチラついていなければおかしくて、そうでなければ元よりそういうデザインの機械かもしれない。それでいくとダブルは正体を隠しているはずなので、変身体と別の姿(面)があるという発想を抱く理由が見当たらない。顔が見えない程度に変身するところだけたまたま目撃されたのだというロジックも組めるが、結局実際のところ「仮面ライダーと呼ばれる」という結論ありきなことに変わりはない。
仮面ライダーであって悪い理由はないが、仮面ライダーである必然性もまた、ないのだ。


では、平成ライダーが"仮面ライダー"と呼ばれるのは「『仮面ライダー』から続くシリーズであるから」で一旦片付けるとして、初代『仮面ライダー』まで遡って、「何故"仮面ライダー"なのか」という疑問の答えを探してみるとどうだろうか。
結論から言えば、見つからない。
開幕早々、画面上に映ったキャラクターに『仮面ライダー』というタイトルが重ねられることで、また主題歌やナレーションを通じて視聴者に対しては問答無用で示され、劇中内では本郷変身体=仮面ライダーであるということは、どうやらほぼ自明のこととして扱われている。
2話で初めて、バイクも何も関係ないのに唐突に「ライダー投げ」という技名らしきものを叫び、3話にて戦闘員がこれまた唐突に「仮面ライダーだ!」と呼ぶ。
味方サイドで自覚的に呼ばれるのは4話であり、少年が自分を助けた"あのお兄ちゃん"は誰かと問うたところ、「あれは仮面ライダー」だと説明される。
漫画版にしても、変身した本郷猛が自分から名乗るというだけで、唐突なことにそう変わりはない。
本郷猛が仮面ライダーと呼ばれるに相応しいかどうか、みたいな段取りは一切なく、なんなら流れとか雰囲気といったもので呼ばれ始める。

劇中で仮面ライダーと名付けられるのは現実世界でそう名付けられたからかもしれないが、更にそこへ「何故」を突きつけることもできる。仮面を名前にチョイスしたのはペルソナをテーマにするためかもしれないが、では何故ペルソナの要素を入れようと思ったのか。何故あのようなデザインになったのか。何故石ノ森氏に依頼されたのか。何故企画されたのか……。
このように、あることを説明するために使った事柄についての更なる説明を求めていくと、無限後退と言われる状態に陥る。
"根拠"とは言葉の通り根っこであり、ある事柄が成立するための前提条件である。無限後退している限りはいずれの前提も無根拠なものとなり、正当性(拠り所)を失ってしまう。


いちゃもんを付けて、否定したい訳では決してない。
ただ、仮面ライダー達が"仮面ライダー"という文字列で表されることに対する明快な"根拠"は、少なくとも劇中では示されていないということは、ひとつの事実として受け止めなければならない。
言語学ではこのようなことを言語の恣意性と呼び、そもそもそこに根拠など有り得ないとしている。

 

 


 意味の逆流現象

前項では「何故」をキーワードにそのルーツを辿ろうと試みたが、失敗に終わった。
ここでは「何故かはよく分からないが仮面ライダーと呼ばれている」という事実を受け入れた上で、それがどのような意味を持つのか考えていくこととする。

仮面もライダーも、どちらも本郷猛変身体という存在を記述するために、その所有物(マスクとバイク)を利用していることが分かる。
"仮面ライダー"というのは、「本郷猛の仮面とバイク」という認識から見て「仮面を被ってバイクに乗った存在(本郷猛)」という認識に主従関係が逆転しているのだ。
これは、世間的にショッカーという組織が「仮面ライダーの敵」と認識されていることと似ている。
ある集合の中の一部が、全体の意味に影響してしまうのだ。


仮面ライダー関連で似たような事例をもう2つ挙げよう。
『ディケイド』における小野寺クウガ。彼が地の石の力によって変身するライジングアルティメットというフォームがあり、それに対して「ライジングフォームはアルティメットの力が漏れ出た形態なので、"ライジングアルティメット"というものは有り得ない」という意見がある。
これはたまたまクウガがアルティメットの力によって力がRiseしている様子をライジングマイティなどと名付けただけであるにも関わらず、受け取り手が勝手にRisingという言葉そのものに「アルティメットによる」という意味を付加させてしまったことによる混乱である。矛盾があるとすれば、更に上昇する余地があるのならそれは"究極"ではなかったのではないか、という部分だろう。まぁそれも「名付けた者が究極だと思った(けど違ったらしい)」で済む話だが。

もうひとつは『フォーゼ』における如月弦太朗。「主人公の髪型がリーゼント」というだけで、抗議の声が殺到したそうである。
あの髪型にすることが直接的な"悪行"ではないはずだが、リーゼントヘアで不良行為をした誰かがいたせいで、髪型そのものに"悪い"という意味が付加されてしまったのだろう。
学校の規則を破ることはよいことではないが、そもそも規則としてあの髪型を禁止する時点で既にその意味の逆流が起こっている。或いは「何故」の通じない、よりプリミティブな不快感に根ざしているか。


このような現象は、我々のそばで日常的に起こっている。

 

 

 大自然が遣わした戦士

"定義"というのは、厳密には対象となる概念と過不足なく一致する必要があるので、これは定義とは少し違う話なのだが、僕の中での"仮面ライダーのイメージ"というのは、「たくさんいれば、色んなやつが現れる」という言葉で表現される。
ショッカーが自らの意のままに動く怪人たちをたくさんつくっていれば、いずれ一人や二人くらい意のままに動かない者が現れる……それが"自然"なことである、という観念。
これを「"仮面ライダー"と呼ばれる者」の定義にしようとすると、例えば本郷を逃がすことに協力した緑川博士の存在も含まれてしまうが、彼に仮面ライダーの名は冠されていないので、矛盾してしまう。


ショッカー怪人なのにショッカーに従わないだとか、仮面ライダーなのに悪人だとか、リーゼントヘアなのに悪いことをしないだとか、ショッカーが脳改造前に本郷を目覚めさせるだとか、実験のためとはいえ本郷に風力エネルギーを与えてしまうだとか、そう言ったことに対して我々が感じるある種の"不自然さ"や"おかしさ"。
しかしどれだけおかしい、有り得ないと思っても、実際に起こってしまっている以上、人間の認識には反していても、この自然世界のルールには反していない。すなわち"自然"なことなのだ。
この文脈でのより大きな"自然"のことを、人間が感じるそれと区別するために、ここでは"大自然"という言葉を使いたい。


実際の現象を前にしては、理論的に有り得ないだとか定義に反しているだとかそういったものは意味をなさない。事実こそがすべてであり、大自然の前では我々人間の理屈は常に泣き寝入りをするしかない。
一度雨が降ってしまえば、いくらその日の降水確率が0%でおかしいと感じても、降らなかったことにはできない。
うちの近くのスーパーでは、買い物の際に3円払うと"ゴミ袋"と書かれた袋を渡される。買ったばかりのもの、況してや食料品をその中に入れて持ち帰ることに僕は些かの抵抗を覚えるのだが、勿論"ゴミ袋"と書いてある袋に入れたからと言って、商品がゴミ(もう使えないもの)になる訳ではない。レジ袋として使えばゴミ袋と書いてあろうとも本質的にはレジ袋足り得る。
天気予報が外れることもあれば、ゴミ袋が想定外の使われ方をすることもある。

 

"仮面ライダー"という新しく作られた概念は、何故かもどういう意味かも判然としないままに、本郷猛変身体を指して使われ始めた。
そしていつしか変身者が一文字隼人に変わっても、悪人に変わっても、バイクに乗らずとも続けて使われている。
ショッカー怪人がたくさんいればショッカーに歯向かう仮面ライダーが生まれてくるように、仮面ライダーも規模が大きくなれば色んなやつが生まれてくる。

何事も「もはやこれは〜ではない」と言いたくなる例外的存在は出てき得る。それが"大自然"の掟なのだ。

(参考:大自然がつかわした戦士『漫画 仮面ライダー』 感想)

 

 

 世界の破壊

ショッカー怪人だからと言ってショッカーに与するとも限らないし、仮面ライダーだからと言って正義の味方とも限らない。
改造人間という設定は、人間の体すら究極的には言葉と同じく、交換可能な"仮面"に過ぎないということを表している。
記号と、それによって表される意味。
言語はもちろん、それ以外のリーゼントという髪型や我々の顔のような視覚的な情報、聞こえてくる聴覚情報なども、すべて"記号"に過ぎない。
仮面ライダーのデザインは、どう見ても設定通りの強化された肉体というよりは服なのだが、"改造人間バッタ男"がショッカーの技術で複製可能なのと同様に、容易に取り替えられる衣服もまた人の外見を規定する記号のひとつである。
現代で言うところの"コスプレ"の延長線上に、なりすまし(擬態)はある。
実際、既に整形技術はかなり普及しており、かわいいだとか美しいだとかいう基準に合わせて顔を作り変えた結果、多様性がなくなり「皆同じような顔」になっているというような話も耳にする。
"そっくりさん"はつくれる時代に突入しつつあるのだ。

 

また俳優の藤岡弘、さんの事故の弊害であるとはいえ、中盤に本郷猛の過去の映像が使い回され、声を別の方が吹き替えていた時期がある。
これも結果的にだが、本郷猛だからと言ってあの声だとは限らないという、声の交換可能性を示す事柄となっている。
というか桜島1号とか新1号とかの登場回も見てみたが、声と同じく見た目が変わったことに対する説明らしきものは一切見当たらなかった。
だがそれらも全部「改造人間だから」で受け入れられてしまうのは、偶然というよりはこの設定の懐の深さを表していると言えよう。
すなわち、"仮面ライダー"の真髄のひとつは、この"交換可能性"という部分にあるのだ。

(参考:仮面ライダーディケイド暫定的まとめ)

 

インターネットが普及し、誰もが簡単に仮面を被ることができるようになった。
ゼロワンの感想にて詳しめに話したが、ゲームプレイワーキングと言って、自覚的にはただゲームをしているだけでその入力が何らかの仕事に変換され、働いているのと同じ成果を得られるようになるシステムというのも考案されつつある。これもまた、見えている世界と実際に意味する世界を乖離させるベクトルの力である。
もはや見た目も声も名前も物事の本質と直結せず、そもそも本質……攻殻機動隊で言うところのゴースト(代替不可能なもの)などあるのかという疑念に駆られるようになる。
だが、それは悪い面ばかりではない。何者でもなくなった我々は、同時に何者にもなれるようになったのだ。
白倉さんによれば仮面ライダーは自らの親を否定するというが、その意味では作品にしばしば登場する"おやっさん"という存在は、言わば親代わりと言える。
加賀美やじいやたちにとって、本来何の関係もないスコルピオワームが神代剣になり得るように、誰もが誰かに擬態できる。
ゴミ袋をレジ袋として活用することも当然できる。

従来信じられていた必然的な繋がりが破壊され記号と意味が分離した結果、「子供たちは仮面ライダーになれる」のだ。

(参考:"純粋"と呼ばれる子供はサンタや仮面ライダーの実在を信じているのか?)

