仮面ライダーガヴ 第1クール 感想メモ
仮面ライダーガヴの感想メモ。少しずつ追記していく予定です。
第1話「おカシな仮面ライダー!」
・グラニュート界、なんだか扉ばっかりなのも手伝って『ドンブラザーズ』のイデオンっぽさがすごくある。っていうかそうね、タロウとショウマのキャラクター性が全く似通ってないからあんまりそう見えないだけで、やってることとしてほぼほぼ『ドンブラ』と同じかも。
タロウは人間に育てられただけで、種族的にはハーフではなかったはずだけど。
・このショウマを追ってる仮面のキャラは"エージェント"と言うらしい。今のタイミングに仮面ライダーでエージェントといえばもちろん『ライドカメンズ』の主人公だけども、そこというよりはむしろ『ドンブラザーズ』『ギーツ』『ライドカメンズ』と武部さんがやりそうでやってこなかった『マトリックス』からの拝借だよね、多分。
お菓子の誘惑を甘い幻想世界に見立ててレッドピルを飲むような展開というのは、テーマ的には似たようなことはできるかもしれないけど、世界観的に本作に取り入れられそうな要素はあんまり思い付ないから、今回もフレーバーだけって感じになりそうではあるけど。「今まで信じてきた世界が実は偽りのものだった」という展開はそれこそ『ライドカメンズ』が頑張ってくれそうなので、その成分はそっちで吸いましょう。
・絆斗登場。事前のインタビューでサングラスに注目してくださいって言ってたのもあって、コートにひっかけてるんだけどうまくできてなくてすごく邪魔そうだな〜(笑)ってところが目についてしまった。
『エグゼイド』の貴利矢なんかは着てるのが薄いアロハシャツだからちゃんとかけておけるけど、あの分厚いコートでやるのはムチャだと思う……というか、うまくいきようがないからやり直しとかせずにあのままなのかな?
まだ絆斗がどんなキャラなのかは全然見えてないけど、肩幅が狭くてコートに着られてる感じになっちゃって〜みたいな話を聞いたせいもあって、自分がなりたい"かっこいい姿"が明確にあるんだけど、それに一歩届かなくてちょっとかわいげが出てしまうみたいな、性格的には『W』の翔太郎みたいなイメージの人なのかな?という印象を受けた。
・名刺には「東京都 千?市 紗十 4-12-10」の表記が。前半はぼやけてて読めないんだけど、たぶん鴻鵠の"鵠"な気はする……。読み方は"せんごくし さとお"かなぁ? 砂糖にひっかけたいならそんな無理しなくてもいくらでもやりようはある気がするから読み方すら違う気もするけど、実在の地名に被るとややこしいから敢えて無理のある漢字にしてるのかな。
マジで何の意味もないけど、あくまで雑学として仮面ライダーの舞台となってる街の名前は抑えておきたい気持ちがあるよね。最近だと『エグゼイド』に清空市って地名があったのは初めて知ったかな。
基本は役に立たないんだけど『ゴースト』なんかは面白くて、メイン3ライダーはそれぞれ天空寺タケル、深海マコトときて、アランにだけ苗字がないんだよね。でもって、タケルとマコトの苗字には空と海の字が入っていることを考えると、もしアランに苗字があるなら陸の字が入っててくれると綺麗だな〜ってなるんだけど、なんと都合のいいことにゴーストの舞台は"陸堂市"。アランたちガンマの民は、おそらく大天空寺にあったモノリスから異星に旅立った弥生時代の人という設定のはずなので、アランに現代的な苗字を付けるなら、あの辺の土地の名前を由来にするのは結構妥当なんじゃないかと思う。
……というよりはむしろ正確には、ガンマの民たちが元々名乗っていた現世での名前が巡り巡って変化した結果、陸堂という地名として残っているという順序な気がする。
ゴーストはこういう設定的なとこを凝ってるところがあるので、この陸堂は意図されたものだと勝手に思っている。
流石に"千鵠市"がここまで面白いことを読み取ることのできる裏設定にはならない気がするけど、何かしらの意味を見出すことは可能なのかな。
鵠っていう字は鴻と同じでコウノトリを指すものだと思ってたけど、より広く「白くて大きい鳥」くらいの意味合いで使われることもあるらしいので、千羽鶴的なニュアンスが……あるのかないのかってくらいだろうか。でもその意味を持たせたいなら、千鶴市ってことにすればいいような気もする。
……というか、パッと見で鵠じゃないかと思ったことをひとまず前提として話してきたけど、単にぼやけてて分かりにくいだけで素直に千鶴市って書いてあるのかもしんない。なんかすげぇ無駄な遠回りしたかも……。
・絆斗の師匠って小松利昌さんじゃん! え、準レギュラー!?
特撮界隈的には『シン・ゴジラ』とか『アマゾンズ』なのかなと思うけど、東海オンエア好きとしてはもう田沼面太郎のイメージが一番強い。『グレーゾーン・エージェンシー』って普通の映画やドラマと違ってアドリブ主体なので、演じてる役というよりは素で笑っちゃったみたいなシーンも多くて、他の普通の作品よりも役者さん本人に対する好感度が上がりやすい感じがある。メズールの矢作穂香さんがヒロインとして出てたりもするので気になった方は見てみても良い……かも?(東海オンエア自体は下品な動画も多いので人には薦められないけど、グレーゾーンはそっち系のネタはなかったような気がする)
あとこれはネタバレなんですけど、『6日前に急に出演オファーしたら来てくれるのか』って企画でサムネに映ってて「流石にお忙しいだろ……」と思ってたら岡崎まで来てくれてたのも衝撃的すぎて、記憶に残っている。
・……なんだけど、どうも本作においては途中で退場してしまいそうな雰囲気がなんとなく漂っているような気がする。絆斗がゆくゆく幸果の元に合流するとなったときに、姉御肌な幸果と塩谷師匠とが共存している未来があんまり見えない。
でもなんか、お忙しいとかでキャラとしては何事もなくいるはずなのになんかしばらく出張とか言って出てこなくなったりするのもそれはそれで寂しいので、死んでしまわないまでも意識不明とかになっちゃって、そこで絆斗が何か決意するきっかけになって、最後の方で回復してまた出てくるとかが一番ちょうどいいかもしれない?
