やんまの目安箱

やんまの目安箱

ドラマ(特撮)、アニメ等の話を中心に色んなことをだらだらと、独り言程度の気持ちで書きます。自分のための備忘録的なものなのですが、読みたい方はどうぞ、というスタンス。執筆時に世に出ている様々な情報(つまり僕が知り得るもの)は特に断りなしに書くので、すべてのものに対してネタバレ注意。記事にある情報、主張等はすべて執筆時(投稿時とは限らない)のものであり、変わっている可能性があります。

仮面ライダーオーズ 10th 復活のコアメダル 具体的感想

ひとつひとつの描写や展開について具体的な感想を綴ったものです。当然ですけどネタバレを含みます。

前編(否定的)

器に収まらない欲望の暴走『Vシネクスト 仮面ライダーオーズ 10th 復活のコアメダル』 感想

ラストについてのみまとめたもの

『復活のコアメダル』のラストを受け入れるためのひとつの解釈

二次創作

独自解釈で『復活のコアメダル』の脚本を書いてみた

 

 

レジスタンス

・僕がミリタリー描写嫌いってのもあるだろうけど、あの"レジスタンス"っていう描き方がどうにも好きになれない。そもそも800年前の王に蹂躙された人たちの生き残りが抵抗するために集まってるんだと思うけど、なんでその一般人たちが私服じゃなくて迷彩柄の服とか着て戦ってるのか全然分かんなかった。そういうもんなの? オーマジオウに対抗するレジスタンスはまぁ、多分何年も苦しめられてる訳だからそういう組織化みたいなのがじっくり準備できるのは分かるんだけど、800年前の王が復活したのってどうやらそんなに前の話ではないっぽいからさ。ネット版でレジスタンス結成は映画が始まる直前の出来事だって言われてるし。 
武器とか支給してるのは財団としての鴻上ファウンデーションなんだろうから一緒に服も与えたんですよって言われたらそりゃそうなのかなとは思うんだけど。それとも別に一般人ではなくて、元ライドベンダー隊の人を集めたとかそれだけの話なのかね。


空気役:泉信吾

・完全にその設定忘れてたけど、警察だった頃の正義感や技術を活かしてレジスタンスの一員として活動しているらしい信吾さん……僕はぶっちゃけ本編における彼の扱いもまだイマイチ納得いってないので今作だけを責めることはできないんだけど、この人はなんでこんなに存在感が薄いの?
本編においても「親代わりとして育ててくれた優しいお姉ちゃんが(真木の才能を使えば稼げると分かったことで?)醜く変わってしまったので、そうなる前に終わらせるべきだと思った」って設定のドクター真木と、「親代わりとして育ててくれた優しいお兄ちゃんが突然グレてガラの悪い金髪男になってしまったけど、一緒に過ごすうちにこの性格の兄(アンク)も悪くないと受け入れられるようになった」っていう比奈との一致は偶然じゃないというか結構対比になってて、だからアンクって物語上は信吾とは全く別個のキャラだけど実は信吾の隠された一面を反映してる存在でもあるって意味でモモタロス的な存在なんだろうなと勝手に思ってて。
そうだとするならアンクのオチは伊達さんの「自分が死んでも残る何かがあればいい、後藤ちゃんが意志を継いでくれるなら」って話と絡めて、長い間アンクと一心同体で過ごしてきた信吾が、まぁアンクっぽい性格や見た目に寄ったりはしなくていいけど「アンクのためにも、助けてもらったこの命を精一杯生きる」みたいなニュアンスで"信吾の中に生きてますよ"っていうとこになるのが自然だなとなんとなく思ってたのよね。
でも実際は「アンクが利用する半死体(比奈が話に絡む動機付き)」っていう舞台装置以上の扱われ方は全然してなくて、これじゃエボルト(石動惣一)と大して変わらんじゃんって、今回見返して思った。キャラとして全く生きてない。

信吾本人の性格も描写が少ないとはいえ、というかむしろ少ないからこそなかなか面白いことになってて、1話では警察として化け物(カマキリヤミー)と応戦した結果殉職しかけ、41〜43話ではようやくアンクから解放されたのに散々体を人質として利用されていたことを悪く思ってないどころかずっと元気そうにヘラヘラ笑ってて、再び乗っ取られるときにも比奈に「大丈夫だから心配するな」と言い残し、今回も冒頭から仲間を庇って死にかけている。
……この人、映司よりよっぽど無欲で命知らずじゃないですか!?

真木姉や映司とのこうした"おいしい"共通点があるにも関わらず、結局それらが話として生かされることはついぞなく、本編と同様に今回の『復活のコアメダル』でも本当に空気だった。
比奈も比奈で「お兄ちゃんが帰ってきてないんです……」って話をしてたところにアンクが(信吾に憑いた状態で)やってきたって流れだったはずなのに、アンクが復活してることにだけ喜んで信吾についての言及は結局1回もしなった気がする。
「またお兄ちゃんの体を使ってるの?」とかなんか一言ないのかよって思ったけど、まぁ本編36話でも「アンクは信吾の体を危険に晒すと分かってるけど、それでもまだしばらくは憑いてていい」って、信吾よりアンクを優先してた(というのは正確にはちょっと違うが)しなぁとか思って。だからこの辺の話も「アンク≒信吾の一面」だと解釈するなら、割と納得できるんだけどね。