 


 自らを由とする

記号と意味の繋がりが断ち切られ、破壊された世界では、存在はその背景や根拠,ルーツを失う。

人はそういった後ろ盾を持たない者に対して厳しい面がある。「ジクウドライバーはどこから来たのか」「ギンガって一体何だったのか(何年のミライダーで変身者は誰なのか)」などという疑問はいい例である。ビルドドライバーは、エボルドライバーを参考に葛城親子がつくった。だが、そのアレンジの発想の元や、そもそものエボルドライバーはどこから? と言った"由来の由来"、すなわち祖父母にあたる疑問は、目を向けられないことが多い。なんなら仮面ライダーの力の源について「現代の科学では説明できない不思議なパワーなのだ」という説明する気がない説明でも、何も言われないのと比べればそこそこ落ち着くだろう。

これを端的に表しているのが『龍騎』だ。
「映画は本編に繋がるループのひとつである」という言説は、それだけでは説明になっていない。何故ならタイムベントで時間を巻き戻す当事者である士郎が死んでいるので、単純には繋がり得ない。もちろん、他の誰かが神崎の研究資料を見てやっただとか、それなりに理屈を通して繋げることは不可能ではないが、上記の説明だけで納得している人は明らかにそこまで考えていないだろう。

ジオウ同様に説明不足も甚だしい電王が成立しているのは、例えば「教養の差だ」みたいな"説明してる風"のセリフがあるからだろう。
我々が抱く「何故?」とは、その程度の近視眼的で適当なものなのである。
親世代が無根拠であることを容認されるのならば、子世代が無根拠であることも理屈としては大差ない。


要するに、エボルドライバーの出自が気にならないのにビルドドライバーやジクウドライバーの出自だけを気にするのはナンセンスだ、という話。エボルドライバーの出自が宇宙のどこかの知性体だとするなら、その知性体のルーツも探らなければならない。これは先ほど言った無限後退である。
無限後退をしないのであれば、我々はいつか、背景を持たず無根拠で、他者との関係によって記述されない"孤高の存在"を受け入れねばならない。実際にそうであるかは関係なく、我々の認知の限界として"ナマの事実"は現れてくる。もしくは循環するか。

人は自分のルーツを求めて宗教による"説明"をしようとする。
だが無宗教の人が存在するように、また人をつくった神のルーツ(のルーツ)が語られないように、根拠など分からずとも存在できてしまうのが実情である。


従来は「自分は男だから力が強い」という文章が意味をなしたが、男だからと言って力が強いとは限らないことが分かると、男であることは根拠として機能しなくなる。
そこにあるのはただ「自分は力が強い」という事実のみである。
これは、"それまでの定義からの自由"を意味する。
定義がもたらす「男である→力が強い」「仮面ライダーである→正義の味方」「すずきやまとである→葛葉紘汰ではない」などの不自由から解放され、すずきやまとであった背景をかなぐり捨て葛葉紘汰になることができる。
これこそ、世界の破壊がもたらす恩恵である。

 

僕のハンドルネームである"やんま"は、由来としては所謂リアルにて友人にそう呼ばれていることが挙げられるし、更にその理由を求めると例えば眼鏡をかけていることだったり本名とも少しかかっていたりということになってくるのだろうが、そんな背景はお構いなしにネット上では"やんま"として、なんなら"やんまヘボ"として定着しつつある。
そう、例え一切根拠などなくても、名乗ること/呼ばれることによって名前というのは"定着"するものなのだ。


先程からキーワードをちょろちょろ出している『ディケイド』を絡めて説明するならば、士が世界によって役を与えられることを"役者"に見立てたとき、同じ現象が起こっていることが分かるだろう。
井上正大さんは門矢士に変身する。「門矢士として生きてきた背景」を当初の彼は持っていないが、撮影が始まれば門矢士になりすます。
しかし背景を持たないからと言ってその存在(井上氏演じる門矢士)が成立しないとか価値がないかと言えば、そうはならない。彼の声、表情、身のこなし……その一挙手一投足が"門矢士"として新たな価値を生み出し、定着していく。
『ディケイド』を好きじゃない人も自分の好きなキャラクターに置き換えて見れば共感できるだろう。仮面ライダーシリーズにおいてノンフィクションだった作品というのは現状ない。
背景の破壊というものを自覚的に扱った作品として、もうひとつ『電王』がある。味方側のイマジンズはルーツである"カイの未来"がなくなったことによって消えるはずだったが、そんな根拠などなくとも「いるものはいる」ということを示した。同時に良太郎のイメージを借りた存在でもあるが、後々良太郎がいなくても登場したり変身できたりするようになったのも、その傍証であろう。良太郎に両親がいないのもそれを思わせる。

 

悪の仮面ライダーや暴走するアナザーアギト(アギト)の存在によって、正義の仮面ライダーや木野アギトの名誉が脅かされるという意見がある。
だがしかし、"仮面ライダー"の称号という文字列や、アナザーアギトのような見てくれひとつにすがらなければ瓦解してしまうほど、彼らという概念は弱いものなのか。その個体が持つ要素の中からそれだけを抽出して、あとは"ないも同然"にしてしまうのか。
それらひとつひとつは所詮借り物の記号による一部分に過ぎない。例えばクウガのガワにも小野寺が出て来る前から先代という別の所有者がいるし、アギトの力もまた他の変身者が多数いるものであり、翔一と同型のアギトが存在し得る以上、個体差の問題として木野のものとよく似ているか全く同型のアギトが生まれる可能性がないと言い切る根拠はない。木野薫という名前にしたって、それほど珍しい訳でもないし、同じく木野という苗字の人間が悪事を働く可能性は十分にある。だがだからといって「木野薫に失礼」という立場からの批判はナンセンスだろう。決してこれらは専有物ではない。

では木野薫という概念とは何なのかをきちんと説明しようと考えると、"生き様"とでも言えるような網羅的なものでないといけない。
それをたった一言で表現しようとするならば、木野薫とは木野薫であり、仮面ライダーとは仮面ライダーである……という、トートロジーに落ち着くことだろう。

下の記事の"テーマ"という項で、ダークライダーの存在意義について詳しく書いてるのでそちらも是非。

(参考:仮面ライダーディケイド 6,7話「バトル裁判・龍騎ワールド/超トリックの真犯人」 感想)

 

先に用意された仮面ライダーという集合の"定義"に構成要素たる本郷猛たちが従うのではなく、その名を冠する者たちの生き様そのものが逆流し"仮面ライダー"という概念の意味をつくりあげていく。
それがこの"定着"という現象の意味するところだ。

名が体を表すのではなく、体が名を表す。
彼らに背景の有無は関係なく、仮面ライダーだから仮面ライダーなのだ。

そういう意味で、とにかく顔に「カメンライダー」と書いてあるから仮面ライダーであるというジオウの(言語学的な)スタンスは子供向けとしても至極真っ当と言える。

 

 

 

 仮面ライダーの敵

既存の定義にもあるように、仮面ライダーの敵はそのルーツである場合が多い。このことからも、仮面ライダーの無根拠性が顔を覗かせる。

敵組織の中でも最初の敵であるショッカーに注目すると、「ナチスドイツの残党」という点がひとつ挙げられる。
あいにく僕は社会科、とりわけ歴史を毛嫌いしているので詳しいことは知らないのだが、ショッカーとの類似性という視点から語る上で重要になるのは、やはりその優生学的な側面だろう。
改造手術によって動植物の特徴を移植し、強化された人間をつくる。そしてそれに適応できない者は(強制労働の末に)殺されてしまう。

ここに現れているのは、超人的な人間だけによる無駄のない世界にせんとする、息の詰まるような思想だ。
僕は発達障害を持っていて、最近は同じ障害者(身体精神など問わず)が集まる施設に通っているのだが、自分も含め、我々障害者が他人と関わりながら迷惑をかけずに生きていくことがなかなか難しいのは、悲しいかな事実ではある。
そういった負の面を日々感じている身からすると、「人類全体のことを考えたら障害者はいない方がよい」という意見を、無下に扱うことはできない。

障害者に限らずとも、例えば一部の犯罪者などは今でも実際そのような判断を下されて死刑となってしまっている。

健常者も他人事ではない。日常生活は問題なくおくれていても、人類全体というマクロな視点に立った時には、一挙一動がバタフライエフェクト的に損をもたらしている可能性はあり得る。例えば安くて質の悪い商品を妥協して買う判断は、技術の発展を遅めている一因であると言えるかもしれない。より高く質の良いものに需要をもたらすためにはよりお金を稼ぐ必要があり、その為には自らもより質の高い生産をしなくてはならないというスパイラルに陥る。その先にあるのは、小さな幸せに満足することなど許されない世界だ。

(参考:エゴとエゴの均衡『映画 聲の形』 感想)

以前の記事にも書いたが、僕は人類に与えられた自由があるとすれば、それは「最善を尽くさない自由」だと思っている。
将来のことを考えたら何か身になることを勉強した方がいいと思いつつ、漫画を読んだりテレビを見る自由。もう少し痩せた方がいいと思いつつ、お菓子を食べる自由。選挙に行った方がいいと思いつつ、行かない自由……。

"正しいこと"という概念は、人の自由を奪う。僕は「自分の意見が正しい」と感じているとき、きちんと説明して伝われば、遅かれ早かれ全ての人が同じ考えになると信じている。この「全ての人が同じ考えになる」ことこそ、"世界征服"そのものである。

そしてそれはとりもなおさず、冒頭で示した定義という行為(ある言葉から抱くイメージをひとつに"統一"する)に繋がってくる。

 

それと敵対することから、「(誰かにとって)正しくなくてもよい」ということを示すのが、仮面ライダーであるとも言える。
ショッカー首領にとっては、全ての人間が改造され自分の意のままに動くことが"最善"なのだろう。だがそうでなくてもいい。例え自分に不利益をもたらすことであってもそれをする(利益をもたらすことをしない)自由、すなわち愚行権の許容である。
逆に仮面ライダーが次々と生まれるように、同時に敵組織も毎年生まれている。これが許されるのは、敵組織も仮面ライダーにとって正しくなくてよいということを認めなければならないという矛盾を孕むからだ。

 

この"矛盾"という言葉についても少し考えてみたい。
この熟語の由来は「どんな盾でも貫ける矛とどんな矛でも貫けない盾があったらどうなるのか」ということに対する違和感を表したものであるが、一度立ち止まって考えたとき、この矛盾という現象は、言葉の上でしか起こらないことが分かる。
この自然世界では、どちらかが勝つとか、確率的にどちらが勝つか決まるとか、対消滅するとか、何かしらの結果が必ず出る。
このようにきちんと結果が出たならばそれは矛盾とは言わないだろう。
すなわち、矛盾というのは何かしらの「人間の勘違い」に基づかなければ成立しない概念なのである。不自然なことなど、起こり得ない。

フィクションの設定についても同様のことが言える。
"設定"というのはあくまで現象に対する解釈に過ぎず、たまたま創作物ではそれを先行させることができるように錯覚してしまうだけ。
少なくとも今の僕は、既に起こってしまったことを前にして「有り得ない」などと言うのはナンセンスに感じるので、現象ありきで考えることにしている。指摘したからと言って撤回される訳でもないし。
「人間にとっておかしく見えること」など、大自然にとっては問題ではない。
自分のおかしいと思う基準(正しさ)を大自然に対して押し付けることは、できない。仮面ライダーはそれを体現する存在なのである。

 

 

 

 "仮面ライダー現象"/自然と自由の象徴として

長々と語ってきたが、一言でまとめるのならば「分かったような振りをして定義することによって仮面ライダーから自由を奪うこと自体が、仮面ライダーの理念に反している」ということになる。
人間はこうして短くまとめてもらわないと、脳の処理能力が追いつかなくてなかなか理解できない。書いてる僕本人でさえ全容をきちんと把握しているか怪しい。
だからいくつかの事実を"例外"として目をつむり、より簡単でキャッチーな理解をしようとする。
"仮面ライダー"とはそういった規格からはみ出るものが現れる"大自然の掟"そのものであり、現象の名前であると僕は捉えている。その名を冠するキャラクター達はあくまでその現象の代表として、象徴として、表舞台に立つだけであり、緑川博士やイマジンたちも"現象としての仮面ライダー"には含まれる、というのが持論である。


しかし、その人間の限界もまた自然なこと。
最初に挙げたいくつかの「仮面ライダーの定義」は、既にある程度定着している。定義というものはそのように人々の間でイメージが共有されなければ目的を果たさない。
ゴルドラとシルバラがいくつかの媒体で仮面ライダーの名を冠されたが現在あまり定着していないように、仮面ライダー足る資格というものがあるとするなら、それは人々に広く受け入れられるかどうかということになるのだろう。
そういった意味で、悪人を仮面ライダーとは認めないとする者が生まれるのも自然なことであるし、逆に認める者が生まれるのも自然なことだ。もちろん制作側があるキャラクターに仮面ライダーの名を付けようと思うこともその範疇であるし、そういった人たちが自由に議論を重ねることもまた、仮面ライダーという概念をつくりあげていく自然選択のひとつである。


現象としての仮面ライダーには、我々も含まれている。
我々もまた大自然に遣わされた存在として、自由に生きることができる。
仮面ライダーの定義を決めるのは、石ノ森先生や本郷猛、白倉さんや況して僕ではなく、その全員を含めた集合知としての大自然であろう。

 

 


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仮面ライダードライブ 第2クール 感想メモ

仮面ライダードライブ 第1クール(1〜11話) 感想メモ

 