それとも、絆斗はあくまではぴぱれにはたまに来るぐらいの距離感を保ちつつ、塩谷さんと切っても切れない名コンビみたいな立ち位置になってくれたりするのかな。
『オーズ』での伊達後藤コンビはなんか2人でずっと話回してて主人公側にはイマイチ関わってこないせいで、他の2号ライダーと比べると印象が薄いように感じてたけど、香村純子さんはちゃんとそれぞれの要素をうまく組み合わせてシナジーを生み出してくれそうな気がするし。
最近流行り?の蝗害モチーフ
・ガヴのデザインって、お菓子自体は表面の質感を指定することはあっても具体的な形状までは縛られないことが多くて、それこそグミなんかは仮面ライダーの形に成型することもできる訳なので、意外と原典の仮面ライダーっぽいエッセンスは残してるよね。
触覚でこそないけど頭から左右に2本飛び出す部分があって、複眼もかなり大きくのっぺりとしたものになってて。2話に出てくるザクザクチップスフォームなんかは分かりやすく触覚みたいな配置がされてて、ハチ?みたいなイメージになってるし。
っていうところから考えると、『ガヴ』の"食べる"っていうテーマは、バッタ要素の中でも蝗害のニュアンスを感じさせるかもしれない。
メタルクラスタホッパーとかアバドン、相変異バッタオーグなんかの連発で特撮界隈では一躍有名になった感があるけど、その要素を取り扱うこと自体はもっと昔からもあったよね。
僕がパッと思い付くだけでも1話のローカストアンデッドとか、ライダー側でって話でもゼロワンより前にキックホッパー/パンチホッパーとかいるし。あれも明言こそされてないけど、そもそもカブトの世界観ってそういう聖書的なものを意識してる部分がところどころあったよねという前提がありつつ、地獄兄弟の代表的なセリフのひとつである「汚してやる……太陽なんて」は、主人公である天道へのアンチテーゼとして(?)、蝗の大群が空を覆い尽くして太陽が隠れる様子から出てきたセリフなんだろうから、大群という見え様でこそないけど「バッタって害虫ですよね」という部分を取り扱ってることには違いない。
僕が知らないだけで昭和にも普通にありそう。シンが特別分かりやすい形で表現してるだけで、ショッカーライダーだってそこから着想を得てるのかもしれないし。
ショウマくんの「食べたい」っていう欲が暴走フォームに呑まれちゃうような展開は、やっぱりいずれはやりそうだよなぁ……。
でも彼はかなり根っこのところが「誰かのため」で固められてる感じもあるので、暴走的なニュアンスで何かを食べるとしたら、これは最近自分が『東京喰種』を読み返してるからというのもあるけど、グラニュートが人間を食い物にしてるのと対照的に、悪いことをしたグラニュートを食って自分の力とするような展開……は、さすがにないか。
あるとすれば、そういうグラニュートを食べる人間側のライダーが出てきて、ハーフの立場からショウマが否定するとかになるのかな?
ガヴは実質ドラえもん?
・第一印象の記事で、ガヴのフォームは食感に比重をおいて選定されてるんじゃないかって話をしたけど、インタビューでも言ってたように生まれて初めて食べたショウマは味より先に食感に驚くっていう描かれ方がされてて、ゴチゾウはそのショウマの感動を元に生まれるらしいので、結構いいセンいってたのかもしれない?
グミの食感は『ガヴ』的には"ムニュッ"が正解なのね。
・この記事では『アンパンマン』みたいだって話もしたんだけど、1話を見た後だとむしろ『ドラえもん』のニュアンスも感じた。
PVではグラニュート語か何かなのかなと思ってたんだけど、どうやら「でも、ここでは……これからは!」と言ってたみたいで、これって今風に言えばかなり"異世界転生"の文脈だよね。もう今風でもないのか?