古代王の復活

・800年前の王……以下"古代王"がグリードと共に復活して世界はめちゃくちゃになったとのこと。ここはみんな説明がない説明がないって言ってるのを見るけど、正直これに関しては「また鴻上がやらかしました」以外の可能性が考えられないからわざわざ描く必要もないと思うわ。
1話の鴻上美術館でグリードが復活したのもライドベンダー隊の対応やケーキつくるのが早すぎることから十中八九は彼が意図的に(未必の故意的に)そうなるよう仕向けてたんだろうし、映画でもホムンクルスのノブナガをつくったり錬金術師のガラを復活させたり、未来でも懲りずにサメ,クジラ,オオカミウオなどのメダルをつくった結果、失われたメダルの力を借りてとはいえポセイドンに自我が芽生えてしまった訳だし。メダル絡みで何か起こったらほぼあいつのせいでしょ。
本編中では結局彼の目的ってはっきりとは明かされてなくて、ただ「映司/オーズを器として(紫以外の)コアメダルと大量のセルメダルを集中させることで、人間から進化した"神に等しい存在"を誕生させようとしている……らしい」ということが読み取れるぐらい。いや、それだけ読み取れたらとにかくヤバい奴だってのだけは間違いないんだけど。
その目的自体は最終回を経ても何も変わってる様子はなくて、映司は「どこまでも届く腕なんてなくても、仲間と手を繋げばいい」という思想に落ち着いてしまった以上は巨大な力を求めるメダルの器としてはもう使えない訳だから、その代わりとして一度は暴走したものの巨大な欲望を持ってることは間違いない古代王を復活させてどうにかこうにかメダルの器にできないものかとか考えたんだろう。そしたら案の定制御できなくて、仕方ないのでレジスタンス結成して倒しますと、そういう流れが僕には見えます。

 

動機は分かったけど、じゃあ具体的にどうやって復活させたの? という疑問が湧いてくる訳だけど、まず映像(30話)を見る感じ古代王の体は文字通りメダルの器……つまりグリード達が封印されてた箱というか棺みたいな"アレ"になったと見るのが自然だと思われる。
ぶっちゃけこの「暴走した結果古代王は石になって封印されました」って流れは「不思議パワーでアンク復活しました」「タジャドルのメダルはエタニティになりました」ってのと同じくらい意味分かんないんだけど、ともかくそういうことがあったらしいんだから仕方ない。まぁこうなることが予測できてた錬金術師たちが、オーズドライバーに元々そういう機能を付けてたのかなって思えばギリ納得できるくらい。
でもってその箱は、1話でグリードが復活する際にセルメダルとなって消えている。
大前提として、建物などの無機物だけでなく人間の体もセルメダルに変換することができるというのは本編において描かれていて、真木がグリードになってるのはもちろんとして、46話において完全復活したガメルが抱きついた人間をセルメダルに変えることでメズールを復活させようとしている。
以上の事実を踏まえて、質量保存の法則というものがこの世界にも存在するのなら、古代王の体は"封印の箱"になったあと"セルメダル"に変化して、グリードの体の一部になっていたことになる。そしてそのグリードたちの体を構成するメダルはドクター真木と共にブラックホールに消え去った後、40年後の未来に飛ばされてポセイドンと共に現代へ戻ってきた。ポセイドンを倒した後のメダルがどうなったかはディレクターズカット版を見ても描写はされてなくて、小説版や本作の映画では映司がコアメダルを使って変身していることから、元々そこにあったものとして現代に残されたのだと思われる。
……つまりあのときタジャドルとアクアの周りに散らばっていたセルメダルこそ古代王の体だったものであり、おそらく鴻上はさっき言ったメダル化された犠牲者たちを元に戻す方法を探すみたいな名目で10年間研究した結果、何らかの方法で彼の意識をサルベージしたのだと思われる。映司たちとしても、アンクのいる"いつかの明日"へ行くためには鴻上にメダルの研究をしてもらわなくちゃいけない訳なので、スーパータトバやサラミウオ以外のメダルまで未来へ返してしまう理由は特にないし。
"虚無の中"みたいな表現はセルメダルの中に溶けていたことの暗喩というか、その辺の設定をいちいち説明するとこんなに長くなっちゃうからふわっと説明するためのレトリックなんだろう。サルベージって表現をしたのはイメージ的に『エヴァ』のL.C.L化現象と重なる部分があったからなんだけれど、あれもデストルドー(死への欲求,無への回帰)の比喩だった訳なので虚無(虚無感)ってワードともそんなに相性悪くない。
メダルを使って世界をつくりかえる(ガラ)とか終わらせる(真木)とか神になる(古代王,鴻上)とか、根本的に『エヴァ』っぽい……というかいわゆるセカイ系的な設定なんだなとは本編見返してる時点で思ってたのでうまいこと脳内で合致した。

古代王の持っていたオーズドライバーやメダジャリバーに関しては、鴻上が新たに開発したものだと解釈してもいいし、ただ古代王があぁいうオーズみたいなデザインをしたグリードのような存在として復活したと考えても別にいい気がする。毛利さんの書いた小説でも仮面ライダーにそっくりなヤミー、仮面ライダーデスなんてのが出てきたし(※)。
プトティラメダルについては、どうやら『MEGA MAX』ではメダルが壊れてるから変身しなかったみたいな話がインタビューでされてるらしいんだけれども、劇中を見る限りでは明確に壊れたことが確認できるのは映司がギガスキャンに使った七枚だけであって、真木の中にあったメダル(うちひとつは抜き取られた10枚目)だと取るか、これまた鴻上の研究成果として新たにつくられたコアメダルだと取るかは自由だと思う。
まぁ映司を器にしようとしてたときにプトティラメダルが邪魔なんだよ……と嘆いていた訳なので果たして新たに開発する動機があるかと考えると微妙なとこだけど、実際映司はプトティラを宿しながらも暴走しなかった訳だし、何より"何かを誕生させる"ことにかけて鴻上が躊躇する理由があるとも思えない。万が一グリードが生まれて暴走した場合は抑止力にもなる訳だし、実際ビカソやゴーダメダルは開発に成功してる訳だから、技術的にはつくれてもおかしくはない。
ただ個人的には古代王の口調が明らかに小説版(鴻上とそっくり)と異なっているのが気になるので、真木と一体化していたプトティラメダルを吸収したことで人格が半分真木と同化した結果、あの上から目線なのに若干丁寧な言葉遣いの標準語になったのかなと思ったり。
※バースの章は伊達さんの書いた小説ってテイだけど、あくまで事実を元に脚色してるだけで全てが嘘ではない……ことになっている。本当に全部嘘だったら「オーズの過去,現在,未来を描く」っていう小説版のコンセプトが瓦解するしね。