第12話「白い仮面ライダーはどこから来たのか」

地上げ屋ね……。こないだ重松清の『疾走』を読んだとこなので、コミカルに演出されてるけど割とあくどいやつだなって感じる。
暴力団まがいとは言うけども、見た目だけで言えばこの警察たちの方がよっぽどヤクザなのは、現さん目線で演出されてるからかな。にしてもオーバーだけど。
・道作りながら走るシフトカー、改めてじっくり見せられるとめっちゃデンライナーだな。
・どんより現象って、マジでよく分かんないよな。ウォズギンガが無効化してたことも参考にして、単純に重力を操ることで体を重くしてるんだったら落下速度がゆっくりにはならないだろうし。っていうかむしろ、月より重力の低い月面で活動してる宇宙飛行士の方がよっぽどどんよりしてる気がするのも不思議だ。やっぱ物理は勉強しないとかなぁ……。
意識だけが加速しているので体がついていかない説は今回の現さんの着地でやっぱあるかなって思ったけど、ちゃんと見てたら反例は普通にありそう。
公式では"相対速度の低下"としか説明されてないからな。重力によって時間の流れが遅くなることがあるってのも聞いたことあるけど……重力の発生源が地球じゃなくてロイミュードだから(重加速はロイミュードから放射状に広がる)下方向への加速はしないって理屈なら、じゃあ逆にどうしてロイミュード方向へ引っ張られるような描写はないのかってとこが気になる。SF考証なんて中途半端な知識でするもんじゃないけど、いち視聴者として分からんなっていうのが正直なところ。
・小説家ウラジーミル・ナボコフの『ロリータ』に由来する言葉だって聞いてから、しばらくは小説自体は普通の純文学なんだけど意味が変遷して今のような用例が定着した……もんかと思ってたら、その小説からしていかがわしい内容なのね。中学の頃に友達が読んでたから、どんな話か聞いとけばよかった。や、たぶん聞かされたのを聞き流してただけか。
Android5.0……もとい"ロリポップ"は普通の単語だからというのもあってそういう勘違いをしてたんだけども、そのLollyは舌という意味らしい。Lの音(ラ行)は舌を使うから、かな?
・しかし素顔を隠すための仮面なのに、その仮面の顔すら隠さなきゃいけないというのはなんともナンセンスな話だ。
・重加速を無効化するピコピコ2号……って、要するにコア・ドライビア搭載型ってこと? シフトカー以外に携帯できるかたちでつくれるならつくっとけよって話は前にしたけど、あれだけバカでかい形にすればロイミュードやシフトカーたちのような自我の発生を力づくで抑え込めるってことだろうか。
・現八達を置いて逃げるのは果たしてアリなのかと思ったけど、結果的には狙いが仮面ライダーだったので正しい判断ではあったのかな。そもそもとっさの判断でミスすることは、そこまで責めるもんでもないけど。
・劇中演出である推理シーンの画面をはたき落としたり、登場シーンを盛り上げようと舞台に上がって派手なエフェクトかけたり、大仰な名乗りや決めポーズを決めたりと、マッハはかなりメタなキャラクターらしい。まぁ「このライダー、ライダー!」だもんな。ドライブに先駆けて挿入歌としてテーマソングまで流れるし。ただ初変身シークエンスなのに、どう見てもタイヤの付く場所が間違ってる(後ろ向いてるので右肩に付くはずが左についてる)のが当時から気になる。
しかし翌年のゴーストも「完璧! 白い仮面ライダー!」ってサブタイ付けてたけど、そこはあんまり被りとか気にしないのね。今見てる戦隊も、アバ,デカと、基本メンバーと別に黒白の追加戦士(アバレブラック,アバレキラー/デカマスター,デカブレイク)ってめっちゃ被ってるし。なんならウルザード,マジマザーも似てる。

 

第13話「私の弟にはなぜブレーキがないのか」

・ブチ切れてモノに当たる霧子。剛もいつだったか、チェイスと霧子がいい感じなことに(?)腹立ててなんか蹴っ飛ばしてた気がする。「面白くねぇ〜」って。
AIものでモノに当たるのは若干どうなんだという気はしなくもないが。
しかし霧子が怒る理由、分かるようで分からん。弟でもなれるもんなら自分がなりたかったとか、弟なんかがなったら白馬の王子様"仮面ライダー"のイメージが落ちるとか、或いは警察でも何でもない弟を危険な戦いに巻き込むなとか、色々解釈のしようはあると思うんだけどどれも何故だかしっくりこない。そもそも感情を表に出すキャラではないはずで、だから表出するからにはよほど何か思ってるんだろうけど、コミカルに演出されてるからかなぁ……何の感情も伝わってこない。
・世界でたった2人だけの兄弟、ね。蛮野が生んだという意味においては108体のロイミュードも兄弟みたいなものだから、その辺を念頭に置いての発言なんだろう。もちろん、進ノ介と結婚したら文字通り義兄になるってのも含めて、だけど。足すとキリよく、しかも110バーン!になるのは何か意味があるのか? でもチェイサー、若しくは進ノ介も足すと111か。
・人間が演じている以上はなかなかそうは見えないけど、感情を持たないロイミュード同士の会話って、ほぼほぼこれ↓(1:20〜)だよな。物音を聞いて真似するうさぎと、その声を聞いて真似するうさぎ、そしてそれを聞いてまた返事をするうさぎ。そこに意味などなく、ただプログラミング通り刺激に対して反応するだけ。
ナンバーが000だからって戸惑う理由もよく分からないし("普通じゃない"くらいの認識なんだろうが)、その疑念もハートの説明になってない説明で落ち着いたりとマジで中身がない。
グロンギ達も感情を持たない訳では別にないけれど、別言語を使ってて物理的に意味が汲み取れないので似たような風に見えたりもする。
youtu.be

・白倉さんが以前Twitterで、春映画はキャラクターの総数も多いし仮面ライダーのデザインも色々だからどれが味方でどれが敵か分からないというリプに対し「基本は"変身"するほうが味方」という答え方をしていた。今回重加速を発したマッハは、このルールに従ってなのか変身シーンが映されていない。
・そもそもマッハって、重加速を無効化できる相対的速さに加えて、ドライブより更に速く動けるから"マッハ"なんじゃないの? 生身の人間と比べたら普通の仮面ライダーだってそれなりに速く動けるだろうに、わざわざ重加速を発する意味が分からない。
仮面ライダーって元々敵の力を使う怪物でしょ、なんて話もだけど、展開に作者の意図が透けて見えて自然さがない。
尤も前回言ったようにマッハがメタな存在だということを考えると意図的かもしれないし(ただキョウリュウジャー見てたらそうは思えない)、今配信してる牙狼の4話みたいに、登場人物目線で自然な反応というのは視聴者的にはじれったく感じることもあるから良し悪しなのだけれど。こっちはホラーという怪物を知ってて作中人物は知らない。だから「負けたら死ぬゲーム? バカバカしい」みたいな反応って必要だけど鬱陶しい段取りなのよね。
・それはそれとして、目的のために怪人と同じ恐怖を与えるというのはこないだアギトでもやってたよね。翔一くんと氷川さんがアンノウンの真似をして、自白をさせる作戦。僕はあれ正直どうかと思ったけども、そう考えるとマッハは犯罪者ではない人間も巻き込んでるから更にタチが悪い。
せっかく制御装置がついてるなら、展開範囲くらい操作すりゃあいいものを。……と思ったけど、バンド売人の情報を聞いてるところを他の一般人に聞かれて更に悪用する人が増えないように、ってことでもあったのかな、一応。
・昔から一人なのに「レッツ変身」なのが気になってたけど、それ言ったら初代のOPからか。あれは表向きは愛機であるバイクと一緒にってことで、メタ的には見てる子供も一緒にってことなんだろうけども。で、それが後に2号ライダーってニュアンスも付属して、高寺さんの言ってた「仮面ライダーらしさとはバディ感」みたいなイメージにも繋がってくるのだと思う。
愛と勇気だけが友達……じゃないけども、バイク(ドライブの場合車)だけが心を許せる唯一の理解者であるというのは、仮面ライダーの孤独を演出する上で重要なピースなのだと思う。父が結構バイクいじりとかする人なので、かなりしっくりくる。自分の世界に入り込んでる感じというか、ある種のナルシズムにも近い雰囲気。昭和見てないから、バイクいじりする仮面ライダーっていうと涼くらいしか思い付かないし、彼はおやっさんにやってもらってるからそこまで孤独じゃないけども。
・ガンマンと言えば保安官、つまりは正義の味方なはずだけど、同時に悪役的なイメージもある。西部劇見たことないからウッディとマーティー、あとのび太しか知らないけど。
・海外で活動してた……と言っても、剛はあくまで特訓をしてたのであって、実戦でロイミュードを破壊したのは今回が初ということになるのか。
・渋滞があったらそれに従うしかない従順な車と、すいすい抜かしていくアウトローなバイク。そのコントラストはいいね。
ドライブがマッハのブレーキになるというのも、ゲイツがドライブウォッチ使ってたことを思うとエモい。
・どんよりバンドをばらまくことの意味についてなんか思い付いた気がするけど忘れてしまった……。ヒントはボルトの模倣。

 

第14話「彼女を狙う黒い影はだれか」

・チェイサーのナンバーに対するリアクション、なんでこのタイミングなの。クリスマスだから3話前だよね。前回一応ベルトさんがチェイスに訊ねてたけど、一応言葉の上では否認されてて別に確認取れた訳ではあまりないし。
・ストーカーね。"チェイサー"が象徴するように、人間を追いかけるという意味においてはロイミュードとして至極正しい姿な気がするけれど、ブレンは気に食わない様子。
・マッハはシフトにせずバイク,車のまま力を使う、主客転倒しないシステム。人間は人間、機械は機械と割り切って、情が移ったり相棒にしたりはしない? マッハドライバーのモチーフはマフラー、つまり排気ガス……要らないものを捨てる為のもの。欠陥のある機械は壊すだけ。
ただ、ライダーでありながら右腕だけはバイクになってることと、本来バイク(とライダー)のほうが標識(シグナル)に従うべきなのに、自分自身が標識になってしまうという部分はある。
また日本人が英語をかっこいいと思うように、アメリカ帰りのマッハは日本語の変身音、MONKEY MAJIK感がある。彼らの曲の歌詞って「外国人が頑張って日本語使ってる」ような感じがすごく出てて、言葉選びとかに独特な面白さがあるのよね。英語話者が日本の英語歌詞を聞いたらこんな気分なんだろうなって。
・ふんふん、なるほど。泊さんはイケてるアメリカンボーイを気取ってるから、ギーク(発明家ボルト)やナード(ストーカー)が嫌いなんだな? だからそいつら相手だと沸点が低くなってテクニックになる。
・単なる好奇心でチェイスに真実を明かすブレン、すごくラーニング途中の機械って感じだし、ひた隠しにする剛との対比としても成立してて面白い。

 