以前『ゼロワン』と比較するって文脈で『ドラえもん』の概要を振り返ったとき、ドラえもんってのび太たちの世界では何でも叶えてくれる夢のような存在として扱われてるけど、21世紀(22世紀)の未来基準ではドラミちゃんと違って質が悪い方のオイルを使われた出来損ないのぽんこつロボットとして設定されてるのが面白いよなと思って、『ゼロワン』のイズも結構ロボットにしてはミスが多いダメなやつなんだけど、それって或人も同じで、ドラえもんとのび太のようにダメなやつ同士でも、お互いがお互いを必要とするかけがえのない特別な存在になれるんだってことを描いてる側面があると思うのね。
それを象徴するのが13話の「イズは俺みたいなダメなやつでも社長としてサポートしてくれる、スーパー秘書なんだから」ってセリフなんだけど。
その視点を持った上で見ると、ガヴの骨組みはかなりドラえもんに近い。
「俺にも使えたんだ……」と驚いていたことからも、ショウマはグラニュートとしては落ちこぼれだと自分を認識していたみたいだし、実際そのせいでお母さんを助けることができず無力感に苛まれていて、でも人間界にやってきたことで、そこら辺の人間よりはずっと強い体の持ち主という風に相対的に自己評価が上がって、みんなのためにその力を行使するという流れ。
表面的な部分でも、お腹に大きなポケットがあって、のび太に初めて食べさせてもらったどら焼き――いや実際にはおもちだし貰ったんじゃなくて勝手に取って食ったんだけど――のおいしさに感激するしで、なんなら本当に寄せてると言われても納得するレベル。
他にガヴとドラえもんの類似について言及してる人がいないか検索したところ、お腹に口があるって描写はこの記事で引用されてるシーンとそっくりだって話してる方がいて、自分では思い付かなかったけど言われてみれば確かにと思ったり。
note.com石ノ森章太郎に原点回帰するのは何度もやってるから、いっそのこと同じテレビ朝日で子供向けコンテンツの代表格となっている藤子・F・不二雄作品の要素を取り入れて、仮面ライダー風にアレンジしてみるというのは、『ガヴ』にしろ『ゼロワン』にしろ面白い試みなのかもしれない。
僕が知らないだけで他にもあるのかな、そういうことって。
他人よりまず自分が幸せになるヒーロー
・初変身の動機にも色々あるけど、他人の幸せを食い物にする敵に対して、ショウマは自分が味わえなかった母親と暮らせる幸せを始くんには存分に味わってほしいって思いで変身するのが素直にアツかったよね。
最初は乾いちゃってた映司とは違って、この感情の裏にはちゃんと「自分も幸せになりたかった」っていうところが芯として隠れてるので、そういうところも無私の存在っぽいアンパンマンよりはドラえもんに、つまり俗っぽい人間に近い存在なのかなって気がする。
主題歌の歌詞には「他人事には敏感 なのに自分事には鈍感 後回し気味」なんて文言もありますが……個人的にはショウマくんには、自分の幸せを諦めないキャラのままでいてほしい。
失われてしまったお母さんとの日々への未練がお菓子への興味として発露してるんだろうし、彼にはたくさんおいしい思いをして幸せになってほしい。
でもあれだね、さっきも少し話題に出したけど、ゴチゾウはショウマの"感動"に反応して生まれるって設定らしいので、自分の幸せを見失ってただ戦うためだけにお菓子を食べてもきっと意味がなくて、まずは自分が「おいしい!」って幸せにならないと誰かのためにも戦えない仮面ライダーなんだろうから、あんまり心配はしてないです。
単純に食べ飽きちゃったりしても感動が足りなくて力が出せない……ってなって、お菓子は節度を持って食べようねみたいな話もやるのかな。
仮面ライダーはバケモノか?
・どう見てもデザインの方向性が違ってて生物的ではない仮面ライダーを見て「バケモノ!」って言うのはこう、流石に"やりたいこと"が先行しすぎてて説得力に欠けやしませんかねと思う方だけど、ガヴはそこんとこをアーマーが傷付いてもすぐ再生っていう代替グロ描写で補ってたからまだ納得の余地があったよね。
初見では敵にアーマーを食べられてるのかとも思ったけど、さすがにそういうことではないみたい。
でも、こういう魅せ方するんだったらボーイズトイフィギュアはハイブリッドライズ方式で良かったんじゃないのか!?とは思った。パーツがポロポロと取れることがむしろポジティブな意味合いを持つライダーなんて、もうしばらく来ないでしょ。
・ガヴもキバもだけど、「生まれがそもそも怪人」って設定自体は実はそこまで仮面ライダーとは親和性高くないよね。
「普通の人間だったところから、ある日突然怪人になってしまうかもしれない」という部分が、恐怖と同時に「自分も仮面ライダーになれるかも」という感情を刺激するんだろうし。
ショウマの場合はグラニュート界から人間界にやってきたっていう環境の変化によって、ある意味では普通の人だったところから超人的な力を持った存在に変身したって風に見ることもできるけど、それって人間の僕らが感情移入できる要素にはあんまりなってないし。
そこへのフォローとしては、キバに対するイクサみたいにヴァレンがいるからオッケーって判断なのかな。
ガヴがお腹の口でゴチゾウのグミを食べて体の内側から変身していくのに対して、ヴァレンは人間だから体の表面をチョコでコーティングするみたいなイメージになってるのが、お菓子の花形と言ってもいいチョコが2号にあてがわれてる理由として明快でいいよね。
・ゴチゾウは基本的にはかわいくて非常に好きなんだけど、ゴチスピーダーはせっかくのギミックが戦闘にはなんの意味もなさない無駄な仕様として扱われて泣いてたのは流石にちょっとどうなんだろう……ってモヤモヤしてたら、変身講座の方でヒトプレスを回収する役割がきちんとあるんだよって描いてくれてたので安心した。
掛け替えの"ある"アイテム
・ザクザクチップスラッシャーやチョコドンダンガンを二刀流で使ってたり、ゴチゾウを一度の戦闘で何回も使ったり、アイテムをひとつだけしかない宝物みたいに描かず、替えの利く消耗品だってことを逆に特徴として押し出してるのも面白かった。
前作の『ガッチャード』は販売形態こそランダムのトレーディングカードなんだけど、劇中での扱いとしてはケミーカードはそれぞれ1枚ずつしかないものとして描かれてて、絶対に生まれる"ダブり"の問題に対してはほとんど目を瞑っていたようなものだったんだけど、今作はそこが更に改善されて同じアイテムを複数個集めることにきちんと意味があるようになっている。
ゴチゾウが毎回死んじゃうことに対しても「分身みたいなもの」のたった一言で説明つけてたのはスマートだよね。眷属という言葉一般の説明としてはむしろ元の意味を逸脱してるけど、ゴチゾウがどういう存在でどう扱っていくのかについては一発で分かる。
あと近年は「いつの間にか連動アイテムがベルトから消えてて、新しいアイテムを差し込む」みたいな描写も増えてたので、"使ったアイテムは消える"と設定することでここをクリアするのも逆転の発想だよね。
気になるところがあるとすれば、敵のグラニュートは闇菓子を食べても眷属を生み出してる様子はなかったので、ショウマはどういう経緯でそれを知ったのかってところだけど、それもお母さんから聞いてたってことなのかな?