オマケで復活したグリード

・グリードたちに関しては、本編や小説版では「不完全体だから相性のいいコンボを使ったオーズには勝てない」という描き方だったのに、見た目は完全復活してるにも関わらずプトティラを使う訳でもない古代オーズに頭が上がらないばかりか、映司が変身してた頃のオーズ(おそらく10枚目で変身してる)にすら勝てず映画開始時点でメダルを何枚か奪われているという話で根本的にパワーバランスがおかしいし扱いも雑なので、最初に見たときはグリードにそっくりだけど実は古代王が紫のメダルの力でコアメダル(無機物)にセルメダルを入れて生み出した"グリードという幻獣がモチーフのヤミー"的な存在なのかなとかなんとなく思っていたのよね。ヤミーだったなら、生みの親であるグリードに集めたセルメダルを自らの糧として吸収されてしまう末路は当然の帰結だし。
ただ鴻上がコアメダルの開発に成功していたのなら、割れたいくつかのメダルを補って10枚にし、再び1枚抜き取るというある意味正規の手順でまたつくられた可能性もゼロではないのかもしれない。
一番狡猾なアンクだけ……もとい恐竜グリードも含めて復活させなかったのは、単純に古代王が自分では御しきれないかもと思ったからなのかな? ……全てを手中に収めたい人間にしては器の小さな発想だけど。

なんか本編disばっかで申し訳ないけど、ぶっちゃけ本編でもアンク以外のグリード、或いは更に下のヤミーって割と散々な扱いだったよね。映司はアンクのことは復活させたいって思うくらい大事に思ってるのに、他のグリードのことは16話で「ちょっと……なんだか……(可哀想)」と言っていたにも関わらず、散々悪いことしてるから仕方ないとはいえ欠片ほどの容赦もなく淡々とメダル破壊するし。アンク以外のやつらは、どれだけ心を持っているかのように振る舞っていても所詮はただのモノ、メダルの塊に過ぎないっていうドライさが感じられる。
"いつかの明日"っていうのは、ヒューマギアにも権利が認められるようなイメージでモノに宿る八百万の神……まぁ要するにグリードたちのことだけど、彼らの存在が受け入れられる世界をつくるってことじゃなくて、単に一緒にいる時間が積み重なって仲良くなったやつ(いいやつって訳では決してない)だけは生きてていいけど、他のよく知らんやつはぶっ壊すっていう未来のことだったのね。ふーん、まぁ『オーズ』ってそういう作品だよな……って感じ。
グリードが欲望のままに生きれば、その代償として人間社会はめちゃくちゃになる。だから映司は人間社会の平和を勝ち取る代償として、グリードたちや真木を犠牲にするしかなかった。あのグリード4人の欲望まで含めて無責任に「素晴らしい!」と肯定してしまえるような器を持った奇人は、実際一緒の世界で暮らす訳じゃないから好き勝手言える我々視聴者を除けば一人くらいしかいないだろう。


アンクは復活させるべきだったのか

・人間が古代王に虐殺されようが知ったこっちゃないと言い切り、映司からの協力要請をバッサリ断るアンク……ゴーダ映司は「アンクらしいなぁ」って言ってたけど、この描写どう思いました?
僕はまず「それ見たことか」って思いました。そもそもアンクだって自分のことしか考えてないグリードという化け物な訳で、しかもそのグリードの中でも一番疑り深くて同族同士ですらなかなかつるむことができない生粋の自己中ときてる。本編の最後の最後までその目的は「自分のコアを取り戻して完全復活するだけでなく、他のグリードのメダルすらも取り込んで完璧な命を手に入れる」のまま揺らぐことはなく、気まぐれに比奈を助けるのだって流石に見殺しにしたら映司が面倒くさいって分かってるからってのが少なからずあったんだろうし。
本当に終盤になってからようやく少し変わってきた(映司を殺せない)ぐらいで、それまで芯の部分では決して人間に迎合することなく自らの欲望に従って生きているだけの"悪いやつ"なのに、映司と比奈は"一緒にいた時間"によって理屈じゃなく好きになってしまうというのが『オーズ』の肝、面白い部分だと思ってて、映司は利用してるってテイでずっとアンクという怪人の共犯者として完全復活の手助けをしてる構図なのよね。

