やんまの目安箱

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ドラマ(特撮)、アニメ等の話を中心に色んなことをだらだらと、独り言程度の気持ちで書きます。自分のための備忘録的なものなのですが、読みたい方はどうぞ、というスタンス。執筆時に世に出ている様々な情報(つまり僕が知り得るもの)は特に断りなしに書くので、すべてのものに対してネタバレ注意。記事にある情報、主張等はすべて執筆時(投稿時とは限らない)のものであり、変わっている可能性があります。

ポケットモンスター(2019) 第1話「ピカチュウ誕生!」 感想

今回からアニメ『ポケットモンスター(2019)』の感想を書いていけたらいいなと思ってます。ゼロワンと同時進行するのは難しいかもしれないけど、まぁできる範囲で。

 

僕はそんなにポケモンにどっぷり浸かってきた方ではなくて、というのもゲーム機を買ってもらったことがなかなかないので、友達の家に遊びに行ってもみんなが通信対戦とかしてるのを見てることが多かった。
アニメはまだそれなりに馴染みがあって、一般的な「小さい頃に見てた」くらいの距離感。AGあたりから見てた記憶はあるんだけど、一番印象に残ってるのはDPがやってたか少し前かくらいの時期に学童保育……学童クラブとか児童クラブとか呼ばれるところにあった、ミュウツーの逆襲のDVDかな。
そんなに豊富な種類があったわけじゃないので、暇になると自然とそこにあった作品、例えば『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人(ずっと四人だと思ってた)』とか『爆転シュートベイブレード』のサイバーブレーダー編とかと一緒に繰り返し繰り返し見ていた。
1話にも出てきたミュウだけど、子供心には彼女(に見えたのでこう呼ぶ)は戦いを好まない"いいもん"に見えてたのに、ある程度物心ついてから見たところ全然そんなことはなくて、むしろ「本物が偽物に負けるわけねーじゃん」と煽り散らかして話ややこしくしてたと気付いてびっくりしたなぁ……。
あの映画で扱われてる「コピーへの嫌悪感」って、そもそもポケモンは種族間での見た目同じで性差すら少ないし、どころかコピーポケモンはむしろ外見的には差別化されてて食い合わせが悪くないか? って思ってた時期もあったんだけど、今思い返すとコピーであるかどうかはあんまり関係なくて、「自己嫌悪感」を投影できる相手ならなんでもよかったんだろうなと。


あんまり映画の話するといつかそれ単体で記事書こうと思ったときにネタなくなるのでこの辺でやめとこう。
今回はほとんどがピチュー視点で、ゴウはともかくサトシはほとんど空気だった。でもタイトルはあくまでポケットモンスターなので、ポケモンが主役なのは納得がいく。同時上映の短編映画っぽくもあって、懐かしさも感じさせる。
確かピチューって本来マサラタウンにはいないんだよね。後から発見されたんだもんね。だから一人ぼっちだったのか。
あの辺のピチューはすぐ進化しちゃうのか、それともピカチュウとして生まれてくるのか?

ガルーラとガラルが似てるのはたぶん偶然だろうけど、ガラル地方に行くことはないのかな。剣盾は今のところプレイする予定がないので、アニメで見たかったんだけどな、新ポケモンとか。一応ヒバニーとワンパチは既に出ることがわかってるけど。
っていうか、ガルーラの子供は別ポケモン扱いじゃなくて単に"ガルーラの子供"なのね。「こどものすがた」みたいな扱いでもないし。でも「ルーラ」って呼んでるように聞こえた。
……あーそうか、ピチューが拾われるポケモンって何でもいい気がしてたけど、"ポケット"だからガルーラが選ばれたのか。
ポケットとは、主に自分の"所有物"を入れておく袋。そこに入っている"モンスター"。身近さと縁遠さを兼ね備えた、矛盾をはらむ存在なんだな。ポケモンというのは。
ガルーラは、僕から見ると別個体に見えるだけで、タマタマみたいな"いち個体"なのかもしれない。タマタマがいち個体というのがしっくりこない人もいそうだけど、僕はなんか納得してる。

一応前作のアニメSMもたまに見てて、キテルグマロケット団を手元に置きたがってたのもなんとなくは知ってるんだけど、あれって人間とポケモンの関係が逆転してると考えたら面白いな。キテルグマロケット団をゲットしてブリーディングしている……不思議な感覚だ。

 