・なんでキャンディのお菓子がバギーとかバイクを生み出せるんだろうと思ってたけど、飴細工として大抵のものは作れますよってことなのかな? これはさすがに、便利すぎて持て余しちゃうタイプの設定のような気がするけども。
・ガヴの主題歌、曲調からしてもエグゼイドみたいにEDとして使われることが多くなりそう。1話での使われ方を見る感じ、イメージとしてはエグゼイドってよりはドンブラに近かったけど。
個人的には同じOP映像を何度も何度も流す意味って、もちろん尺を稼いだり初めて見る人にざっくり世界観を伝えたりって側面はあるんだろうけど、録画とか配信で見る場合は(どれだけ好きな曲でも)飛ばしがちなものなので、それよりは本編を描いてEDとして使ってくれた方が嬉しいなと思ってるので、もし本当にそうならちょっと嬉しい。
第2話「幸せザクザクチップス」
・「Never enough nough nough nough」のとこ、既にかなり好きだったけどキャラがダンスしてるのかわいすぎて好感度5倍くらいに跳ね上がった。
あと河川敷をあの構図で走るのも『ヘボット!』ポイント高くて好き。
はぴぱれは「死なないための家」
・はぴぱれの外観ロケ地は東京にある三鷹天命反転住宅という場所らしい。
自分そこは今初めて知ったんだけど、同じ荒川修作,マドリン・ギンズっていう2人の美術家兼建築家の人がデザインした岐阜の養老天命反転地っていう観光名所には行ったことがあって、かなり面白かったんだよね。
『ガヴ』のポップな世界観とも近しいようなカラフルな色使いが目を引くんだけど、Googleの検索サジェストに「気持ち悪い」「怖い」みたいなワードが出てくるのを見ても分かるように、芸術ってそういうものかもしれないけどとにかく見てて不安になるような奇妙さや奇怪さに溢れていて、そういう意味でもかなりギャップをウリにした作品の舞台としては的確なように思える。
元々は『聲の形』っていう大傑作漫画に出てくる場所として知って、多分これまでの人生で唯一"聖地巡礼"的なことをした場所なのかな。
漫画や映画ではそんなに大々的に描かれてる場所って訳ではないんだけど、確かこの記事をたまたま目にして興味を持ったんだったかな?
デザイナーの2人は「死なないために」というテーマの元に"天命反転"のアート建築を作ってるらしくて、そのためにテーマパーク全体が意図的に平地を排除しててバランスを取るのが難しい構造になってるのが『聲の形』という作品においてはめちゃくちゃ重要な意味を持つことになるんだけど、たぶんそれは『ガヴ』にも同じことが言える気がしてて。
未だライダーファンの心に大きな影を落としてる『復活のコアメダル』を始めとして、武部P作品で「他人事には敏感 なのに自分事には鈍感 後回し気味」なんて言われるとすごく不安になる気持ちは正直自分の中もあって、『復コア』自体はあれやこれやと理屈を並べて飲み込んだものの、その代わりこれ以降はもう自分を疎かにしちゃう系のキャラはたくさんだと感じてるので、ショウマくんには本当に幸せになってほしいんだけど、わざわざ拠点となる『はぴぱれ』にこの「死なないための家」をチョイスしているというのは、これはもう有り余るほどの制作者からのメッセージだと思うので、『オーズ』に苦い思い出がある人も今一度、僕と一緒に信じてみてほしいなって思う。
ストマック家の約束
・ストマック家の会議。最初は何の話をしてるのかよく分からなかったんだけど、どうやらショウマの死体が見つかったかどうか、つまりきちんとトドメを刺せたかどうかについての話題らしい。
「親父も死んだし、あの女ももういない」というジープのセリフから察するに、人間であるショウマの母親を家において剰え子供まで作った父親のことをランゴ辺りがグラニュート族への裏切りと見做してずっと反乱の機会を窺ってて、そしたら都合よく死んだから、ショウマと母親を追放したって流れなんだね。
"ストマック家"名義なのに園崎で言うところの琉兵衛ポジがいないのはちょっと意外。とは言いつつも、ランゴの風格がすごいので全く気にならないけど、それでも父親じゃなくてあくまで兄弟ってことは、長男に物申したり、虎視眈々とトップの座を狙ってたりみたいなそういう動きもあるのかな?