アンクを利用して世界をグリードから守るってのがいいことか悪いことかっていうのはまだ議論の余地があるけれども、果たして無事平和になった世界でアンクを蘇らせようとするというのは許されることなのか? というのはしばらく思ってて……ファンの皆さん的にはどういう認識なんですかね。最終回でもう満足できたんだから復活したあとのアンクは人間に都合よく、完全復活して世界を飲み込みたいとかそれ以上の力を手に入れたいとか思わないで大人しくしててくれるだろうって解釈なのか、それともそういう欲望自体は持ってるけどアイスが欲しいとか映司と比奈くらいは流石に大切だって気持ちもあるから本編中のように損得勘定の結果としてなんだかんだ理由を付けて大人しくしててくれるってイメージなのか。
そもそも論として、アンクは死ぬことができたからこそ満足できたのに、メダルの塊として再び永遠の埋まらない欲望を持ちながら復活させられて嬉しいのか、それどころか「せっかく眠れたと思ったのに」と怒りはしないのかっていう論点もある。
MEGA MAX』におけるアンクは信吾の体を使ってないからなのか、アイスを食べてもおそらく味を感じなくて、何とも言えない顔をしていた。しかも40年後の未来から来たらしいのに一切老けていない。
それって本当に、アンクにとって幸せなことなのか? という。
理屈としては分かる。人間だって"確かな存在"では別になくて、ただ尊厳ある命かどうかっていうのは周囲からそう認められるかどうかって問題に過ぎないので、その意味で自分を命だと認めてくれる映司たちと一緒に過ごせてるうちはいいけど、彼らが死んだらアンクはどうなっちゃうの。
もし仮に"人間として復活"なんてことができるのであれば、人間社会からもアンクからも文句は出ないのかなって思うけど。……まぁ人工生命、況して人間を生み出すなんて倫理的にどうなのかって議論はそこでも有り得るし、だから根本的に"いつかの明日"って概念はどこかおかしいと思っていたのよね。
『エグゼイド』のように、人間社会そのものに改革が起きて「人間だって蘇ってもいいのかもしれない、新たな生命を生み出してもいいのかもしれない」っていう倫理観に辿り着く未来まで含めて言っているならともかくね。

そういう諸々の懸念を抱いていたら案の定「人間なんて知ったことか」「メダルを取り戻して完全復活するためなら協力してやる」って話だったから、最初に言った「それ見たことか」という感想になった。
ただまぁここにも解釈の余地は結構あると思ってて、別に本気の本気で人間なんてどうでもいいと思ってる訳ではもうないんだけど、だからって無条件にはい協力しますってのは勿体ないから、形だけ反対してアイスなりメダルなり交換条件として貰えるものは貰ってやろうという程度の打算なら、まぁかなり丸くなってて全然問題ないというか可愛いもんだとは思う。鴻上が本気でメダルの70%を欲していた訳ではないように、あくまで最初は"絶対譲らん"姿勢を見せるという交渉術としての演技なら。
……この話は終盤の方に続きます。


ゴーダという存在と映司の業

・映司の中にムカデ,ハチ,アリのメダルを入れた結果(?)生まれたのが、ゴーダらしい。元から"ゴーダメダル"というメダルとして鴻上がつくったものを映司に入れた結果グリードが生まれたからそいつにゴーダって名前を付けただけなのか、それともCSMで最初に商品化されたようなノーマルなムカチリメダルがタカコアやエタニティのように映司の欲望によって変化してゴーダメダルになったのかは分からない(覚えてない)んだけども、他の人のあらすじ解説を漁ってる感じ元は普通のメダルだったけど……みたいなことに言及してる人がいないので、作中で明確に変化するような描写はなかったんだと思う、多分。

仮に前者だとした場合まず鴻上が何故ゴーダメダルなんてものをつくったのかを読み解く必要があって、じゃあゴーダって何よと考えるとまず思い付くのはゴーダチーズで有名な土地の名前よね。僕はあんまり世界史には詳しくないので、小説における古代王の「元は小国だったが大陸のほとんどを支配した」という話を読んで、錬金術がどうのってのも西洋のイメージがあるしヨーロッパ旅行が云々って言ってたのもあって「あぁきっとイギリスのことなのかな」となんとな〜く思ってて、でもってこのゴーダがあるオランダも割と近くにあるヨーロッパの国だから「お、なんか関係あんじゃね?」と思ったんだけど、調べていってもこれと言ったヒントは見つからず……。
というところで僕、やっと気付きました。かなりの広範囲を支配した国ってもうひとつありましたよね、モンゴルが。大英帝国は世界大戦の頃にも出てくるからそれほど昔ではないのに対してモンゴル帝国……それもいわゆるチンギス・ハンがいたのは本当にドンピシャの800年前、西暦1200年辺りのことらしい。よくよく考えたらその古代王の子孫が鴻上なんだから、古代王がモンゴル人(というかチンギス・ハンその人?)だったなら日本人的な顔なのは納得がいく。日本人もルーツを辿ればモンゴロイドなので。砂漠を旅する映司も、遊牧民をイメージしたものなんだろう多分。
でもモンゴルに錬金術ってイメージないけどあったのかな……ってとこが不安だったけど、それこそまさに『鋼の錬金術師』に出てくる"グリード"はモンゴルっていうか中国から来たアジア人のリン・ヤオ(ちなみに王様候補)に憑依していたし、たまたま同じ名前なんじゃなくてどう考えてもアンクの元ネタこれじゃん。なんてことだ、あらゆる要素が綺麗に繋がっていく……き、気持ちえぇー! でもなんで今まで気付かなかったんだろう……。
ハガレン曰く中国のは錬金術ではなく錬丹術と言って似て非なるものらしいけど、まぁぶっちゃけ同じようなもんでしょ。要するに「昔の科学」だよね。モンゴル帝国がヨーロッパを侵攻していく過程で両者は多少混じり合う部分もあったのかもしれない。
ちょっと流石に脱線しすぎなのでゴーダに話を戻そう。地名のゴーダに関係があるかどうかってところで、800年前の王国がヨーロッパなら関係あるかもって思ったけど、ここまで辻褄が合う以上モンゴルでほぼ確定だと思うのでこの線は一旦ナシとする。唯一ガラが眠っていたドイツはどうやらモンゴルの支配下にはなっていないっぽいんだけど、ガラはどうも古代王と仲が良かったとは思えないのでモンゴルの外に逃げたとかそういう歴史があれば筋は通る……かも?