第15話「その想いが届くのはいつか」

・バイクが合体したのはチェイス仮面ライダーだから……説明になってるようななってないような微妙なライン。
確かにチェイス仮面ライダーなら、その全容はクリムたちにバレていることになるし、無理やり合体するシステムをつくることができた理由のひとつではあるんだろうが、そんなことを言ったらロイミュードだって彼らが作ったものには違いない。
まぁ、この時のブレン的には真実をバラしたいだけで文脈なんかどうでもいいので、気にするだけ無駄か。
ドクロをはじめとする物騒なデザインはあくまで死神になってからペイントしたもので、グローバルフリーズの日には無地のライドチェイサーを駆りロイミュードを撲滅していた……ということになるのかな。ただ"車なのにライダー"と同様、バイクに対してドライブって使うかぁ? という疑問はある。
・ふと思ったけど、ドライブって名前だけだとなんだかすごく牧歌的だよなぁって前から思ってたのよね。この辺はゼロワンで掘り下げられてた"不必要なもの"を許容する姿勢にも繋がってくるのかもしれない。本作で言うと課長の占い、とかね。
・……霧子、ちょっとオカシイ人なのね。人間を守るロイミュード、という意味でチェイスと重ねるのは分かるよ。でも今回のロイミュードがある人間を守るために襲ってるのは、ロイミュード(怪物)でなく同じ人間。殺してはないんだろうけども、この二者を同じと見做してチェイスを信じる足がかりにするには、人間を襲うというのは致命的すぎるのでは。むしろチェイスの信用を落とす行為だと思う。
・上述の通り話運びに違和感があったのでまた三条さんかと思ってたら、長谷川さんだった。都合の悪い自分に見ないフリして逃避するってネタはフォーゼでもやってたね。
記憶を消される……というのはチェイスと同じだ。情報データだけ消去するブレンに対し、メディックの取る危険な方法というのは記録されてる部分を物理的に破壊するとかそういうことかな。
"医療"って、意外と発想が馬鹿というか、力技だなぁと最近思うのよね。「人体には無数の血管が張り巡らされている。ならそこに同じく管ぶっ刺して直接流し込もう」とか、「なんでかは分からんがこの成分を投与するとこういう効果が現れるから都合いいし使っちゃおう(麻酔など)」とか。『JIN-仁-』の4話で頭をかち割って血腫を取り除くシーンなんかはそれが如実に描かれていて、素人や漢方医にとってはオペそのものが「人殺し」に見えてしまう。
一昔前の医療って結構宗教チックな側面が強いというか、五行に合わせて五気とか、完全に思想入っちゃってるよね。そういうのをとことん廃して現実だけを見つめていると、力技にならざるを得ないのかもしれない。
・自分を振ったから殺した、でも本当は愛してくれているが故の行為だった……。
どうして最後まで信じてあげられなかったのか、というのは、ゼロワンを踏まえて聞くといいセリフだけど、完全に結果論ではある。実際今のチェイサーは、別に遠回しに人を守っている訳じゃあない。ただロイミュードのために、ロイミュードを一時的に倒しているだけ。

 

第16話「沢神りんなはなぜソワソワしていたのか」

・りんなさん、一応頭の片隅くらいには特状課の一員として潜入捜査……くらいの気持ちはあったんだろうか。情報提供は恥ずかしくてできない代わりに。
・ライドクロッサーと同様、ドライブシステムとネクストシステムをひとつにするデッドヒート。
ドライブは、過去のライダーが出てくる訳でもないのに変身音で名前を名乗った(ドライブ! タイプスピード!)珍しい……というか初めてのライダーだという話は前にしたけれど、実質的に"マッハの力"(超デッドヒートではチェイサーの力)を使うこのフォームの存在を思えば、ドライブもまたディケイドやジオウと同じ「他のライダーの力を使うライダー」ということになる。後に出てくるチェイサーマッハ、マッハチェイサーもまた、同じ文脈で括ることができる。
似たような前例としてはウィザード ビーストマント(ビースト ウィザードスタイル)があるけれど、鎧武 バナナアームズは微妙に違うのが味噌。あの時使ったのはあくまで"バナナロックシードの力"であって"バロンの力"ではない。いやーニュアンスが難しい。バロンが使う力のひとつって意味ではバロンの力だけども、"仮面ライダーバロン"そのものをメタに捉えて抽出した力とは違う。バナナの力で変身するバロンに対して、シグナルマッハの力で変身するマッハは「このライダー、ライダー!」のコピー通り、トートロジー的な側面がある。或いはオートポイエーシス
ちなみに同じく変身音で名前を名乗るゴーストには、ゼロゴーストの力を使う闘魂ブースト魂(トウサン魂)がある。ディープスペクターやネクロムスペクターなんかもそうだね。
元々メタな視点を持っていて挿入歌と共に登場したマッハの力を手に入れたことで、強くなるだけでなくドライブ専用のテーマ曲『Don't lose your mind』までをもゲットしたのが面白い。
・暴走するという設定も、上述した「他のライダーの力を使ってる」ことから説明できると思う。自分じゃない誰かの力を使ってるんだから、思うようにいかないのは当然。ドライブの体の中にマッハの意思が宿ってるようなものだとイメージすると分かりやすいだろうか。クライマックスフォームがあっち行ったりこっち行ったりするのと理屈としては同じ。
マッハの意思、ってのは、剛のというよりは多分ネクストシステムの意思だと言った方がより正確だと思う。ドライブシステムがベルトさんと同調しなくてはならないように(あんま描かれてないけど)、ネクストシステムにもサポートAIが付いていると思われる。それとうまくシンクロできないことが、暴走の主原因なんじゃないかな。未完成かどうかはあまり関係なくて、2つのシステムを融合させるというコンセプトから生じている原理的欠陥、よく言えば仕様。

獣電戦隊キョウリュウジャー 13話〜 感想メモ

獣電戦隊キョウリュウジャー 1〜12話 感想メモ

 

 13話「ジャキリーン! ハートをまもりぬけ」

・次回予告見たときから、僕は今回全く期待してません。アミィにあんなことさせて平気な人が書く恋愛の話なんて、想像するまでもなくろくなものになるはずがない。
・矢印を切るってのがどうにも理解できん。勝山さんからソウジに伸びる矢印を切ると、勝山さんがソウジを好きじゃなくなる……訳じゃなく、じゃあソウジが勝山さんを嫌いになるかといえばそういうことでもなく、勝山さんはソウジが自分を嫌いになるんじゃないかという不安に駆られる(?)。結局、あの矢印ってなんなんだろう。勝山さんのソウジくんに対する(自分をある程度好いてくれているという)信頼の矢印ってこと?
・女装キング! 好き! ゾックスと同じで、少しも恥じらう様子がないとこがまた魅力的。ブレイブだろ〜って、無邪気か。ノッさんがモテない風貌なのを利用、とかそういうのは別にもうどうでもいいや。
・勝山さん、相手が自分を好きになってくれないからって逆ギレするような人間性じゃ、それはもう仕方ないよ。なんか自分にも最近思い当たるフシがあるから強くは言えないけど。
・最初はあぁいったけど、キングの女装だけで見る価値あったな。大きめの制服にあの黒い靴下みたいなの履けば、本人の体がほぼ見えないからだいたい成立するもんなのかもしれない。女の人が男装するのは比較的簡単でいいよなぁ。僕は女性になりたいみたいな願望こそないけど、男性でなきゃいけないという縛りが嫌なクチなので、どっちにもなれるというのは憧れる。
ごく単純な話として、女性より男性の方が求められているハードルが低い(化粧しなくていいとか)から、男装の方がラクってだけなんだろうが。

 

 14話「あぶなァーい! スピリットベース」

・僕は割と内股であることを執拗に注意されてきた方だけど、今調べてみたら内股/がに股にも諸説あって面白い。最初に見つけたのは「交尾の際、大抵の哺乳類はオスがメスに背中側から覆いかぶさるから、オスは自然と足を開き、メスは足を閉じる」と解釈している記事(とおい先祖が関係!女性が内股・男性がガニ股なただ1つの理由)で、そんならがに股だろうが内股だろうがどっちにしろはしたないじゃんって感じで笑えたんだけど、別の記事には女性が内股というのは日本だけで、着物を着てたからだとか靴を脱ぐからだとか色んな仮説が載っている(日本人女性はなぜ内股なのか?なぜいけないのか?)。
まぁ、結局どっちでもいいよ。
・何も言わずにメニューを指差すだけのモブ、なにこいつ感じ悪いっとか思ってたらカメオ出演した大森Pだそう。確かなんかのインタビューで「自分は監督や脚本家に"こういう作品が見たい"と注文してるだけ」みたいなこと言ってたけど、自虐?
いくら仕事でやってるからって店員だってロボじゃなくて人間なので、「これお願いします」ぐらいは言うのが礼儀よね。……と思ったけど、一見普通でも例えば聴覚障害者で喋れなかったりするかもしれないから迂闊にこういう正義感振りかざすのはよくないよな。僕も吃音症(喋れなくなる)のきらいがあるし。でもだからこそ、喋れるならちゃんと喋らなきゃならんとは思う。
・名乗りのシーンを普通のドラマパートと同じノリで見るのは間違ってるとは思いつつも、トリンがいたはずのところで変わる変わる名乗って、いつのまにかまたトリンがそこに戻ってるっていうのがなんか笑えて仕方なかった。
・変身用の獣電池があるから元からそんなきっぱり割り切れるものじゃないけど、1回技(ザンダー)発動しても充電残ってればもう1回(ザンダーサンダー)使ったりできるのね。まぁ6本持ってるらしいから映ってないだけで入れ替えたのかもしれないけど、それでもロボ用が1本多い。
・まさかの巨大戦なし!? 箸休め回ではあったけどそういうこともできるのか。ラッキューロはベースから逃げたあとキビシーデス復活させなかったってことだけど、スクスクジョイロでの復活にもタイムリミットがあるのかな。或いは復活させたらまた厳しくされるからってことでサボって、だからこそカオスに怒られてたとか。

 

 15話「はらだたしいぜッ! ドゴルドのやぼう」

・「因縁の相手だから」って説明する気なさすぎるだろ、だったらたまたまって言い張った方がよっぽどマシだよ。たまたまが続くことは確率的に有り得ないことじゃないけど、因縁の相手ってだけの理由で行動を察知できることなんて有り得ないんだから。
しかも別に、ここで戦闘させる意味皆無じゃん。だからこそ、説明も適当なのかもしれないけど。
・客に優しいのはいいけど、予算との兼ね合いとか周りの人間関係とか、そういうとこにも優しくないとね。同じと言えば同じだけど違うと言えば違うから、そっちへのフォローもあると良かった。
極論、低価格で提供するために安い給料で従業員をこき使うみたいなさ。これは100%勝手なイメージなので真に受けないで欲しいんだけど、某Pなんかは「本気の作品をつくる」ことに情熱を注ぐあまりそういう"身内"を圧迫してる感じがする。「苦言を呈するってことはお前は本気じゃないんだな? 本気なら関係各所を説得してこい」みたいな押し付けがましさがあるんじゃないかと、出来上がった作品や中途降板みたいな事実から勝手に読み取ってしまう。
『プロフェッショナル』のシンエヴァ特集における庵野監督にも通ずるかもしれない。ジブリもそうみたいな話をどっかで聞いたから芸術家肌な現場ではよくあることなのかもしれないけど。

 

 16話「モグモグーン! おれのたからもの」

・化石採掘になぞらえて穴掘り属性の力を特別扱いするのは面白いと思う。以上!

 

 17話「ガチだぜ! キョウリュウグレー」

・氷河期,病気,隕石と、事実がどの説か分からないならとりあえず全部刺客として送り込んでしまえとは恐ろしい発想。ひとつでも十分なモンスターが3体とか、恐竜絶対滅ぼすマンじゃんデーボス様。
・グレーさんお前、ナガレボーシは自分らが完全に倒せてなかったから現代に蘇ってる癖に、よく偉そうに「倒せたら認めてやる」とか言えるよな。もし戦ってすらないなら余計意味分からんし、実力知らないじゃん。
・陰陽二元論と中庸の戦士だからって理屈でキングにアンチテーゼを突きつけるのは良かったけど、じゃあラミレスのシアン要素って何だろね?