・素材となる人間が幸せであればあるほど甘くおいしくなるっていう設定はかなり便利そうで、今回既に扱われてたけど、ショウマたちがはぴぱれとして人を幸せにすればするほど、それが逆にグラニュートに狙われる理由に繋がってしまうというやるせなさ。
ショウマ側視点で見ても面白いけど、グラニュート視点で見るなら、ショウマたち仮面ライダーの活動を黙認する理由のひとつにもなるのがうまいなって思う。
人間にランクをつけて上物とかって表現してるのが、すごく『約束のネバーランド』っぽかった。確かにあれが少年誌で連載されてるんだから、ニチアサで人食いの話をやっても別に問題はないのか。
なんで機密エリアだけとはいえグラニュート界にいるのに人間に化けておくべきなんていうルールがあるのかって部分は意外とここに繋がってきて、『約ネバ』のラートリー家や『BLACK SUN』の堂波みたいにグラニュートと密かに取引きしてる人間がいて、その人たちとの勝手な不可侵条約のかたちとして、彼らが入る可能性のある場所では怪人体にならないってことになってるのかもしれない。
幸果さんってあっさり起業しちゃってるのがなんか僕ら庶民とは考え方の根本が違う感じするので、意外とそれ系の親の元から家出してきたみたいな事情があったりもしそう。『タイムレンジャー』のタツヤじゃないけどさ。
・ゴチゾウのこと(ほにゃほにゃ)って言って揶揄する人のこと軽蔑してたんだけど、パンツから出てきたのは流石に……言い逃れができない。
お弁当を食べたときには出てこなかったんだから、やっぱりお菓子を食べたときに増える虫歯菌の比喩なんだよって言いたいんだけど、それだとポテトチップスやせんべいが説明できないからなぁ……。
唐揚げと比べたら、ポテチやせんべいは炭水化物なので"糖"扱いなんだと言おうにも、それだと白米食べたらごはんゴチゾウが生まれないと一貫性ないし。
まぁそんな厳密じゃなくて、単に「お菓子を食べすぎると虫歯になる」っていう"イメージ"の話としては、全然ミュータンス菌でいいと思うけど。わにゃわにゃ喋ってる感じもそれっぽいよね、具体的にこれって思い付きはしないけど、悪魔の形した虫歯菌は絶対ああいう加工された高音で喋るもん。菌ほど小さい概念じゃないから、(ほにゃほにゃ)にはそんなイメージあんまりないし。
モチーフかどうかって話は一旦さておき、イメージソースとしては『ピクミン』とかもありそう。かわいくて健気で、時々死んじゃうけどまたいくらでも生まれてくる小さな命。
あれも敵キャラはかなり不気味なデザインしてたりして、かわいさとは裏腹に結構ダークな世界観だったりするし。
てかピクミンもよくよく見ると十分キモカワ生物だしね。
・幸果さん、さっきはいいとこの出なんじゃないかって話をしたけど、そう思ったのは今回やけにキレイ好きというか潔癖?な感じが見えたからというのもある。行き倒れてた人にお風呂入ってっていうのは自然としても、わざわざお菓子と一緒に新しい歯ブラシを買ってきてまで「歯磨きして」って言うのは、さすがにあんまり考えにくいというか、印象的なシーンではあった。
行き倒れてる人を拾い慣れてるとかならそこまで意識が向くのも分かるけど、人生で初めてお腹空いて倒れてる人を見て「歯磨きさせてあげなきゃ」まで思考が辿り着くのは、かなり気配り上手な気がする。
自分なんか仕事してる間は自分がミスしないかどうかだけで精一杯なのに、先日年齢的に一回りも違わない人が僕が忘れ物してることにまで気付いて教えてくれたってことがあって、同じ人間でもここまでスペックに違いがあるんだなぁと思ったりした。
仮面ライダーは蔑まれる者か
・「バケモノ!」のお母さんが再登場するとは思ってなかったんだけど、危機から離れて落ち着いた状態でもなおバケモノ呼ばわりが変わってなかったことで前回よりちょっとだけ違和感が増したので、もうちょっとこの話を掘り下げたい。
そもそもガヴは「一見ポップだけど、実は……」ってのをウリにしてるんだから、その"一見ポップ"のハシゴをいきなり外すのはどうなんだいという話もあるので、それを「いやいやこの見た目だけでも十分バケモノでしょ」って方向に持ってくのはどうなんだろうなぁと思う。
だって「ポップでジューシーなお菓子の仮面ライダー」だよ? ポップってつまりpopularの略なんだから、むしろ親しみやすいくらいのはずで、ひと目で「バケモノ!」なんて風に忌み嫌われるんだったら、それはもうポップとは言えないでしょ。
だから論点は、別に見た目に頼らなくてもバケモノ性を描写することは可能だろうってとこで、それは僕が言った体がぐちゃぐちゃ飛び散っては再生するっていう気持ち悪さでもいいし、あとは例えば直前にコンテナに穴を空けるほどの怪力を披露してからなら、明らかに子供を守るような素振りだったとしても、肩をがしっと掴んでたりしたら、仮に始くんが痛がったりしてなくても親としては離れてくれって気持ちになるのはすごく理解できる。
それならまぁ、仮面ライダー1話とほぼ同じじゃん。今まさに苦しんでいる緑川に"触れて"いたから、本郷が犯人だと疑われたのとさ。
もちろんこれは、僕が『555』世代で「醜い怪人の姿を隠すための、ヒロイックな仮面ライダーの鎧」というものの見方に慣れ親しんでるからという側面もあるだろうけど、それだけじゃないのは、『ガッチャード』みたいな作品が「がんばれ仮面ライダー!」って展開を安易にやっちゃうからという側面もある。
