面白かった!(?)
まさか僕がエグゼイドを褒める日が来るなんて、自分でも思わなかった。望んではいたけど、現実になるなんて微塵も。あ、いつも通りネタバレあるんで未読の方は気を付けてくださいね。あとトリロジーは未見です。
この小説の何が僕にハマったかというと、ひとえに「永夢がおかしいと明言されたこと」だ。
テレビ本編では常に永夢が正しいように描かれていて、周囲の反応と自分の反応の差異がとても気持ち悪く、見ていて非常に不愉快だった。もちろん設定的な穴も多く散見され、バトルの茶番感にも呆れさせられたものだが、最も重要な点は「葛藤が描かれないこと」にあった。
自分自身の行動を振り返ることも然り、他人との意見の食い違いだってまともな解決がなされない。とにかくチートな能力で永夢が勝ったから永夢の意見が正しいというような内容だった。しかし本作はその永夢の"心の闇"というものにフォーカスし、彼の生い立ちやそれによって歪んだ人間性、そして本質的には黎斗と大して変わらないことが描かれた。
今まで誰にも言えなかったことだけど、ドクターとしてのエムが時々遠くに感じる時があった。
特に一番感じたのが、エムがムテキの力でパラドを一方的にボコボコにした時のこと。
エムは患者さんに対してすごく優しい。その優しい心が洗いたての白衣みたいに潔白すぎて、少しだけ頑固に感じる時があった。
もちろんドクターとして患者を救う為に一生懸命だっていうのは理解してるつもりだし、私が想像するよりも何億倍いろんなことを考えてて、悩んで、決断して毎日患者さんと向き合っているんだと思う。
でも医療に対しての考え方が一途すぎるっていうか。一度こうって決めると周りに相談しないで一人だけで物事を進めちゃうっていうか。
そういう時、ちょっと寂しいなって。
一言だけでもいいから相談してくれてもよかったのにって。
もしかして仲間として信頼されてないのかなって。
そんなとりとめもないことを考えていると頭がピヨピヨしてきた。
私は我に返って両方のほっぺたをつねった。頭の中のピヨピヨを振り払うように。
違う違う。エムは何も間違ってない。
私がただ欲しがってるだけじゃん。
もっとエムの力になりたいからって。
もっとエムのそばにいたいからって。
そんな自分勝手な私がちょっとだけ嫌になった。
最後に永夢の耳元で囁いた言葉。《自分の嘘にノれ》
狙いに気づいてくれたお前は……自分を全力でぶん殴った。
ぶっちゃけあれは自分でも想定外だった。そこまでやるかお前って思った。いや人のこと言えないんだけどな。
思えば初めて出会った時から永夢はそういうやつだった。
一度信じた道を真っ直ぐに全力で突き進む。良い意味でも悪い意味でも遊びがない。余白ってもんがない。
これらはそれぞれポッピーと貴利矢による永夢に対する印象の吐露(と言っても地の文なので誰に向けた訳でもない独白)なのだが、最終的に好意的なフィルターがかかっているものの、言っていること自体はかなり的を射ている。個人的には黎斗殺害に一切触れられなかったのは惜しいところだけど、それでもこれまでがほぼ全肯定だったので、彼らの証言の力はかなり大きい。
最終的には黎斗から面と向かってハッキリと「独善的だ」とまで言われる。6度も見返し不快感を拭えず悔しい思いを経験した者として、ここの快感は尋常じゃなかった。
まぁ、要するに、自分が正しかったと分かって嬉しいんですよ。僕は。エグゼイドには全45話+αに渡って文句を言い続けて来た訳だけれど、やっぱり永夢は善人なんかじゃなかった。脚本家の高橋悠也さんは性悪説論者らしい(真偽の程は定かではないが)ので、当然といえば当然の帰結かもしれないが、彼は単に善であることを己に強いる強迫観念の持ち主だったに過ぎない。つまり彼にとっては「善であること」よりも「自分が善だと思い込めること」が何より重要であって、だからそこに本当の意味での正義とか倫理のようなものは存在しない。
彼が満足すればそれでいいのだ。
ただ結果的にはそれなりの人をゲーム病から救っているし、強迫観念による善行ということ自体は悪いことだとは思わない。そして当然殺人は普通に悪い。
とにかく僕は、これまで何を考えているのか全く理解できなかった永夢のことを人間として見ることができた。数々の悪行は消えないけれど、一人の人間として存在を認めることができたというのはとても嬉しい。