 

 18話「つかんだッ! カンフーひっさつけん」

・ただ仲間を失うのが怖いって話なら「仲間が怖い」なんて表現はしないよな。それってつまり今回みたいに、仲間に追い越されて自分が一番(キング)じゃなくなることが怖いっていうニュアンスも含んでるように思えた。それなら"影"として十分納得のいくものだしね。
仲間は大切だし失いたくないけど、あくまで自分をリーダーとして認めて慕ってくれる関係がいいのね、本当は。
・あれ? カンフーってステゴッチとブンパッキーじゃないのか。じゃあ本当にステゴッチだけぼっちじゃん。五連獣電剣になるって意味では大事なポジションではあるけども……。

 

 19話「キャワイーン! うばわれたファミリー」

・キャワイーンは面白い怪人だと思うけど、結局倒すのに躊躇しなくていいように怪人然としたカッコになるのは拍子抜けだった。結局見た目かよっていう。キングが攻撃したのだって、あくまで(気持ちの)悪い姿を見ていたからであって、悪いことをしていたからじゃない。まぁ、怪人が人間態のときに攻撃しないのと同じで、「丸腰の相手」として捉えたら攻撃しないのも分かるけども。
普段隠されている姿の方が"真実"だと人間は捉えがちで、そうすると見えてる方は仮初めってことにされてしまう。「メイク落としたらブサイク」とかね……。僕はしないので分からないんだけど、あれは自我同一性を拡散させたりしないのだろうか。
・自分を助けられるのは自分しかいない、一人でなんとかするしかない……だけどこの番組を見てる以上は、子供がキョウリュウジャーを応援するように、少なくとも応援してくれるキョウリュウジャーがいるから、一人ぼっちではない。なるほどね、結構良かったち思う。

 

 20話「アンラッキュー! タナバタのタナボタ」

・一味違う感を出すためにキングが逆張りするのはそろそろ見てて飽きてきた。やりすぎるとただの天の邪鬼だよ。

 


 21話「ズオーン! かえってきたプレズオン」

・柱が光ってたから、ゼツメイツも3幹部に準えた感情を司ってるのかと思ったけども、ヒョーガッキもウイルスンも今の幹部とは関係なく存在してたよな。ナガレボーシもキャンデリラと一緒にいたけど、復活したとかそういえば言ってたような気がする。
デーボス復活のために感情を集める現代の奴らとは一線を画す、デーボス自らが生み出した絶滅させるためだけのモンスターって訳か。今見るとめっちゃ滅亡迅雷だけど。
・スピリットレンジャーが電池だけで変身するのは、ガブリボルバーなかったってことは彼らが現役の頃から変わらないのね。
・序盤の正体隠してた頃から思ってたけど、変身してる時は声も変わってる設定なのかね。声が特徴的なバイオレットの正体にすら気付かないってのは。
関係ないけど、口がハートに見えそうでそう見ないこともできるギリギリのライン。

 

 22話「ま・さ・か! デーボスふっかつ」

・デイブレイクタウンへ通じる橋にしか見えない……宇宙の話も出たし、なんなら女性戦士もこの後出てくる。めっちゃゼロワンじゃん。
・デーボス様……見た目ほぼザコ(巨大ゾーリ魔)じゃん。獣電竜やレッドの言う禍々しさが、僕には微塵も感じられない。デーボスの細胞からつくられてる訳だから、よりプリミティブな怪人が本人に似てること自体はなるほどなって思ったけど、それとボスとしての格を感じるかは全く別問題。これから更に強くなるんだろうけども。

 

 23話「たてッ! バクレツキョウリュウジン」

キョウリュウジャーのスーツって、ハニカムデザインなのね。これもゼロワンと同じだ。
活躍する女性がメカニックってのもそうね。確かに女性の社会進出って言うと、そういう知的な方面をイメージしがちよね、お医者さんとか。僕の主治医も、なんか"できる女"ってカンジ。
・プレズオン、見た目めちゃくちゃ男根だけど絶滅するかしないかの話なんだから意図的だよね? デーボス細胞に対する特効プログラムってことで、注射器みたいなイメージでもあるんだろうけど。
平成ライダーにおける塚田作品は、Wが地球の話でフォーゼが宇宙の話と対になってる訳だけど、地面に埋まってる恐竜が大地を司ってると考えるなら、ロケットのプレズオーと合体して強くなるのは理にかなってるかもしれない。なんなら天地人揃ってるし。

 

 24話「もえろ! 7にんのキョウリュウジャー

・デーボス軍の感情は表面的だって話は最初からしてたけど、ここにきて自分の司るものとは違う感情を発露するようになるとは。きっかけは全く分からんが、これは更に強くなる予感。
キョウリュウジャーなら助けられるのを待つんじゃなく自分で脱出してみせろ、か。そういえばそれを序盤に描いたのもアミィ(とソウジくん)だっけ。弥生さんも強き竜の者……もといズボラだったらなんとかできるはず!
・自分の可能性を狭めているのは自分自身……その鎖を解き放つって展開も含めて、すごくアナ雪っぽい。でも彼女もまたレギュラーではないらしいので、戦隊シリーズにおいては未だ(2021年)に単独の女性追加戦士ってのはいないことになるのかな。
・みんなでひとつのロボを操縦する必要があるのだから、普段から一緒にダンスを踊って息を合わせる練習をするのは理に適ってるのかもしれん。

仮面ライダーセイバー ソロモン編(36話〜) 感想メモ

仮面ライダーセイバー カリバー編,SOL再結成編 感想メモ

 

 36話「開かれる、全知全能の力」

・"選ばれし者"ってのはルナが選ぶのね。前回の橋こそが選ばれた証だろうか。 何を根拠にか忘れたけど、まずワンダーワールドが先にあって、そこから仮の世界(我々の世界から見た夢と同様な存在)として飛羽真たちのいる現実世界が生まれたと僕は思ってるんだけど、そう考えるとカリバーの言ってた"真理=ワンダーワールドの力"というのは、納得の行く表現ではある。
・全知全能の書が完璧なら新しい聖剣が生まれていた……らしい。世界を滅ぼしたあとで"創り変える"と彼は言っていたので、その剣こそが新たな世界を記すペンとなるのかもしれない。
・ソフィア使ったら生まれないのかよ。ルナを模して作られた……というとこは本当だけど、普通に失敗作だったってことだろうか。ノーザンベースに結界を張るのが主な仕事っぽいけど、世界を繋ぐ能力の副産物として、その逆で世界と世界の繋がりを断ち、行き来できなくする=結界能力も得たってことだろうか。不完全だからなのか破られてたけど、だからこそマスターもいなくて重要度の低い出張所的なノーザンベースを任されてたのかも。
・普通の子供って感じのルナはともかく、ふわふわしてて掴みどころのないソフィアに心があるって言われても全然ピンと来ないな。まず出番が少なすぎるし。まぁ「隠し事をしててごめんなさい」なんていう、別に謝らなくてもよさそう(つーかどうでもいい)なことに罪悪感を覚えてるらしいことは、心があることの傍証のひとつではあるかもしれないけど。
・大き過ぎる力を手に入れ危険になるからという理由で飛羽真と対立してた面々……殊に、いたずら力を求めるのではなく大切な仲間,ひいては世界を守るために大いなる本の一部を手にした倫太郎が、力なんて要らないという飛羽真の背中を押す。そのうち力を手にすることにもなるだろうけど、ただマスターを止めてルナを救うことだけ考えていれば問題はない、と。
・こないだはマスターのことをメタ的視点を持つ存在として解釈したけど、今回を見るとゼロワン的な側面もあるのかなと。人類を守る(奉仕する)という与えられた使命に従うだけだったヒューマギアと、先代マスターたち。そしてシンギュラリティに達し、疑念を抱き反抗する現マスター・イザク。
本来自分の意志を持って動き、剰え剣士を剣として使ってしまうはずのキングエクスカリバー(のリペイントであるカラドボルグ)を、多分意志を持たないただの道具として使うというのも、意味深。
対してソードオブロゴスの剣士たちは、見返してないからなんとも言えないけどドライブのチェイスとか、ヒューマギアの面々もそうだけど、自由意志を獲得してもなお与えられた使命を受け入れ、自分の意志で選び取っているのだろう。
・変身する時にカラドボルグでボタン押さないのは、一瞬「まぁキングオブアーサーも変身してからキングエクスカリバー召喚されるしな」って思ったけど、変身前から普通に持ってるんだよな。
・散々戦隊っぽいと言われてきたセイバーだけど、それっぽいシーンを見れば見るほど、確かに似てるとは思いつつも逆に"違う"部分が浮き彫りになってるような感覚もある。こないだ養老天命反転地に行ったんだけれども、そこのメインパビリオンは"極限で似るものの家"という。名前にもあるし見れば分かるけど、実際のところ「これに似てる家なんかねーよ」って感じの建物なんだけども、だからこそ似ても似つかない両者の中に、極限的な共通点を見出すという精神活動を体験するための施設なのよね。まぁ、その逆。「これは"戦隊"のパブリックイメージとは明確に違うわ」って思った。
・聖人イサクの名前は笑うという意味らしい。
・今回の本といいカリバー編の光の柱といい、敵ライダーそのものじゃなくて謎のオブジェの対処をするのが倫太郎の役目なのか?
・結果的に世界が破滅するとしても、その手段として無数の"争い"が起こる状態というのは、バハト的には複雑な感情なのかね。
・ソフィアは「すべての剣士の力をひとつに」と言っていたけれど、まさにすべての力をひとつにまとめあげたオムニフォースを倒す訳なので、セイバーの最終フォームはブレイドキングフォームから始まりグランドジオウ、そしてランペイジバルカンに受け継がれたような「てんこもりフォーム」にはならないと思うんだよな。僕は好きだけどね、セイバーが本,ブレイズが剣のてんこ盛りにそれぞれなるガセとか発想は最高。
うーん、自分の欲望100%で考えるなら、ヒカリキュータマみたいなアイテムがいいかな。あれは本編じゃほぼ使われなかったけど、太陽と月が地球を照らしてくれるように、本人だけじゃなく他のメンバーにもスポットライトを当ててパワーアップしてくれるという珍しい能力を持っていた(太陽の光で輝くテンビンゴールド,月の光で豹変するオオカミブルー)。力の一旦しか出していないにも関わらず全員で挑んでもボロ負けしたんだから、全員が強化した状態で最終決戦に挑んで欲しい。見た目はバラバラな大人数でも、心はひとつ。
・セイバー×ゴーストも含めて考えると、デザストがラーメンの蓋を舐めて捨てたのは味を感じられないって描写なのかな。これまたオタク媚びって感じするけど。
・マスターの指示に従順で疑うことのなかった神代兄妹、イザクがマスターではないと分かって良くも悪くも迷うことなくあっさり離反するのは、まぁいい塩梅だったんじゃなかろうか。彼らにうじうじ悩まれても「興味ないよ」ってなるだけだろうから、いっそのことこれくらいサバサバしててくれた方が見やすい。変わったのはイザクの方で彼ら自身やその戦う動機は何ひとつ変わってない訳だし。
・神代兄妹が戦ってるのを察知できてたのは、あの儀式で一度リンクしたからだろうか。
・白いページに黒いインクで文字が書かれる。闇を操る月闇がセイバーという物語の展開を知ることができるのはそういうことか。おそらく光剛剣最光も、白が分かれば"白くない部分"も自然と浮き出るので、同様のことができる。
・タッセル、お前犠牲になったんか……と一瞬思ったけど、ユーリがあんまりにも軽く「飛羽真がそうなればいいと思ってた」って言うから、現実世界からいなくなることを"犠牲"だと認識してるのは賢人だけで、案外ワンダーワールドの守り人になることは別にそんな悪いことでもないんじゃないかな、と。タッセルがめちゃくちゃ楽しそうなのがその証拠よね。まぁ一人ぼっちではあるけど、たまにユーリが遊びに来てくれるし、自分も遊びに行けるみたいだし。
公式HPで聖剣のことを"栞"って表現してたのが咀嚼しきれてなかったんだけど、力を手に入れた剣士の成れの果てがタッセル(栞)なら少し分かった気になった。

 