『W』はまだ、1年以上仮面ライダーとして戦ってきて世間にヒーローとして認められているという信頼の上でやってるけど、散々記憶を消された人たちが仮面ライダーのことを初見で「なんかこいつは味方っぽいぞ」と判断して(況してあの回の敵はダークライダーですよ)応援するって展開をやる一方で、明らかに子供を守ってるライダーをバケモノ呼ばわりする展開もやるのは、それはもう完全に制作者の匙加減というか、主人公曇らせのための"ご都合主義"に映っちゃうじゃん。
あと、これはちょっと全話チェックはめんどくさかったのでもしかすると違うかもしれないけど、例えば『クウガ』の描き方って結構ガヴとは似てるようで違うと思っててさ、クウガをグロンギと同じバケモノとして扱うのって主には警察の人が多くて、戦闘シーンになると一般人はほとんど出てこなくなるので、なんでもない人が4号のことをバケモノ呼ばわりしてるシーンって全然記憶にない。
唯一記憶にあった5話で落下してきた人を受け止めたシーンでも、何だこいつって驚いてこそいるけど、助けてくれたらしいってことくらいは認識してるみたいで罵るようなことはしてないし、実加ちゃんなんかも、変身シーンを目撃しても「バケモノになった」っていう嫌悪感みたいなものは見受けられない。
変身シーンを見たとしても「怪人が人間に化けてるだけで本性を表した」という可能性は残るので、結局大事なのは見た目がグロテスクかどうか、もしくは良い行いをしてるかどうかってところな気がするんだけど、元々良い人だったとか、助けてくれたっていう善行を見てさえいれば、一概にバケモノだと断じるようなことはされないという印象が『クウガ』にはある。つまり「そこまで生理的嫌悪感を刺激するような見た目としては扱われてない」。
警察の人はこの限りではなくて、秩序を守るためには「得体の知れない見た目の生き物がいて、もしかすると危険かもしれない」っていう思考が優先されるのは、まぁ分かるのよ。「なんかいいやつかもしれないぞ?」っていう主観的な判断で油断しちゃうのは仕事として良くないので、きちんと確証が得られるまで危険視するっていうのは。
むしろ『クウガ』って作品でより印象的なのは、おやっさんは4号をヒーロー扱いしてスクラップブックつくったりなんかして軽い気持ちで"戦い"を消費するんだけど、当の五代は暴力を振るって相手を殺すことの苦しみと戦っていて……っていうギャップの方で、それって「バケモノ!」とはやってることとして真逆じゃんね。
『仮面ライダー』も全話は見てないからアレだけど、他人からバケモノ扱いされてるシーンってたぶん見たことがなくて、むしろ少年ライダー隊とかライダーガールズとか言ってフォロワーを侍らせてる印象の方が強いし、仮面ライダーのことを"バケモノ"だと認識してる人がいるとするならそれって誰よりも本郷猛自身なんじゃないかっていう意味では、手法としては『クウガ』と同じ「何も知らない周りからはちやほやされるけど自分だけはそんな上等なもんじゃないと分かってる孤独」に見える。
そういう自虐としての"バケモノ"なら、見た目がどうこうとかは全く関係ない内的な話なので成立するし、だから「そうだな、バケモノだ……。俺も、お前もな!」ってセリフ自体はすごく仮面ライダー的だと思う反面、ポップな見た目を無理やりゴリ押してまで直接的に人から蔑まれるという展開をやるのは、なんかただ「仮面ライダーっぽいこと」をやってるに過ぎなくてちょっとなぁと思う。
自己嫌悪を飛び越えて直接的に世間から忌み嫌われるって描き方は、もしかすると白倉さん辺りが初めて本格的に持ち込んだ方法論だったりするのかな。見た目完全にバケモノな『真』とか『アギト』のラスト、『555』のウルフオルフェノクに『ディケイド』の破壊者設定。あと『アマゾンズ』や『BLACK SUN』なんかもそうか。それ以外ではあんまりそこをプッシュしてることってない気がする。
僕『ガッチャード』に対しても「やるならちゃんとパクれよ」って感じてたんだけど、それは決してただ丸パクリすればいいってことじゃなくて、表面的な要素を真似るよりもオマージュ元が何を描こうのしたのかをきちんと咀嚼した上で、その作品自身のやりたいことと適切にすり合わせて描いて欲しいってことで、今回の件で言うなら「バケモノ扱いされる展開は確かにおいしいけど、ガヴはポップな見た目ということで売り出してるので、それをやるには相当演出面での後押しが必要」ってことね。
僕は前回も書いたように、ガヴについては「あのある意味グロとも取れる欠損&即再生描写がそれ」っていうロジックで一応は納得したけど、「あの見た目でも十分恐ろしい」っていう理由では全然納得できないな。
・逆にだけど、今回の描写はむしろ筋が通ってて好きだった。りっつんさんがガヴをバケモノだと驚いたのはグラニュートっていう比較対象がいないかつ肝心の人助けはし終わった後だったからだから前回よりはまだ納得感あるし、始くんのお母さん的にはバケモノは確かに2匹いたんだけど、絵を書いてみてくださいって絆斗に言われて書いたのは、ハウンドと比べて生物的じゃなくてシンプルなラインで構成されてるガヴの方で、主に子供を襲ってたのはハウンドの方なのに、形が覚えやすかったせいであたかもガヴが襲った主犯かのように誤解されてしまうっていう悲しいすれ違いは、かなり巧みな描き方だなと。
・あと、結構スルーされることもある「本編が始まるタイミングで急に事件が頻発するようになったり、表沙汰になったりする理由」についても、これまでは仕事の邪魔をする奴がいなかったから人知れず人間を攫えたけど、それを阻止しようとする仮面ライダーが現れると大規模な衝突が起こるので、絆斗の耳にも入った……っていう流れになってるのがいいね、納得感ある。
醜さのデザイン