ゴウが「はやく10歳になりたい」と言っていたけれど、僕はあんまりその方向の気持ちを抱いたことがないんだよな。お酒を飲みたいと思ったこともないし、タバコを吸いたいと思ったこともない。だからはやく大人になりたいと思ったこともない。
いつまでも学校での楽しい毎日が続けばいいと、ずっと思ってきた。今はむしろ、体だけ大人になり過ぎてしまったことに残念さを覚えている。
ポケモンは「やりたいのにできないこと」だったけど、子供だからできなくて大人になればできる、という風には捉えていなかったし、できないならできないで別にいいとも思ってた。
最近常々思うことだけど、僕は自分の中から湧き出る欲求というものが少し希薄な気がする。
ゴウの「ミュウを捕まえたい」、サトシの「ポケモンマスターになりたい」みたいな、"どうしても譲れない願い"というのがなかなか思い付かない。諦めがいいというかさ。
平成ライダーを見て感想書くのも、やってて楽しいけどできなくなったらできなくなったでやってけると思うし。
他の人は何かあるんだろうか。

 

今回のクライマックスであるピカチュウへの進化。
ポケモンは人の言葉を喋らないので、『仮面ライダークウガ』のグロンギと同じく何言ってるかも何考えてるかも本当は分からないんだけど、なんとなく分かった気になってしまうのは、投影だろうか。
知ってる人は知ってると思うけど、このブログを書いている僕は、まぁ簡単に言えばニートなんだよね。この間少し短期バイトをしたけど、基本的には親に生活費を払ってもらってる。自分の分の食事の用意や掃除洗濯なんかは自分でやってるけど(というよりは親にやらせてはいないだけだけど)、もう20歳で同い年の人も働き始めてるし、親に迷惑をかけているような、「自分なんていない方がいいのでは」という感覚は皆無ではない。
というか実際に「もう養わなくてもいいんじゃないか」と言ったんだけれど、好きでやっているとのことなので、とりあえずはもらっておこうかなと思っている。
親に対してもそうだけど、職場でも同じことが言えて、発達障害だったりその二次障害だったり、或いは性格の問題だったりと原因は様々だが、色々な形で迷惑をかけてしまうことが多い。
障害についてはオープンにしてるので、一応向こう側も分かった上で雇ってるはずなんだけど、「思ってたより酷かった」と思われているんじゃないかとか、店長やチーフは知ってても普通の仕事仲間にまでは伝わってない(しかも彼らには店長と違って「障害者でもいい/障害者は嫌だ」と選択する権利はない)ことだとか、色々と考えてしまう。
「人手が足りないから助かってる」と言われても、「面と向かって迷惑だとは言いづらいよな」と感じてしまって信じられない。
障害者のための福祉施設(地域活動支援センター)に行ってもそうだ。向こうは暖かく迎え入れてくれるが、やはり自分がいなければスタッフさん達の気苦労が減ることには違いない。


ピチューは自己否定の気持ちをバネにして、強くなる道を選んだ。弱かったピチューはいなくなり、一人前かどうかはまだ分からないが、少なくともガルーラに頼る必要がない程度には強いピカチュウとなった。
僕はどうなるんだろうな。

 

 

僕のポケット

一応アニポケの感想だけど、せっかくなのでミニコーナーとして、僕の気に入ってるポケモンの紹介とそれにまつわる雑談をしようかなと思っている。
記念すべき1匹目は「しろまる」。
現在プレイ中(とは言いつつも数週間放置してるが)の『Y』で選んだ御三家である、ケロマツ-ゲコガシラ-ゲッコウガ
鼻の白いまるがチャーミングだったのと、忍者といえば「〜丸」なイメージなので。
僕にとっての忍者と言えば、まずはハリケンジャーに始まり、忍たま乱太郎ぜんまいざむらいの豆丸ときて、なん者ひなた丸シリーズだろうか。見習いの"なん者/さのび"、現役の"にん者/しのび"、引退の"ぬん者/すのび"という言葉遊びが秀逸で、とても好きだった記憶がある。
忍たま乱太郎は今でも時々見てるんだけど、面白いんだこれが。特撮を見る人なら知ってるかもしれないけど浦沢義雄さんという方が関わっていて、シュールというか不条理というか、そのなんとも言えないおかしさが魅力。1話10分とかそこらなのでぜひ気軽に見てみて欲しい。

 

第1話「ピカチュウ誕生!」 感想

第2話「サトシとゴウ、ルギアでゴー!」 感想

第3話「フシギソウってフシギだね?」 感想

第4話「行くぜガラル地方! ヒバニーとの出会い!!」 感想