 37話「未来を変えるのは、誰だ。」

・神代兄、イザクは敵と割り切るが組織を離れた野良犬たちと組むつもりもないっていう距離感は一貫してて割といいなって思ったけど、ずっと騙されてた癖にユーリの揚げ足取って「あいつはもはやマスターロゴスじゃない」とか言うのは正直馬鹿みたいにダサかったよ。知らなかったのお前ら2人だけだから。
ホージーもだけど、偉そうなキャラってそれだけでこっちも「言うだけのことはあるんだろうな?」って目で見ちゃうから、こんな細かい言動ひとつでも印象が損なわれてしまう。扱いが難しい。
・命を大事に思えばこそ、他人の犠牲は無視できないよなぁ……。他人が死んで自分が生きたらその後ずっと苦しまなくちゃいけない(犠牲を無駄にしないために後追い自殺もできない)けど、自分が死ぬなら自分はその死について考え苦しまなくて済むから楽なのよね。
・イザクに煽られても争わない人々。こんなにファンタジー色強い作品なのに、いやだからこそなのか妙にリアル。インツタがどうとか、確かに序盤はワンダーワールドとの対比でそういうとこあったわって少し懐かしくなった。
馬鹿じゃないから……というよりは、単に面倒くさいからってのが大きい気がするけど。
エグゼイドの仮面ライダークロニクルで描かれたように「人は娯楽のためなら容易に争い合う」のに、恐怖による脅しはむしろピンとこないというのはなんか面白い。
・賢人がずっと秘密にしてきたことをあっさりバラしちゃうユーリ。お前本当に自由な……と思ったけど、世界の終焉がすぐそこまで迫って賢人が行動に移す直前まで黙っててくれたと思えば、一応筋は通ってるのか。黙ったまま未来を変えられればそれでよかったけど、もう時間がないからみんなにも積極的に未来を変えるよう動いてもらうことにしたと。
・ソロモンが出てきたのに今更剣斬とセイバーが勝負するのかと思ったけど、16話に始まりスラッシュ,バスター,ブレイズと続いてたSOL組と対決するノルマ(?)がこれで一段落することになるのか。
戦闘自体はそれこそノルマ消化って感じで、風双剣の封印は何気に解かれていて万全のはずなのに、特に見せ場はなかった。デザストから学んだ剣技を披露するとかそういうこともなく、代わり映えしない猿みたいに飛び跳ねるだけのアクションで順当に負ける。
飛羽真は最初っから「人を助けたい」の一心で戦ってきて、力を求めるのもあくまでその手段でしかなかったのに対して、蓮は賢人の名前すら出さなくなって理由なく力を求める。主客転倒そのものは悪いことではなくて、むしろ強い力を与えてくれる(キングオブアーサー,キングライオン)けれど、そこから更にもう一転して元に戻れば、更なる強さが待っている(ドラゴニックナイト,タテガミ)。なんかどっかで聞いた話だな……と思ったけど、久し振りに名前を出します井筒俊彦『意識と本質』で読んだ禅の哲学だ。あっちは別に主客転倒の話ではないんだけどね。
「杖は杖であって、杖以外のもの(例えば花や鳥)ではない」という分節的な認識1から、「これは杖であって杖ではない(少し語弊がある。"ツエ"という言葉とは無関係なところでそのものを直観するような感じ)」という無分節的な認識2に移行する……という営み自体が一見"悟り"のようだけれど、実はそこから更に「やはりこれは杖である」という分節的認識3に帰着するのが大切なのだ、みたいな話。
目の前にある杖と呼ばれているモノの"本質"は、ただちょっと小綺麗に整えられた"木の棒"であって(という表現も適切ではないのだが)、先入観を捨ててその気になれば杖以外の用途……例えばバットとしても使える、すなわち杖であることにとらわれる必要はない。しかし、やはり杖として使うためになるべく最適化してつくられているものなので、杖以外のものでもあれると分かった上で、杖として使う。
禅問答に代表される"訳の分からなさ"というのは通過点でしかなくて、わざわざ逆張りして杖をバットとして認識する(無分節的無秩序)ことが悟りの全てではなく、先入観を外して「他の可能性を知る」ことが重要なのだと。杖はバットであり、花であり、鳥でもあり、そして杖でもある。
ってな訳で閑話休題、哲学からセイバーの話に主客回帰します。
・組織の一員として動くべきだった倫太郎は11話で私情を挟んで賢人を助け、32話で私情と使命を合致させた。だからこそ、彼は今では素直に賢人を心配できる。そりゃ「変わったな」とも言われようもの。倫太郎は一応、組織に従って苦しみながらも飛羽真と敵対してた人だからな。
・命と引き換えに世界を救う……って話で聞いてる分には特に違和感なかったけど、いざこうして映像で見てみると思ってたより全く途中過程というか紆余曲折がなさすぎて謎。
どうやら闇黒剣なら命と引き換えにソロモンをどうにかして世界の崩壊も止められる(ただしチャンスは一度)ってことらしいけど、それは一体どういう能力なんだろう。光の剣(ユーリ)もだけど、最初に生まれた聖剣だからって色々できるようにしすぎで単純に煩雑。応用で色々できてるだけで能力自体はひとつだったりするんだろうか。
たまたまかもだけど、ジャオウじゃなくてあくまでジャアクドラゴンのストーリー音は、そういえば「かつて世界を包み込んだ暗闇を生んだのはたった1体の神獣だった」なので、たった一人で(しかも基本フォームで)世界規模の敵と渡り合えるのは案外筋通ってるのかもしんないなと思ったり。
・剣士が多いのは、コロナでゲストを呼べなくてもレギュラー(内輪)だけで多少でも多様な展開づくりができるようにってことなのか、やっと分かった。っていうかどっかで見たのを思い出しただけかもしれない。
・ブーメラン発言って何かとやり玉に挙げられるけど、普通に考えて自分と他人が全く同じ扱いなはずがないんだよな、さっきも言ったけど。だから別に「お前は駄目だけど俺ならいい」って話でも全然いいんだけど、違う解釈も用意しておくと、(一人で)勝手に決めるるのが駄目なのであって、飛羽真が賢人と違って問答無用に相手から聖剣を封印するようなことはせず剣で対話することを試みてきたのは今回ノルマ消化してたように明らか(メギドは微妙なものの)。だから、飛羽真はきちんと他人の意見を聞いた上で物語の結末を考えてるしオッケー、ってことなのかな。
一応賢人もサンドイッチは食べてくれたけど、結局ユーリが暴露するまで一人で抱えて真意は明かさなかったし。倫太郎が気絶してなかったのは、僅かながら説得が効いてて賢人の拳にも迷いがあった……のかもしれない。
・光と闇の力とやらでソロモンを封印するのもな、まぁエモーショナルが似たようなことやってたけど、どういうことなのか説明しようと思うと分からんからできない。
しかしユーリ、割となんでもできるし今回やったみたいに賢人から闇黒剣を取り上げちゃえば犠牲は止められたのでは? なんて思ったけど、聖剣になったことのある身としては、闇黒剣が賢人を主人として認めている以上はその剣の意思を尊重して口出ししないみたいな信念でもあったのかね。今回以降は、別に持たせといてもできないらしいからもう取り上げる必要ないけど。
・「主人公が小説家だから、セイバーという物語の力を使う最強フォーム」はアリだと思ってたけど、ストーリー音声を聞くにタテガミが一応それに当たるのかな。倫太郎がこれまで歩んできた道(使ってきたブック)を読み上げたり、歴代剣士の思いが詰まってるらしかったり。
・ゼロツードライバーといいセイバーの新しい聖剣といい、令和はコレクションアイテムよりはベルトの方をアップデートする路線になるのかな。
そういえばイザクが、本来なら儀式の結果新たな聖剣が生まれるはずだったって言ってたな。結局本しか出なかったから、仕方なく本の力の一端であり"聖剣"にはカウントされてないキングエクスカリバーもといカラドボルグを使ってるけど。
飛羽真は仲間集めの結果として聖剣を束ねて、あの青い剣を召喚するのか。

特捜戦隊デカレンジャー 13話〜 感想メモ

1〜12話

 

 13話「ハイヌーン・ドッグファイト

・もはや毎度おなじみ、丁寧なまでに印象を下げることを忘れないホージー。お前、またろくに確認もせずタワー引き抜こうとして、危うく都市ひとつ消し飛ばすとこだったんだぞ。
人間誰しもミスはある……ではもう済みません。況してプロ、それも自称エリート。
・まんまと6本タワー建てられた後で最後のひとつさえ阻止すればオッケーとか言われても、あまりにも頼りなさ過ぎるでしょ。
ドギーも気付くの遅いよ。似てるだけならまだしも"同じ"手口……しかもミスって大爆発起こしちゃった事件でしょ。つーかあんた、サブタイにもあるけど犬だろ。マーフィーに負けてんぞ。虫の知らせに気づけないだけならまだしも、マーフィーがいなくなったことにすら誰も気付かないってさ。こないだ部外者の侵入許したばっかなのに出入りのチェックもしないのか。
・オタクモチーフの誘拐犯とか、ガンマン繋がりで野比のび太から取ったヴィーノの時からどうなんだと思ってたけど、遂に実在する個人(犯罪者でもない)をモデルにした怪人を出した、らしい。ゼロワンで乱用されてたからあんまこの表現したかないけど、倫理観狂ってんじゃないのか制作陣。バンたちを露悪的に描くとか、そういう次元の話じゃないよ、文字通り。百歩譲ってモデルにするまではいいとして、せめてその話はオフレコにしとけよ。ネットの記事が何をソースに書いてんのか知らないけどさ。
なんか高寺さんも響鬼で実在する人(そっちは犯罪者だった気がする)をモチーフにしたとかTwitterで語ってたけど、どういう神経してるんだろう。
デカマスター初陣。多人数を相手に三角形の爆発でフィニッシュってリュウソウ1話でコウもやってたな。Dソード"ベガ"だからか。逆にそれ以外の繋がりが見えないのが不思議。
デカレンジャーがしっかりしてないのでそいつらを信頼してるドギーの株も元から低いし、その情けないボスに選ばれ従ってる5人ってやっぱりかっこよくない。信頼の循環がここまでマイナスに働くことってある? すげぇ冷めた目で見ちゃったよ。
同じ駄目なやつでも、或人は信頼こそされてるけど、それはただ「(基本)ヒューマギアのためを思ってくれる 」ってだけで、「できるやつ」っていう信頼とはまた違うし。
しかし、こんなんでも楽しめてた子供の頃の僕って、本当に何でも良かったんだな。なんか自分も情けなくなってくるよ。DVD全巻持ってて僕に貸してくれてた知り合いのおじちゃんも、どこが好きだったんだろう……。
・「そんなに言うなら俺を一発で倒してみろ!」ってさ、散々やりあってそれができそうもないこと確認してから言うのセッコいな……。で、自分もそれだけ煽っといて一発で倒せる訳じゃない。

 

 14話「プリーズ・ボス」

・おぉ。確かに刑事としては未熟もいいとこだけど、戦闘においてはデカレンジャーの5人も普通にそこそこ強いので、雑魚じゃなくて彼らと戦うことで多少はデカマスターも強いのかなって気がしてきた。
・今回のアリエナイザーは吸血鬼(しかもまた俳優の名前から取ってる)。光を嫌い夜を好むというのはそれ故だろうけど、後々出てくるデカブレイクのことを思うと、OP冒頭でパトランプが映えてるように(EDもミッドナイト)、また犯罪者が闇に潜むように、"夜"がキーワードらしい。今のところ本編では、そんな素振り全然感じないけどな。制服とスワットモードは確かに黒だなってぐらい。前回のサブタイトルから、デカマスターは百鬼"夜"行をぶった切った結果真昼(ハイヌーン)を司ってるらしい。
だったらなんなんだ。
・これから一層だ? お前が気を引き締めてた時なんかあったかよ。

 

 15話「アンドロイド・ガール」

・犯罪者はまだ分かるとして、何も悪いことしてない女の子の心を勝手に読み取るのは人としてどうなんだ。ブレイドの嶋さんじゃないんだからさ。それともそういうところまで、警察の権限で許されてるのか?
・プロメテウスが逆に人類から光を奪うとは、なんか意味ありげだけど分からない。というか、あべこべだからこそ「俺はそんなことしない」なのかな?
・ホージー嫌い、本当嫌い。凶悪犯に追われていたら分解していいってアホなのか? 被害者って概念はお前にはないのか? 辞めろよ、いい加減。
センちゃんの主張を否定するにしても、感情が芽生えるのを待ってる余裕はないとか言うならまだ分かるけど、それを根拠のするのはマジで頭おかしい。
確かにケバキーアが狙ってたウェルネストーンのように危険な代物である蓋然性は高いけども、スワンさんの話を聞く限り何がどう危険なのか、そもそも本当に危険なのか否かすら分かってないのに、迂闊にいじる方が危ないと思う。
・……センちゃん、せっかく肩持ってあげたのに勝手に自滅しないでくれる? どんな目的でつくられたとしてもプログラム通りに動いてさえいれば危険はないって、ちょっと何言ってるか分かんないです。
「基本プログラム以外のハードはほぼ空、ってこと以外は分からない」って話だったけど、そのプログラムの方に異常はないってとこまで解析できたってこと?
・デカベースはドギーと同じアヌビス(わんこ)モチーフだと思ってたけど、これじゃまるでスフィンクス……ねこだ。男女も入れ替わってるし、エジプトってことしか共通点がない。
・子供の頃からずっと、デカマシンがこうやって出てくるなら普段映ってる格納庫とか、OP後(提供画面?)で走ってる通路はなんなんだろう、縮尺おかしいじゃんと不思議なのよね。
あれらはデカベースとはまた別で地下にあると考えれば確かに辻褄は合うけど、それならそれでもう少し分かりやすく説明して欲しい。自分で考える力を育むためなのだろうか……。