・って言った直後だけど、グラニュート・ウィップルの様子を見ると、手柄を取り合ってグラニュート同士が争うことはそんなに奇異なことではなさそうでもある。病み付きになった結果正常な判断力を失ったりまでするのかは分かんないけど、人を襲うやつはグラニュートでも襲いそうではある。
このウィップルはお腹の唇にブツブツができてて、なんかこういう現実の人間においても"不細工"の原因と捉えられがちな要素を怪人のデザインに落とし込むのって、かなりルッキズムを後押しするというか単純に趣味が悪いよなと思ったりもするんだけど、どうやらこのウィップルっていうのは主に消化器系の病気の名前みたいで、唇にブツブツができる症状は二次的なものとしてしか出ないらしいものの、"病気に冒されている"という表現ならまぁ納得はできるかなと。
本人にとっても、そのブツブツはできれば消えてなくなってほしいものではあるんだろうから(もしかするとニキビやブツブツをアイデンティティとして肯定的に捉えてる人もいるかもしれないけど)、そういう意味では確かに怪人のモチーフとしてはいいのかもしれない。
・メインフォームの中では一番虫っぽいデザインのザクザクチップス。
初見の印象としては、剣が折れちゃうのも含めてやっぱりハチっぽさがあるのかなぁと。ミツバチの針って使い捨てだし、なんなら刺した個体自身も死んじゃう諸刃の剣だし、そこはかなりゴチゾウの設定とも噛み合ってるのかなって気はする。
自分は黄色ってだけで大概のものは好きになれるので、既にお気に入りのフォームになったな。
行き倒れ系草食男子
・行き倒れてるイケメンを拾って仲良くなるんだけど、ある日突然いなくなっちゃう……って筋書きは、完全に有川浩の『植物図鑑』だよね。あれは『天空の城ラピュタ』の男女逆転版みたいなコンセプトだったはずで、ショウマは欲張りにも「空から落ちてきた」属性も持ってる。
機会があったら何回かしてる話ではあるんだけど、僕は中学時代 友達に薦められて読んで、文字通りの草食系男子とのあまい同棲パートはかなり楽しく読んでたのに、起承転結の転あたりで性行為の描写があって、僕は当時からプラトニックな恋愛ものが好きなので(というか性の描写が苦手なので)、えらく幻滅したのを覚えている。「結局行き着くところはそこなのか」と。
でも個人的な好き嫌いはさておき、ガヴを描く上では「一見 人畜無害な青年の中にも女性を食べてしまいたいという欲望が眠ってる」みたいなあのフレーバーはかなり合ってると思うし、僕が感じた幻滅はある意味では"変身"だったと思うので、ニチアサ仮面ライダーは絶対に性的な方向には持ってかないという信頼も含めるならかなり楽しみな要素ではある。
第3話「ソーダパンチは罪な味」
目指せ新天地!
・ショウマって勝手にいなくなっちゃうけど、別にそれってどこにも居場所がないみたいな寂しいことじゃなくて、きちんと「ここではなかったかもしれないけど、きっとどこかに自分が安住できる新天地があるはず!」っていうポジティブが故の行動なのが本当にストレスフリーなんだよな。見ててそこまでつらくならない。
お菓子を主食とすること
・お菓子ばっかり食べてちゃダメ……子供向け番組としてはそりゃそうだというか当たり前すぎるので、敢えてそうじゃない話をしてみる。
登山するときの栄養補給としてチョコレートを使うみたいな話ってよく聞くと思うし、実際僕も自転車で何日にも渡る遠出とかする際は必ずチョコをつまみながら行くんだよね。
それが実際どれだけ理に適ってるのかは分からないけど、ショウマは毎度行き倒れるレベルで困窮してる訳なので、そういう「健やかに生きること」よりもまずは「余裕のない状態で生き延びること」に主眼を置いてる場合なら、むしろカロリーの高いお菓子を選んで食べるのは割と適してるのでは?という気がする。
尤も、チョコと比べるとグミを主食にするのはちょっとどうなんだろうという気もするけど。
ただまぁこれはあくまで"食"をエネルギーを得るためだけの作業として考えたらの話であって、ショウマにとってお菓子を食べることは一番身近な幸せを味わう手段でもある訳なので、お菓子ばっかり食べて感動を失ってしまうのは確かに良くない。大いに良くない。
お菓子ばっかり食べて飽きてしまうのと比べたら、お菓子以外の色々なおいしいものを食べる喜びと、たまに食べるお菓子の喜び、その両方を味わえる方が絶対にいいに決まっている。
僕も元々チョコが好きってのはもちろんあるんだけど、出費の節約のためにチョコだけ食って自転車漕いでるときは別にそれって幸せって訳ではあんまりないからな。家にいればお米を炊いて、おかずもたくさん入ってるやつを冷蔵庫で保存しておけば安くお腹いっぱい食べられるけど、外で毎食ちゃんと食べようと思ったら結構かかるので、仕方なくそうしてるだけで。
チョコは空腹を"ごまかしてる"だけで、一日に一食だけお金を使ってちゃんとしたご飯を食べたときの方が、絶対に幸せを感じられている。
そういう意味では、おじさんの言うことはとても正しい。
お菓子は空腹を満たすために食べるものではなくて、食べなくても問題ないときに敢えて食べるからこそ嬉しい気持ちになれるものなんだろう。
噂の仮面ライダー
・グラニュートとガヴのどっちがイイモンなのか劇中の人間が判別できない問題、今回の描写もどちらかといえば僕的には好みな範囲だった。
怪人態じゃなくて小さいワンコ状態で逃げてるハウンドと、かなり威圧的なクソデカバギーに乗ってワンコを追い回してるガヴの写真なら、確かにガヴの方が悪いやつっぽいと言われてもギリ納得はできる。まぁバギーをバイクだと誤認してるのは謎だけど、バギーは確かにride(跨って乗る)だろうからライダーって呼ばれるのもおかしくはない。