 

鴻上が自らゴーダという土地にちなんで"ゴーダメダル"という特殊な代物をつくったという可能性は低そうだとするなら、もうひとつの可能性である映司の欲望に反応してメダルがゴーダメダルに変化したのだと考えてみるとどうか。
一旦視点を作中から現実に戻したとき、最初に僕がゴーダという名前から連想したのは、これも『エヴァ』っぽいけど音楽記号のコーダだった。記号の意味としても"終わり"だし、エタニティとも対になるので完結編となる本作には相応しいと思われる。毛利さんが言っていた映司の業と終わりを意味するコーダを合わせた造語が"ゴーダ"だという仮定の元に話を進めてみる。まぁその名前をゴーダ本人が名付けたのかよって言われるとそれは微妙なんだけど、その辺はウヴァ(奪う),カザリ(飾る),メズール(愛づる),ガメル(がめる)も同じことなので目を瞑る。
ゴーダのセリフの中で一番ショッキングだったのは「(少女は)死んだよ、そういう運命だったんだ」みたいなセリフだろう。何より実際には少女は生きているのだから、こんな無神経な嘘さえ言わなければゴーダは正体をバラさずに済んだかもしれない訳で、そういう打算を抜きにしてポロッと口から出たからにはゴーダにとって何らかの重要な意味が込められていると見たときに、あの発言は少女に対してではなく、本当はアンクの死に対するものだったのかなと思う。復活させようなんて風に足掻くのではなくて、潔くそうやって死を受け入れてしまった方がいいのではないか……或いは"楽になれる"んじゃないかという、映司の中の迷い。
映司という人間は、本編序盤では「明日のパンツと少しのお金があればいい」という無欲なキャラクターだったが、アンクとか変わっていく中で段々"あまりにも大きすぎる欲望"の持ち主であることを露呈していく。序盤の無欲さというのは言わずもがな内戦地域の少女を救えなかったことに由来してる訳だけど、本人も"休憩中"と言っていた通り日本に帰国したのはどう考えても現実逃避なのよね。今このときも世界では多くの人が死んでいるかもしれないけど、平和な日本にいれば手は届かない代わりに視界にも入らない。そういう悲しい事実に直面することに耐えきれないから、いっそ見ないことにしよう、救えないものは諦めてしまおうという心理が彼の中にあって、無欲であることというのは彼にとってある種の"救い"だったはず。

「手にしたいものがない者に 眠れぬ夜はないんだ
 守りたいものがない者に この怖れなどないんだ
 握りしめることもなければ奪われることもないんだ
 失くしたって気付かぬ者からは 何も奪えやしないんだ」
億万笑者/RADWIMPS

尤も、そうやって逃げてきた日本であんな戦いに身を投じることになったのは災難としか言いようがない。ともかくそうしてアンクと一緒に戦っていく中で映司は元々持っていた抱えきれないほどの欲望を取り戻してしまった訳で、もちろん「みんなと手を繋げばどこまでも届く」というのは新たに得られた知見ではあったかもしれないけど、その綺麗事で果たして本当に世界から紛争をなくすことができたのか、救いたいと思った人を全員救えたのかと考えると、必ずしもそういうことばかりではないんだと思う。
なんせ「全員家族」だなんて本気で言ってのける人な訳で、ほんの少ししか関わったことがない人でも死んでしまったら家族が死んだのと同じくらい悲しい……そんな価値観で再び世界を巡る旅に出て、普通に考えたら正気を保っていられるはずがない。実際に小説版では、紛争地帯で結構長いこと暮らしている描写がある。手を繋いでいけば"いつか"は戦争も終わらせられるかもしれないけど、そんな一朝一夕にいくはずもなくて、結局はオーズの力に頼って"自分一人で"その国にある目ぼしい兵器を破壊して回ることで、話し合いの時間を稼ぐのがやっとだった。その後の話し合いで本当に解決したのかどうかは、我々は知る由もない。
10年の間に何があったのかは想像するしかないが、少なくとも今回東京では古代王によってあれだけの破壊(と殺戮?)が行われて、映司の知っていた人も大勢死んだかもしれない。しかもその元凶が仮に鴻上だったとするなら、メダルの研究協力員として映司がしてきたことはその片棒を担いでいたも同然……と言える。鴻上は全くもって悪びれた素振りを見せないが、それは前述の通りこれまでのやらかしでも同じことなのでそれを根拠に無関係だとはとても言えない。

また、アンクも似たようなことを言っていた通り「決して満たされることがない大きな欲望」を持ったまま生き続けることがどれだけ苦しいことなのか映司は10年間その身をもって感じ続けたのだろうし、そこへ更に後ろめたさも加わることで、本人は意識していなかったかもしれないが彼も神や仏ではないのだから、やはり心のどこかでは「諦めて死(終わり)を受け入れたい欲望」が大きくなったのではなかろうか。小説に出てくるアルフリードは、一応作中では勘違いという結論になっていると思うもののまさに「青年(映司)は死にたいと思っているのではないか(227P)」と指摘している。
毛利さんの言う映司の背負った"深い業"というのは、おそらくこの「満たしきれない欲望を持ってしまったこと」なのだと思う。だからこそ、"彼が満足できるハッピーエンド"などというものは原理的に存在することができなくて、仮になんの代償もなくアンクひとりを復活できたとしても、それであたかも"満足"したかのようにハッピーエンド風に演出して締めてしまったら、当時示された「俺の欲望はこれくらいでないと満たされない!」という彼の底なしの貪欲さというキャラクター性を否定することになってしまう。
「少女やアンクの死を受け入れて楽になりたい、"満足できる終わり"を迎えたい」という欲望を体現したのがゴーダというグリードなのだと考えれば、業+コーダという名前には納得がいくので、とりあえず僕としては「鴻上がゴーダメダルを映司の中に入れた」のではなく「映司の中に入れた結果"ゴーダメダル"というものに変化した」という可能性の方を支持したい。
この話も終盤に続きます。