 

 16話「ジャイアント・デストロイヤー」

・ヒーローって根本的にそういうものだけど、なんか上から目線だな、センちゃん。それこそが、頼りになるってことなのかもしれないけど。
・1+1=2っていう機械的な演算がロボの笑顔に繋がるのだけは、悔しいけどちょっとオシャレでいいな。

 

 21話「マッド・ブラザーズ」

・コウモリ男……名前なんだっけ。エージェント・アブレラか。これだけ暗躍してきてる癖に、自分の息がかかったアリエナイザーを説得することもせずおめおめと逃げる算段を練るなんて、すごく情けない。あくまで一介の武器商人であって戦闘は好まないとか、逆にお得意様だから機嫌損ねたくないとか、そういうことなのかね。
・本当にピンチな時にしか出てこないはずのデカマスター……ボスにとってジャスミンのセンシティブ・ヒステリーは「メンバーで頑張ってもどうにもならない本物のピンチ」扱いなのね。事実それで危ないところだったんだから出てきたのは正しい判断だけども、信頼……。

 

 22話「フルスロットル・エリート」

・前回せっかく好意的に解釈してやったのに本当にただヘコヘコしてるだけだったアブレラさん。格が……ない……。
・マシンの中でデカバイクだけなんか浮いてると思ってたけど、改めて考えてみたら普通にビークルだし統一性は保たれてるのか。ただ、珍しく運転手が露出する乗り物だから、自走してることに違和感あるだけで。
等身大キャラより巨大ロボの方が先に出てくるっていうあまり見ない演出も、巨大戦こなしてからデリートするっていうデカレンジャーらしくはある。
・前にも言ったけど夜のデカレンジャー、昼のデカマスターときて、デカブレイクは夜明けの刑事(たどたどしくてCageに聞こえる)だそう。子供の頃はデイブレイクなんて英語も知らないし(英会話習ってたから知ってはいたかもしれないが)、なんでデカホワイトじゃないのかなと不思議に思っていたんだけども、一応伏線(ミッドナイト,ハイヌーン)は散りばめられていたことになる。
バランス取れてた4人にバンを入れたように、5人体制も慣れてきて安定してきたところへ加わる更なる刺激。正直デカは現状つまんないから、その辺ブレイクしてくれることを期待してる。

 

 23話「ブレイブ・エモーション」

・あんだけ威張ってたテツ、口ほどにもなし。地球所の面々よりヘルズ三兄弟について詳しいのかと思いきや、仲間を大事にしないとかいう犯罪者としてはかなりありがちな特徴ひとつ把握できてないポンコツっぷり。感情に理解を示す展開との対比で非情さを演出してるんだろうけど、待機命令まで出して独走したテツが負けていい理由にはあんまりなってないと感じた。
・基本メンバーに加えて黒と白の戦士って構図は前年のアバレンジャーとほぼ同じよね、最後まで見てないけど。
戦隊は根本が"お色直し"だから被りとかそんなに気にしないんだろうか。……それ言ったらレッドなんて、ゼンカイジャーまで被りっぱなしだけども。
尤も、最後まで敵対してたらしいアバレキラーに比べて、テツくんはあっという間に仲間落ちしたけども。

 

 24話「キューティー・ネゴシエイター」

ウメコは本当に誰かと組まないと話つくれないんだな……無個性というか、ディケイドじゃないんだからさ。
洞察力があるんですよってところまで完璧に同じ。何回同じ話するのよ。だから見る気にならなかったんだよなぁ……。
凡ミス(致命的)はやらかしてるけど、ネゴシエーションは一応こなしてるので言うだけのことはある。
・あのさぁ……ちょっと待ってください。ウメコさんは、勝手に爆弾のスイッチ押して状況の危険度を上げたんですよ? それを承知で奪い取ったのは本人の意思だとは言えど、彼にとってはSPDが無実の息子を釈放すれば済む話なんだから、悪いの全部こっちですよね。それを同情しないで攻撃しようとか、頭湧いてるよホージー

 

 26話「クール・パッション」

・そういやデカブレイクには銃武器ないもんな。苦手だから装備してないのか、使う機会がないから苦手なのかにもよってだいぶ印象違うけど、どっちだろね。
・うおお、さすがホージー。エリートぶるよりこういうアウトローな路線の方がよっぽど合ってるよ。あと、たった5人しかいない地球の戦力部隊デカレンジャーとしても活躍してるのに、全く把握されてない辺りも笑った。見くびられすぎ(笑)
一番ボロクソ言ってるキャラだからこそ、見直すきっかけになるかもしれないエピソードは見ないとなって思った僕、優しい。強化合体ロボの初登場がなかったら、飛ばしてたかもだけど。
・青同士のコンビ回かと思ったら、ホージーの個人回かよ。特に致命的なツッコミどころとかも見当たらなかったし普通にいい話ではあった。
痩せ我慢が得意ならキレの沸点も下げてくれると嬉しい。任務中に「お前が仕切るな」とかいう謎の張り合いしたりせずさ。努力家は謙虚さもセットで初めて評価されると思う。まぁ、普段の偉そうな態度は自分で周りからのハードルを上げて自分を追い詰めるストイックさの表れでもあるのかな、なんて風には思ったけども。

ウルトラマンコスモス 感想メモ

 

第1話「光との再会」

・再会ってことは、昔はあったのに一度失われた。何故?
・綺麗だった光が一転、街を破壊
ムサシを襲うかに思われたリドリアスは、友好的
・音より光の方が速い
・隊員が銃を抜き暴力性を顕にする クウガ「現実」
・シールドを破る 巣立ち
・EYES、光の受容体
・光のウイルス……要するに見たものに影響されて凶暴化するってことだろうけど、そう聞くとなんだか「特撮番組を見たせいで子供はいじめをしている、と言われた」みたいな話を思い出すな。高寺さんのやつ。
・あぁ、再会ってそういうことか。そういえば前日譚の映画があるって話だっけ。
・オープニングから思ってたけど、リドリアスとカオスリドリアスは別物扱いなんだ。見たとこ"変身" って感じだけど。
・元々光線が必殺技ってあんまりかっこよく思えなくて好きじゃないので、そもそもかっこよく倒すためのものじゃないってのはなんかしっくりきた。
本作が平成ライダー2期以降は定番となったメモリブレイクの草分けなんだろうか。

 

第2話「カオスヘッダーの影」

・怪獣の本当の心を知りたい
それって、結局「話せば分かる、きっと彼らも暴れたくなんてないはずだ」みたいな上から目線の感情なんじゃないのかな。リドリアスは実際そうなのかもしれないけど。
でもあれだって本当に仲良しだったのかはよく分かんないんだよな。猫とか犬とか、動くおもちゃを見ると飛び付くけど、楽しく遊んでるって認識なのは人間だけで、本人たちは実は「体は本能的に動いちゃうけど正直疲れる」とか思ってるかも。
・"怪獣が出る"っていう現象は、どういう仕組みなんだろうね。視聴者の認識としては毎話の冒頭にどこからともなく突然現れる……って感じだけど、野生動物みたいに未登場なやつらも普段から全員いるんだろうか。
・EYESの隊員も、ただ無能だからとか意気地がないからとかそういう理由で保護できないんじゃなくて、怪獣を保護できるに越したことはないけど、自分たち人間の命の方がどうしても大事だからいつも殺す判断をしちゃうのね。そりゃまぁ、人間の"生きたい"だって怪獣のそれと同じく尊重されるべきなので筋は通ってる。
ムサシは1回死んでるからなのかその辺りの感覚が麻痺してて、恐れを知らず諦めないで立ち向かうことができる。そういう狂気にも近いものを持ってるからこそ、普通の人には成し得ないことを成せるんだな。
足が挟まったとき、自分の命よりもムサシを優先しようとしてたけど、あれはまた意味が違う。「ヒューマギアに代わりなんていない」と言いつつも壊れてしまったら代わりを立てることが両立するのと同じ理屈。壊れる前は「代わりはいるから壊れていい」とはならず、できることなら絶対に壊れて欲しくない。でもいざ壊れてしまったら、その現実はもうどうしようもなく変えがたいので、受け入れるしかない。或人はイズを壊した滅を許したけど、じゃあ壊してよかったかと言えばそんなことはない。駄目だけど、駄目だからこそ"許す"という行為が輝く。
意に反して死を待つだけの状態になってしまったリーダーがそれを受け入れて強がるのと、自分から囮になって命を危険に晒すムサシは根本的に違う。
・リドリアスとゴルメデが対立関係にあるって設定があるせいで、"リドリアスは本来優しい怪獣"じゃあないんじゃないの? って見えちゃう。浄化光線もないのにがむしゃらに攻撃するあの様子こそ、抑えられていた彼の本性なのでは。
怪獣保護センターが、気性を和らげる薬物を投与してる可能性だって十二分にあるし。別にそれが悪いって話ではなくてね。僕だって衝動性を抑える薬飲んでるし。
・僕は住んでる地域の関係なのかウルトラマンはほとんど見ないまま育ってきたんだけど(転々としてたから見てたときもあった)、その癖情報だけは入ってくるから「ウルトラマンには神秘性が必要」みたいな古い固定観念をどうやら持ってるらしい。怒りに震えるコスモスを見て、もっと冷静に、何考えてるか分からないような佇まいであって欲しいと思った。
よく知らないからこそ、自分に都合のいい勝手な幻想を抱いてしまうんだろうな。本物の神様も、おいそれと顕現しないから好きに解釈できるし神秘性が保たれる。
仮面ライダーや戦隊もそうだけど、"子供向け"っていう文字列にも似たものを感じる。
・顔から、しかも内側から木っ端微塵に爆散する描写、思わず「やば……」と口からこぼれた。暴力的……。

 

第3話「飛べ! ムサシ」

・ムサシ、いま「緊急時だ! ……ってことは掃除やらなくていいのでは」って思わなかった? アラートに気付いて上向いたあと、目が左下に行ったよね。演出だとしたら細かいな。
・ムサシが怪獣に詳しいっていうのはなんでなんだ? そんなに都合よく情報が揃ってるもんなのか、この世界の怪獣って。
・フブキ隊員、怒りすぎ。「何が大人しい怪獣だ!」って、ムサシはそんなこと言ってない……よね? カオスヘッダーに取り憑かれてないって言ったドイガキに対して言ってるのか?
あと「ピンチになればまたウルトラマンが来るとでも思ったか」は、事実だけども彼の視点でそこまで思う根拠があまり分かんないのでなんか言わされてる感がある。ただまぁ、(自分じゃない)仲間が危険に晒されたことに対してキレてると思えば、悪いやつではないのかな。
・真っ先に考えるべきは、コスモスが力を貸してくれなかったこと(ミスの挽回方法)じゃなくてどうしてスピットルが大人しくなかったか(何故ミスが起こったか)じゃないのか。指摘された直後なのに頼る気まんまんじゃん。言い方が舌っ足らずなのもあって、めちゃくちゃ子供っぽい。
・怪獣が百害あって一利なしってのは、今んとこ普通に事実(現実)じゃないか? 愛玩動物として見る珍しい人(或いは保護してる"優しい"自分に酔ってる人)からしたら生きてるだけで利益になるけど、例えばネロンガは友好的で時々人類に電気エネルギーを分けてくれるとかそういうことがあるならともかく、普通に生物としてぼけーっと暮らしてるだけでしょ? それなら別に怪獣じゃなくたって、キツネやタヌキ、犬猫ですら畑を荒らす害獣だって言われるんだから、あんだけでかい生物なんて以てのほか。かわいくないから"怪"なんだろうし。駆除したあと、肉が食用として使われたり……もないよな、まぁ。
・勢いだけで突っ走ったムサシに対して、実質的な謹慎処分で罰を与えると同時に、落ち着いて考える時間を与えてやり直すチャンスとしても使えるよう計らうキャップ、割といい上司かも。
・無自覚なのかもしれないけど、ムサシも別に怪獣第一って訳じゃなくて、人間中心の考え方をするときも普通にあるんだな。順序で言えば人間がスピットルの住処を荒らしてるのに、スピットルが退く前提ってのは。
・でも"真実を見極める目"とか言いながら、結局根拠の乏しくほぼ妄想な推測で動いてるのはどうなんだ。ただこっちに伝わってこないだけで、スピットルの天敵と飛行機の出す音が実際に似てるっていう、データに基づく判断なんだろうか。
・「全部カオスヘッダーのせい」にせず怪獣自身が本来持つ暴力性にフォーカスするのは、長谷川さんらしいしすごくいい采配な気がする。コスモスという番組をやる上で、こういう話はきちんとやっておかなきゃいけない。
けど、そのせっかくの機会が「何でもかんでも敵と(ry」で一蹴されちゃってるのはすごく勿体無い。
・ドイガキさん、「気持ち良さそうに寝てる」は言っちゃ駄目だった。人間のエゴと希望的観測の権化みたいなセリフだよ。
スピットルからすればタマゴを狙う敵を追い払うために気張って地上に出てきたのにいきなし麻酔で意識奪われて、人間的な感情が彼にもあるならどう考えても"無念……"って思ってるでしょ。「ごめんな、少しの辛抱だ」とかが適切。

