やんまの目安箱

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毎日19:00更新予定。ドラマ(特撮)、アニメ等の話を中心に色んなことをだらだらと、独り言程度の気持ちで書きます。自分のための備忘録的なものなのですが、読みたい方はどうぞ、というスタンス。執筆時に世に出ている様々な情報(つまり僕が知り得るもの)は特に断りなしに書くので、すべてのものに対してネタバレ注意。記事にある情報、主張等はすべて執筆時(投稿時とは限らない)のものであり、変わっている可能性があります。

大自然がつかわした戦士『漫画 仮面ライダー』 感想

うちの庭には古い倉庫があって、その中にはおそらく父が若い頃に買い集めたであろう漫画がたくさん眠っている。
小5くらいの時期にそれを見つけたか父に紹介されたかして、『ドラえもん』『ブラック・ジャック』『まんが道』『ジャングル大帝』『海のトリトン』『ブッダ』などなど(記憶に残っている順)を読んでいた。
そしてこの間読んだ『仮面ライダーSUPER BOOK』に漫画版の『仮面ライダー』の1話と『仮面ライダーBlack』の最終話が載っていて、そのタッチに懐かしさを覚え、倉庫の中を探してみたらひょっこり出てきたという訳だ。
あ、『SUPER BOOK』の存在を教えてくれたことに対する感謝として、記事を貼っておく。まぁあちらの方が知名度あるから紹介って立場でもないけど。

仮面ライダー大好き芸人が全力でオススメするムックを一挙紹介! | シネマズ PLUS

 


さて。前置きも済んだことだし本題の感想。
TV版『仮面ライダー』は何度か1話を見たんだけどなかなか面白いと思えなくて、たしか2話を見たことはまだ1度もないんだけれど、漫画版はとても面白かった。
元々僕は"平成ライダー"のファンなので、自分の中にある原理主義や還元主義的な考えの部分によって、こう……平成ライダーが変に矮小化されてしまうのではみたいな不安もあったんだけれど、自分の中では割といい位置に収まったんじゃないかなと思ってる。


本作を読み解くキーワードは"自然"。
と言っても"人工"ではなく"不自然"の対義語としてのそれ、と言って伝わるかな。辞書的な意味では差異は認められないから僕の個人的イメージでしかないかもしれないんだけど。
ショッカーの目的は、意志を持たない人間の世界にすることなんだけれど、伊藤計劃『ハーモニー』を想起した。
すべてが"自明"に、そして"自然"に動く、完璧に調和の取れた世界――――。
そしてこれもまたこの間読んだ『ヒーローと正義』にあったことだが、『クウガ』のキックひとつに理由を求める(足の裏に封印スタンプがある)姿勢は、変身者の自由(蹴りたいから蹴る)を奪う行為だと。

 

大自然がつかわした正義の戦士、仮面ライダー
彼はこのセリフと共に登場するのだが、バッタ男だから自然の使者だと言うには、ショッカーの怪人は皆そうなので少し弱い。
彼を仮面ライダー足らしめているものは、「完全調和など有り得ない」という作者の信念ではないかと推測できる。ショッカーのミス……"バグ"として、彼らに反旗を翻す仮面ライダーが存在することこそが、ショッカーの思い描くそれよりも大きな意味で"自然"なのだと。
まぁ、仮面ライダーの存在以外にもショッカーのミスはかなりあるんだけれどね。例えば任務を完璧にこなせなかった蜘蛛男は、自殺してしまう。その他にも、本作のショッカー怪人は自滅の道を辿ることが非常に多い。
なんだか『知性の限界』で読んだハルトマンの思想を連想した。覚えている限りでざっくり説明すると、人間は盲目的意志に支配されていて存在自体が悲劇であるから、このような知的生命体が二度と生まれないよう完全に宇宙を消滅させなければならない、みたいな。

 

そして、この僕の『仮面ライダー』の解釈を元に、いわゆる仮面ライダーの定義をつくるならば、"盲目的"な者すべてが仮面ライダーであると言っても過言ではないと感じる。
そして当然、そこには盲目的意志に従って意志を捨てようとする者たち(ショッカー)もまた当てはまる訳で、13人の仮面ライダー編がそれを顕著に表していると言えるだろう。

仮面ライダーは風の力で変身するのだが、実は本編内で風は吹いていない。正確には変身できるほどの風は滅多に吹いていない(少なくとも明確に描かれたところは僕は見ていない)。バイクに乗って走ることで自分で起こした相対的な"向かい風"で変身することがほとんどだ。そして向かい風とは、自分にとって不利なものごとの比喩である。この工程に、自分で自分を苦しめるようなイメージを抱くのは自分だけだろうか?
僕は常々、人類に与えられた自由があるとすれば、それは"最善を尽くさないこと"だと思っている。混沌や矛盾・葛藤に満ち、汚くもがく人間の愚行権こそが、自由の象徴であり、仮面ライダーの存在意義なのではないだろうか。