ちなみに、途中まで「瀕死になった映司の中にゴーダメダルを入れたことで延命させた」もんだと思い込んでたけど、だとすると鴻上はどうしてそのことを黙っていたのかよく分からないので、延命処置になったのは結果論であって、実際は少女を助ける前から入っていて、映司が『ネット版』で「アンクを復活させる方法を見つけた」と言っているのは、自分の欲望からゴーダが生まれたという前例があったから同じ方法で可能だと思った……という流れなのかもしれない。元々は映司本人の意識とゴーダが、良太郎とモモタロスのように共存していたのだとすれば、映司が表に出していない無意識の欲望(少し歪んだ欲望)だけを司っているのには納得がいくかもしれないけど、ちょっとこれは見返さないと自信ないので保留で。


プトティラコンボ

・古代王がその身に宿しながら使わなかった3枚の恐竜メダル……まぁ彼が力として使用しなかったのはせっかくすべてのメダルを集めたいのにうっかり破壊してしまったらたまらないからってのもあるのかな。
不意を付かれたんじゃなくてわざと吸収されたからなのか、アンクロストに吸収されそうになるけど抗うっていう経験を既にしたことがあったからなのか、それとも他のグリードがヤミーだっただけなのかは定かではないけども、古代王の中でも自分の形を保っていられたアンクがプトティラメダルをゴーダに渡すシーンについて「本編では強大な力ゆえに掴むことすらままならなかったはずなのに」と指摘している人がいて、理屈はよく分からないけど確かにそんなこともあったなと。
ただもしこれが真木の意志が宿ったメダルだったとしたら(本編では真木の意識がメダルそのものに宿っているという明確な描写はないんだけど、体がセルメダルの塊になってる以上はそうなんだろう)、全く知らない古代王なんかに取り込まれているよりは、まだお互いの欲望をかけて戦い合ったアンクや映司に使われた方がマシだと思って協力したのかもしれない。敵だったキャラが味方になるときにありがちなやつ。


仮面ライダーゴーダと増殖するベルト

・日野さんは努めてヒールっぽく、嫌らしく見えるように演じているけど、ゴーダは別に"悪いこと"をしたい訳じゃなかったと思うのよね。古代王のメダルを取り込むときも「映司は暴走しなかったんだから俺でも器になれるよな?」と確認していて、少なくとも真木がウヴァを使ってやろうとしたように、暴走して欲望のままに世界を飲み込むことが目的ではなかったのが分かる。
もしかすると鴻上の思想通りに、器としては不完全な古代王からメダルを取り返して、自分が完璧な器,神となって「欲望による世界の再生(仮面ライダー図鑑より)」……『エヴァ』のサードインパクトのような方法で映司が満足できるような幸せな世界に作りかえようとしていたのかもしれないし、アンクをも取り込もうとしたことは映司の意志とはもはや無関係に暴走している(≒親殺しなので"仮面ライダーゴーダ")と捉えてもいいかもしれないけど、映司の中に「他者として手を繋ぐのではなく、またアンクと"ひとつ"になりたい」という欲望もあったのかもしれない……最終回のように。
どっちにしても「映司の欲望を満たしてやる」という言葉に、嘘はなかったんじゃないかなと僕は思う。

問題は映司自身がそれに対して葛藤を持っていて、拒んだこと。瀕死だった映司がゴーダを止めようと抵抗したのでゴーダは映司の体を分離するんだけど、このときまたオーズドライバーが確かに増えていて、仮面ライダーゴーダの腰に巻かれたベルトとは別に、ラストでエタニティに変身するためのベルトが映司の体の方に残っている。
まぁこれも僕は仮面ライダーデス,古代オーズと同じで「そういう見た目のグリードとして分離しただけ」なんじゃないかなと思ってる。まぁ本当にオーズドライバーが増えてるなら増えてるで、ちょうど3本になってるからなんか理由や意図があるのかなって思うけど。例えば、これで伊達や後藤もオーズに変身して、小説のように誰か一人がオーズの力で解決するんじゃなくて、何人かのオーズ同士が助け合う≒対等に手を繋ぐことができるようになった……とか。
まぁ、似たようなことは『将軍と21のコアメダル』のラストでもやってるしね。ガタキリバの能力を応用すれば増やすことは可能……なのかもしれない。


バースXの活躍

・「ババンババンバン、バースゥ〜www」
気にするなって言われるかもしれないけど流石に初めて聞いたときはバカにされてるかと思ったね、この音声。オーズのコンボソングも、子供だったから"そういうもん"と思えたけどいい大人になってから聞かされてたらそう思ったのかもしれない。
この時点ではもうグリードも残ってないし屑ヤミーも確かいなかったと思うから、記憶違いじゃなければ確かに誰一人として撃破できてなくて扱いが悪い……とも言えるかもしれないけど、まぁ多分制作陣的には「タジャドルエタニティが生まれるまでの時間を稼いだんだから十分大事な役割でしょ?」みたいなつもりなんだと思う。僕はあんまり戦績とか気にする人じゃないので、どっちでもいいんだけど。