また非常に重要な点として、ラストのCRメンバーを誘っての食事シーン。これまで永夢が何かを口にしている描写というと、バガモン回にて"一人で"ハンバーガー(好物らしい)を食べている時と、貧血予防の鉄分補給としてプルーンを食べている時、あとは職場のクリスマス会で一応ケーキを口にしていただろうか。その時も結局はウイルス変異の話をしていて、プライベートという様子では一切なかった。……こうして思い出してみると本当に数えるほどしかないな。この間アギトを見たから余計に思うことかもしれないけど。
食事シーンとは日常、つまりプライベートの象徴である。
これの共有を自発的に永夢が行ったというのは、かなり、かなり、かーなーり、すごい変化だ。意地でも報連相をせず、他人に心を開く素振りを見せなかったあの永夢が、だ。
(…………でも、ここに灰馬がいないのは本気で可哀想だと思った)
エグゼイドは基本的にライダーとしての活動が仕事として描かれ、パブリックなものだった。まぁ、だからこそそこに私情を持ち込み患者の命を危険に晒すキャラクター達に不快感を覚えていた訳だが。
それはさておき、今作に第三者的な患者は登場しない。誰かを守るためとか世界を守るためとかそんな大仰な話では決してなく、あくまで「宝生永夢が自分と向き合う」ための物語だ。一応申し訳程度にあるけれど、それが本筋では全くない。
公的な要素が殆どと言っていいほど削り取られたからこそ、"私"の部分を単純に一人の人間として、ありありと感じることができた。僕が大我や黎斗に対して永夢や飛彩ほどに嫌悪感を抱いていないのは、彼らがそういったパブリックな立場にいなかったのが大きいのかもしれない。ニコは純粋に一人の人間として嫌いだったけど。
そういった視点で見てみると、僕が初見時には気持ち悪く感じた永夢の恋愛語り(紗衣子先生は美人だけど僕はポッピーみたいなかわいい系が好き、みたいな話)、についても、永夢の"私"を描くという点で欠かすことのできない要素だったように感じる。いやまぁ、もちろん今でも結構気持ち悪いとは思うけど、人に対して抱く嫌悪感程度には収まった気がする。
エグゼイドキャラに対してはかなり口汚く罵ったりしたこともあるけれど、あれは以前何かの記事で言ったように「人だと思ってない」からこそ言えることであって、実在の人間に対してあそこまでのことを言うのは流石に僕も気が引ける。……まぁ、実在を実感できない人(テレビの中にいる有名人とか)にはたまに言ってしまうこともあるけれど。
そして何より、そういった永夢の変化の鍵となるのが黎斗であることが意味深い。もちろんエグゼイドとゲンムという同型のライダーであることもあるけれど、この2人は似たもの同士であることが殊更小説の中で強調されていて、ゲームの中にしか自分の意味を見出せなかった2人が、ゲームを通して人と繋がることができたというのは、ちょっとだけ感動した。本編との整合性が足を引っ張ったけれど、最終的に心の中でマイナス評価にはならなかった。
エグゼイドの不満点として、永夢が"狂っている"と揶揄される黎斗の精神に対して「こいつはどうにもならない」と諦め利用する態度が挙げられるのだが、本作の最後では、きちんと黎斗の心と向き合う旨の決意を表明している。しかも「改心させる(矯正する)」のような押し付けがましいものではなく、黎斗のほぼ唯一のコミュニケーション方法であるゲームを通して付き合っていくというのがまたいい。
ちなみにクロノスもエグゼイドとほぼ同型だが、宝生清長がゲンムに変身したことでそこの違和感も薄れた。あーでも大我クロノスとかあったな……。
ひとつ言っておくと、本作の中で完全に独善性が改善する訳ではない。「全国の医療従事者を信じていたからナメプをしたんだ」という話を聞いたときは耳を疑った。人間そうすぐに変われるものでもないし、これから黎斗と長い間向き合っていく上で徐々に和らいでいくことを期待してのこの評価ということは、語らずに終われない。
それともうひとつ。単純に"小説"という媒体としての出来が思ったより良かった。文芸的な表現とかはないけれど、ページの変わり目に自然な形で選択肢が来ているのは、細かいけれど良い配慮だった。
あ、でも、満足はしたけど不思議と本編を見返したいとは思わないんだよな。「本編の見方が変わる」タイプの話じゃなかったのもそうだし、また整合性取ろうとしたら苦しみそうだから今はやめとく。「小説"は"面白かった」でいいです。
本当は文句もそれなりにあるんだけれど(設定は相変わらず意味不明、バトルの言ったもん勝ち感……)、そんなネチネチ文句を言うような悪い気分ではないので、このまま終わることとする。気になる人はこちらをどうぞ。
本編感想
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