 

第4話「落ちてきたロボット」

・前回は余計なこと言ったけど、今回のイゴマスを信じることに難色を示すドイガキはよかった、あのポジションは絶対必要。もうちょっと議論しても良かった気はするけど。
・壊れたラジコンをポンコツとして捨てておきながら、イゴマスについては調子のいい返事をする子供たち。
少しズレた話になるけど、人間関係に置き換えて考えてみた場合、僕は捨てられる方が悪いと思うわ。自分に魅力がなくなったのを棚に上げて相手の浮気を責めても仕方ない。自分はまだ相手が好きだから浮気に起こるんだろうけど、向こうはそうじゃないんだとしたらそれはもう片思いとほぼ同じ。片思いの分際で「他の異性と遊ぶな」なんてちゃんちゃらおかしい。
好きでいて欲しいならまず自分を改めて、相手が自分といて楽しいと思えるようにしないと、自分の要求ばかりで筋が通らない。ラジコンくんは、すぐ壊れるポンコツに生まれた不運が悪い。不細工に生まれた人間と同じ。
パソコンの調子がおかしかったりスマホが遅かったりするとついついイライラして暴言吐いてしまう人間なので、敢えてこっち側の意見を書いてみた。だから別に、イゴマスはこのあといつか捨てられても仕方ないと思う。喋るのがメインギミックなのに、それなかったらただのソフビだし。
これは自分にも言えることだけど、相手がモノの場合は特に、不調の原因は自分にあったりもするから、難しいとこだけどね。容量いっぱいいっぱいで使ってたらそりゃ重くもなるから、それで機械に対して怒るのは筋違いって気もする。同様に最近相手といてつまらないと感じるのは、相手のせいだけじゃなく自分の努力が足りないせいという可能性もある。まぁ結局、その努力をするかしないかは熱が冷めてるかどうかで決まる訳だけど。

 

第5話「ホタルの復讐」

・春と冬が水と油? 夏じゃなくて? まぁズレたこと言って笑いを取るのがドイガキさんの役目なのかもしれない。春を先に言ってるからなんかややこしいだけで、実際のところ冬と春は地続き。まぁフブキ隊員はそのうちムサシと馴れ合うようになるらしいし、まさに冬から春に雪解けって感じか。コンビ名も結局春風なので冬要素は早くも消えました、残念ドイガキさん
・車(シェパード?)のナンバープレートがとても正規のものには見えない。仮面ライダードライブはその辺苦労したらしいけど、この頃はまだそういうのが緩かったんだろうか。
・蛍がプラズマ与えて喜んだって聞いたら、走性(走光性)くらいは常識として連想するだろ。そこまでして印象下げたいなら別だけど、作中での罵倒が視聴者にもかかってしまうと普通にチクッとするから良くない。
・さっき熱与えちゃ駄目だって分かったのに迂闊に攻撃するのなんで? レーザービームってなんか素人目には熱そうだけど実際そんなことはなくて、熱じゃない何かを吸収して強くなったの? そうじゃなくてもカオスヘッダーは光のウイルス……レーザー"光線"打ちこんだらなんか強くなりそうじゃん。光が粒子じゃなくて波なら相殺もできそうだけど、科学わからぬ。
でもミサイルに関しては爆発するんでしょ? それはなんなの。
・いくら限界集落で同年代の子供がいないからって、唯一の友達が案山子ってのは可哀想すぎる。不法投棄と対象的にモノを大事にする気持ちがあるってことなんだろうけども。
・無機物が相手だと浄化は意味ないらしい。あれ自体にカオスヘッダー特攻があるって訳じゃなくて、あくまで寄生されてる方が元々持ってる免疫力的な何かを利用して分離しているのかな。
・ルナは月でコロナは太陽な訳だから、月は太陽光を反射してるだけなように、コロナモードの方がコスモス本来の姿なのかな。普段は優しさでパワーをセーブしてると。

 

第6話「怪獣一本釣り」

・前回、半分くらい"太ってるから"おもしろ担当なんじゃないかみたいな偏見でものを言ってごめんな。別に面白くない太っ腹がいたっていいもんな、無理しなくていいよ。
パワーのある3号機に苦手意識ってのも、「デブなんだからパワータイプでしょ」っていう先入観や期待に対するものだったりして。
……無理に面白がろうとしてます。
・あぁ、親父が漁師だから一本釣りを提案したのね。理解するのに結構かかった。
・ダバダバダンってBGM、古臭さがやばいのであんまり聞きたくない。ゼンカイのBGMは正直最初「レジェンドだからって90歳のおじいちゃんに音楽やらせんの!?」と心配してたけど、古さを感じつつもそれが全然ネガティブな感じじゃなくて普通にめちゃくちゃアガるバランスになってて「作曲家ってすげー!」と感動したんだけども、何が違うんだろう。古いと自覚しつつそれを現代風に昇華させようとしてるゼンカイと違って、コスモスは本当にただ単に古いだけってこと? でも一応平成の作品だよね、昭和の作品をイメージしつつ現代風に……みたいなコンセプトじゃあ別にないんだろうか。
・前から気になってたんだけど、ムサシ的には殺さなきゃ基本何やってもいいと思ってるの? 怪獣の嫌がることは、結構普通にやるよねEYES。そこは「仕方ない」で割り切れるんだろうか。
・本当の本当に土壇場にでもならないと連絡できない……というのは、同じく親父とうまくいってない人間として分かるけども、それにしたって怪獣を刺激するだけ刺激して逃げるってのは流石に自覚なさ過ぎるでしょ。出撃前とまでは言わないけど、せめて作戦開始前までに済ませとこう?
・ふざけた模様を見たときは若干イラッとしたけど、ひっくり返ったらイルカみたいな顔しててなんかちょっと面白かった。苦手だって言ってたの音波だっけ?
・自分に巻き付いたしっぽを相手に巻きつけつつ解くってかなり効率いいし筋通ってるのに、演出がめっちゃテレタビーズで(つまりシュールで)笑ってしまった。初代仮面ライダーもそうだけど、着ぐるみってなんか時々テレタビーズなんだよな。赤ちゃん太陽は心象風景。
・前回のこともあるので、カオスヘッダー関係ない相手にも浄化光線が通じるのはなんとなく分かる。

 

第7話「空からのプレゼント」

・子供の戯言とはいえ、怪獣の卵って言ってんのに周りの反応薄すぎやしないかと思ったが、どんなに怪しくても悪いことしないうちは普通の命と変わらないってのがこの世界における共通認識なんだろか。
・コスモスは最初っから殺す気なんかなかったろうに、ガキがわーわー喚いて尺稼ぐ(?)の微妙だった。逆に殺すつもりだったなら意味分からんし。


第8話「乙女の眠り」

・清々しいまでの嘲笑、聞いててイライラしてくるな。この女の人は大人っぽい方と違って普段出撃もしないから、あの三馬鹿との関係もあんまりよく分かってないし。
でもまぁ、軍隊とかそういう実力主義な場所では、こういう幼稚な罵り合いとかしてるイメージがあると言えばある、特に外国。ジョックとナードみたいな。
・ラブラブであることがはみ出し者の烙印になるのか。まぁ"子供"という集団の中では異物という認識になるのかな。
・コスモスは光の戦士だから電子機器に入れるのはなんとなく分かるとして、そこから脳へ入るのはよく分からん。どうせ分からんのなら最初から脳内に入ればいいのに、中途半端に納得感があるので逆に気になる。
・子供扱いとは違うけど、"障害者"として下に見られることにイライラしたときはあったなぁ。本当に何も大したことしてないのに「すごいね」って褒められたりさ。真面目に相手されてない感じにすごく腹が立った。

 

第9話「森の友だち」

・子供には見えて大人には見えないもの……ウルトラマン。この辺の話は既に過去の記事でしたのでそれ以上言うことはない。(参考:"純粋"と呼ばれる子供はサンタや仮面ライダーの実在を信じているのか?)
・怪獣が突然現れるためのロジックとして、普段は小さいサイズで隠れてるからってのは結構納得度高い。無から有が生まれるっていうのと比べると、既に存在するものの拡大縮小は戦隊とかポケモンとかよくあるので受け入れやすい。

 

第10話「青銅の魔神」

・呪いの藁人形は真逆の例だけど、人形がお守りとして不幸やなんかを肩代わりして、身代わりになってくれるっていうのは割とよく見る迷信だよね。
守ってくれてありがとうって大事にされてるうちはいいけど(へけっ!)、あんまり度を超えて肩代わりさせすぎると付喪神になって怒り出すと。ストレスって意味でいえば、ネネちゃんのうさぎみたいなもんか。
・……とか言ってたら容赦なくぶっ壊したぞ慈愛の戦士。「コスモスが躊躇なく戦える相手として取り入れられた」だってさ。「ものを大事にしないと、いつかしっぺ返しが来ますよ」みたいな説教臭い話、ウルトラマン好きそうなのに。
僕も普段抱いてるぬいぐるみに嫌われたりしないかな、大丈夫かな。

 

第11話「動け! 怪獣」

・てっきりアヤノ隊員が出撃して何かやらかす流れかと思ったら、別に普通で驚いた。オペレーター?にはオペレーターなりの活躍の仕方があるんだからそれでいいじゃないって思ったけど。
・なんか、ウルトラマンだからって戦って怪獣倒さなきゃいけない理由はないのかなって、猫じゃらし作戦とか見てて思った。僕はあんまりそういう特撮見たことないけど、ペットントンみたいな作品もある訳で、ウルトラマンってキャラクターが怪獣もといでっかい生物と戯れてすったもんだを演じるコメディ作品でも、別にいいのかもしれない。
かっこいい戦闘を期待して見るのが、根本的に違うのかなって。おじゃる丸とか、対立構造こそあるけどギャグだし。忍たまもだけど、たまに見ると面白いんだよなーあれ。
・怪獣の子供をCGに変えちゃう能力はどっから生えてきたって思ったけど、光の巨人だしその辺ちょちょっと操って幻を見せることもできるのかも。
まぁ、最近はあんま言わないけどコスモスは奇跡そのものとして扱われてたくらいだし、これも奇跡ってことでいいのかもしれないけど。

 

第12話「生命の輝き」

・??? 怪獣の中でも今回のは動きも見た目も多少可愛らしくて、肩入れするのも分かるなって感じなのに、肝心のムサシが「この……」って敵意むき出しにしてるのなんでや? 廃墟じゃないんだったら、危機意識抱くの遅すぎだし。人に媚びてない感じの怪獣が好きとか、そういうこだわりでもあるんだろうか。
・たった一日で終わる命……まぁ生殖に類する活動を描かないのは近くに仲間がいなかった不運ということで切なさを演出してるのかもしれないけど、そこら辺にいる人間だってイフェメラに潰されるとしたら「あと数時間の命」なんだけどな。
せめて今度こそ猫じゃらし作戦かなんかで気を引いて、街から離れたところで遊ばせてあげるとかしようよ。
・なんと。それなりに高度な生命体はだいたい有性生殖だろうと高をくくってたけど、違うのか。
或いは赤ちゃんみたく振る舞ってただけであれが既に成体なのか。……って、カゲロウだってセミだって、短いのはあくまで成虫になってからだもんな。あれでも大人なんだろう、きっと。卵を産んだのがメスだとしたら、オスはメスに比べてかなり小さいとか、そういう事情でもあって出てこなかったのかな。