タジャドルコンボエタニティ

・アンクが映司の体に憑依したことで精神世界での会話が始まる……まぁ今の映司よりは回復してた信吾とはそんなことしてなかったやんとは思うけど、単純にそれをするかしないかは憑依してるアンクの匙加減なんだろう。もしかすると描かれてないだけで、精神世界で信吾からずっと説得を受けていたから少しずつアンクも人間に寄っていった……みたいな裏設定があるのかもしんないし。だとしたらそれは描けよ! って思うし、小林靖子さんの言う「本編をアンク視点で描く」物語では描かれた……のかもしれない。
「死ぬ間際に願ったら割れたタカコアが戻った」「思いを込めて握ったらメダルがエタニティ仕様になった」みたいな"ロジックのない奇跡"はご都合主義だって言う人も結構見たけど、それ言い出したらアンクの「タカ! クジャク! コンドル!」コールとか、そもそもなんでタジャドルだけオーラングサークルが特殊だったりタジャスピナーとかいう専用武器が出てきたりタカヘッドが通常のものからパワーアップしたりするのかってこととか、「属性は不揃いだけど800年前の王が初めて変身した組み合わせだからタトバはコンボなんです」とかだって理屈別にねーじゃんと思うんだけどね。なんで現代の技術で再現できないコアメダルの製造なんて異形を800年前の錬金術師が成し遂げてるんだってこともあるし。
まぁタジャドルだけが特別なフォームである理由っていうのは「他のグリードと違ってアンクだけは自分の意志でオーズにメダル貸してるから、秘められた力を最大限引き出せる」のかなって、今回見返してて思ったは思った。
一応、仮に800年前にいたグリードは本来みんな並列な存在だという前提が間違ってて、「不死の象徴である火属性のタジャドルと、既に絶滅した氷属性のプトティラ」という対極の2組だけは他の4属性と違って元々別格の存在だから専用武器があるっていう可能性もある。メダガブリューは他のコンボの力を使えるのにタジャドルのコンボソングだけ入っていない(詳しくは玩具を参照)ことと合わせて考えると、ロストブレイズによって突然できたブラックホールも、本来ならあり得ない奇跡の必殺技だったからこそ相反する力がぶつかりあって生まれたものなのかもしれない。本来なら相容れないから、アンクが恐竜メダルを掴めなかったように弾き飛ばされるはずが、そうならなかったと。
どっちにしても結局「映司とアンクが力を合わせることによる奇跡」は起きてる訳で、今回の復コアだけが特別に設定を無視している……というのは、ちょっと本編を神格化、もとい思い出補正かけて見すぎなんじゃないかなと思う。


映司の死と、アンクの復活

・一番賛否があるのはここな訳だけど、まぁ見る前にこの情報を入れたときにまず思ったのは「『ジオウ』剣編でビターエンドをハッピーエンドにしたら、台無しだという声が結構あった」ことを踏まえての、この展開なのかなということ。毛利さんは剣編こそ書いてないけど『ジオウ』のサブライターだったし。

という前置きをした上で本題に入るけど、さっきゴーダは映司の自殺願望の表れなんじゃないかという話をしたので、「もしそうなんだったらゴーダを否定して倒した後に映司が死ぬのはおかしいじゃないか」と思った人がいるかもしれない。
結論から言うと僕は映司が死んだとは思ってない。というのは、"死,終わりを受け入れる"ことがアイデンティティ(死んだよ、そういう運命だったんだ)なゴーダを倒したというテーマ的な側面からもそうだし、タジャドルコンボ"エタニティ"という名前なんだから永遠になったんだろうなという素朴な感覚としてもそう思う。それに、エンドロールでこれみよがしに映されていた"明日のパンツ"……一見よく知らない人からすれば墓標に見えるかもしれないけど、あれは「今日をちゃんと生きて、明日へ行くための覚悟」の象徴なんだから、本当に死んでる訳がなくない? 『MEGA MAX』を意識してるのは言うまでもないんだから、そのセリフだけ聞き逃してるなんて有り得ない。

映司が選んだのは「アンクの中で一緒に永遠を生きる」という道。まぁ伊達さんの言ってた「自分が死んでも意志を継いでくれる人がいればいい」ってのと似ているようで、若干違うと言えば違う気もしてる。
映司はアンクの中に宿ることで「一生満足することのできない欲望」を抱えたまま、グリードのように生き続けることを選択した。その深い業とやらを永遠に背負い続けるのは単にアンクひとりだけをそうしないという『剣』的な理由も勿論あるだろうが、そうすることによって「いつかは来るかもしれないけど、一朝一夕では実現できない大きな理想」……世界中の紛争を止めたり、最終的にはもしかすると誰も死ななくていい世界になったり、そういう"手を繋ぐ"だけでは生きてるうちに叶えられなかったはずの欲望を、アンクの体を使って永遠に手を繋ぎ続けることで、現実のものにしようとしているのだと思う。
アンクひとりだけの復活などで妥協して満足するのではなく、本当の意味で全ての欲望を叶えたかったからこその半グリード化……これはアンクにとってもメリットのある"契約"だったはずで、これは映司とアンクのどちらかが得をしたり犠牲になったりする訳でもない、正真正銘のギブアンドテイク。

アンクが本当にただのグリードとして復活したんだとしたら、さっき言ったようにアイスの味も感じられず満たされないまま永遠に生き続けるというあまりにも救いがなさ過ぎるオチなので、これは解釈として却下。だとするならもう有り得ないけどこれしかなくて、アンクは五感を感じることのできる人間とほぼ同等の存在でありながらグリードとしての不死性も持った、本当の意味で"完全な命"を手に入れたんじゃないかと思う。
それはアンクが本編の最初から欲しがっていたもので、途中映司を裏切って真木につきメダルの器になってでも叶えたかったものだったはず。
本編の最終回では本来の願いを"妥協"することで"満足"できるという、人間と同じような逆説的でアンビバレントな境地に達した訳だけど、映司は「お前が本当にしたいことなら……」と言いつつもその結果を受け入れられなかった。だからこそ、本当はそんなこと望んでいないかもしれないアンクを復活させるにあたって、映司は「死によって感じられたものを超えるほどの満足」をアンクに与えなければならなかった。


そういう意味で、人間の価値観に近付いて人間に都合よく丸くなった後だけじゃなくて欲望の化け物だった頃のアンクも含めて尊厳を認めているからこその「五感を持った上で永遠に生きられる人間とグリードのどちらでもある体」をプレゼントするという結論であって、そのために映司は自分の人間としての生命エネルギーを全てアンクに注ぐ必要があったと。
良太郎とモモタロスのように映司とアンクの意識がひとつの体に共存してると言うのともまた違って、ほぼ完全に融合してしまって互いが互いを認識できない状態なんだと僕は思う。まぁ本当にこの辺はね、これから先もう新作がつくられない以上はどうとでも好きに妄想できるところなのでいつも通り好き勝手に解釈させてもらうけど、根本的に今回のアンクには冒頭からずっと違和感があって、前回の記事でも言ったけど「やたらよく喋る」し、それ故に状況を把握できなくて困惑したりと「変に人間っぽい」のよ。「信吾の記憶を見ないのは脚本の都合で設定を無視して動かされてる」と言ってる人もいたけど、人間的な感性を持っていたからこそ記憶を覗いた上でも「とても信じられない、受け入れられない」と思って不安だったから、或いはそもそも動転していて記憶を覗けばいいということに思い至れなかったから、ひたすら周りに説明を求めていたのかもしれない。
この違和感を単に"出来の悪さ"として切り捨てることもできるけど、「兄を人質に取るようなどんなに憎らしいやつでも、一緒にいる時間が積み重なれば受け入れられて大切な存在になる」というのが『オーズ』のテーマだった以上、今回発表された新作に対しても「たくさん見て違和感があるところにも慣れて、受け入れる」という態度を取るのが理想的な姿なのかもしれない。
そういう意味で、アンクが全然アンクらしくないという欠点は「人間である映司と一体化したことによる副作用」だと解釈することにしました。だって素のアンクが正直に「再会を喜ぶ」なんて表現するはずがないし。

アンクが映司に「なんでそんなことした!」って怒るシーンも、最初は「最終回での自分の思いを無駄にしやがって!」っていう本気の思いを感じて、今回の映画のアンクの中だと唯一くらいに感情移入できたシーンなんだけど、冷静になってよくよく思い返してみると、あのときアンクが"したかったこと"って、映司がまたプトティラを使ってグリードになってしまうことを防ぐためにタジャドルに変身させたかったってことのはずで、映司が本当にその思いを"裏切った"んだとしたら、それは「人間として死期を迎える」ことじゃなくて「不死身の怪物になる」ことの方なんじゃないかと思って、だとしたらあのときアンクがキレてたのは映司が自分と一体化して不死身の怪物になってしまったからだと考えた方が筋は通るかなと思った。もちろん人間としての映司が死んでしまうことは悲しいんだろうし、そこは感情として共存できる、人間なので。まぁ勿論「なんで復活させやがったんだこの野郎」っていう可能性もなくはないんだけど、本当にそのつもりで言わせてるんだったらこんな作品つくる訳はないし。


前提として、特に『平ジェネFINAL』の客演におけるアンクは終始"映司の欲望の対象物"でしかなくて、アイスが食べたい以上の自分の欲望を発露することもなく、そもそもセリフ自体が少なく、ただ彼を気持ちよくするための"お人形さん"だったような印象を受けていたのよね、僕は。
だからこそ、本当の意味で復活させることが命題だった今回の映画では「よく喋る、きちんと自我を持ったアンク」を描く必要があったのかもしれないなと。
逆に『MEGA MAX』のアンクは、特に水が苦手だというミハルを馬鹿にしてケタケタと笑うシーン……馬鹿にするのはアンクらしいけどそこまで感情を露わにするか?っていう意味で今作と同じような違和感があったのよね。あれも今回と同じで人間としての感性があったからあんな表現になった、という再解釈もできるのかもしれない。
前述した「アイスを食べてなんとも言えない顔をしていた」シーンも、味を感じなかったんじゃなくて味を感じたからこそ「本当に映司はいなくなって、自分と一体化してしまったんだな……」という意味で感傷に浸ってたのかもしれない。
まぁ『MEGA MAX』ではエタニティじゃなくて普通のタジャドルだったんだから今回の映画とはパラレルですって言うこともできると思うけど、エタニティになってないコアもあるんだとしたら別に矛盾はしないし。最後のギガスキャンのシーンで3枚以上出てきたときにエタニティだったかそうじゃなかったかまでは一瞬すぎて見えなかった。バースXのビカソメダルみたいに、意思は生まれてないメダルとして新しくつくることも不可能ではないしね。

比奈が「欲張らない」のは、この辺の映司がどういう思い出その決断を下したのかって話をきちんと説明しようと思うとめちゃくちゃ難しい話になってしまって絡め辛いから「どうせ結論としては納得してくれるのでいっそ描かない」ということにしたのかなと思えば、まぁ。

 

 

…………以上が、落ち着いた状態で中立的かつドライに「こういう解釈の仕方もあるかも」と考えてみるといういつものスタイルでじっくり考えたときの、僕の『復活のコアメダル』に対する感想です。「くそつまんねぇ」という観たときの感想が消える訳じゃないけど、それを自分なりに消化して納得することはできたかな。まぁまた見直したら「相変わらず安っぽい作品だなぁ!?」って思う可能性は否めないが。

 

記事を書くにあたって、あらすじを振り返るのに↓の記事、

仮面ライダーオーズ(映画2022)ネタバレあらすじ感想と結末解説。10th復活のコアメダルでのファンが待ち望んだヒーロー復活とは⁈|邦画特撮大全107

そして他の人の感想として↓の記事を参考にさせてもらいました。

【ネタバレ感想】オーズ本編を全否定する映画「復活のコアメダル」|fujika_san|note

86ma.hatenablog.com