高速で走ってるのに頭部の形状が"仮面"みたいになってるとこまで認識できるのか……? ちょっと見ただけで"仮面"と"ライダー"の要素を同時に把握なんてできないような……?とも思うけど、まぁさすがにこれは野暮でしょう。
(参考:"仮面ライダー"の定義を考える/自然と自由の象徴として)
前回の母親と違って、りっつんさんは落ち着いて考えてみたらガヴはイイモンだったのかもって思考にちゃんと至ってるのもバランスがいい。受け入れない人もいるけど、受け入れちゃう人もいる……それなら確かに、何も違和感はない。
見返りを求める行為
・今回の話は、イヤミな感じが抜けたビルド3話って感じだったな。
あれは自分本位に動く万丈に対して「見返りを期待したら、それは正義とは言わねぇぞ」と戦兎が説教する話で、自分はこの"名言"が話の展開の中にいまいち落とし込まれてなくて浮いてるように見えて当時から好きになれないエピソードなんだけど(当時の感想にも書いたけど、万丈は別に正義だと思われたかった訳じゃなくて最初から自分の利得のために動いてただけなので、全然状況に噛み合っていない)、こちらは一応筋元さんは"恩返し"という大義名分のために動いていた訳なので「こんな方法でやっても意味がないんだ」と気付く素地がしっかりとある。
あと他人から説教くさく諭されるんじゃなくて、本人が自分で気付いてるかたちなのがより自然だよね。
これは別に必ずしもなくていい要素だけど、今回のグラニュートが「自分の利益のためにわざと人間を幸せにする」という手口を使ってて、ゲスト側のテーマと合致してるのも細かい作劇の妙として機能しているよね。
"助けたい人"と、それ以外
・ただ一点。
「そしたら今度は泥棒された人が困るだろ!?」
「うるせぇな、そこまで知るかよ!」
という会話は自覚的なのか無自覚的なのか、ショウマの根幹に関わる話なのにノータッチだったのがややいただけない。
このやり取りはグラニュートといつも繰り広げてるのとほとんど同じで、「泥棒なんて良くないからやめて」というショウマの訴えに対して筋元は明確に拒絶を示してて、「更生する気があるなら見逃すけど、反省の色が見られないなら懲らしめる(最悪殺す)」というこれまでのショウマの行動原理から言えば、あの後また懲りずに盗みを働いた彼に対して更にもう一度「もう悪いことするなよ」と保留の態度を取ってるのは、なんだかちょっとバランスが悪い。
もちろんグラニュートがやってるのは人殺し(多分)で、筋元がやってるのは泥棒という程度の差はある訳だから全く同じ対応じゃなくて当たり前ではあるものの、ショウマの視点では親父さんとの会話で改心したところまでは把握できてなくて、もしかすると尾行させてたゴチゾウ経由で知った可能性もゼロじゃないけど、「野放しにしてもいい」と判断した理由がどこにあるのかは結構気になった。
ショウマが筋元を信用したのは最初会ったときに優しくしてくれたからというのが大きいけど、筋元がいいことをした一方で悪事に手を染めてたように、グラニュートたちだって嗜好品として人を襲ったり食べたりする一方で同類にはすごく優しかったり、同じグラニュート仲間だって知ればお腹空いて倒れてるショウマを助けてくれるかもしれない。『キバ』のフロッグファンガイア……はちょっと違うか、普通に『555』の長田が一番分かりやすいな。
でもショウマにとってそういった可能性はそれこそ「そこまで知るかよ!」案件な訳で、たった一回の「どうする?」という問答だけで相手を見限って殺してしまう。
僕がこう思うのは、そもそもこの「どうする?」というくだり自体に対してモヤモヤを抱いてるからなんだけど。
第4話「マシュマロおかわり!」
グラニュート界に畑はあるか?
・グラニュート界には畑という概念が存在しないのか……?
お菓子なんて文化が定着してるくらいだから、文明レベル的には「取って食う」の時代はとっくに超えて「作って蓄える」の段階になってるはずだし、なんなら幸果たちのいる世界そのものがグラニュートのつくった人間牧場でもおかしくないとすら思ってたんだけど、そもそも食事自体摂る必要がない生物だったりするのかな。
っていうか、ショウマは長らくお母さんと一緒に閉じ込められてたはずだから「その辺の草を食べて生きてきた」というのが一体いつの話なのかよく分からないんだけど、これはひょっとすると「基本は天使みたいないい子だけど、怒られたら自分に都合のいい嘘ついちゃうくらいの人間らしさは持ち合わせてますよ」という描写だったりするのかな。
でもやっぱりそれは考えにくいと思うので、ショウマがある程度成長した頃に一度お母さんとストマック家から脱走して生きてたんだけど、その後でまた捕まっちゃって、あの闇菓子工場での回想に繋がるのかな? それはそれで今度は「お前たちを保護していたイカれた親父は死んだ(だから今までは家に置いていたけどもうここに居場所はない)」というセリフとの繋がりが不透明になるのが難しいけど。
・バイトのグラニュートたちもニエルブに改造されてるんだ? 設計を見直すっていうのは、金マルガムみたいに途中からちょっと強くなることへの布石だろうか。
グラニュートの価値観的には自分たちの体にメスを入れることってそんなに抵抗ないんだね。
なんか『ビルド』っぽい
・前回「見返りを期待したらそれは正義とは言わねぇぞ」をやって、今回は古民家で息子を失ったおばさんに手料理食べさせてもらって、なんかやってることが絶妙にビルドの序盤と被ってるのが気になる。踏襲する意味がないので偶然なんだろうけど、誰も気にしなかったのかな。
戦兎にとっての葛城巧……というよりはむしろ佐藤太郎みたいに、この老夫婦の息子さんがショウマの化けの皮にされてるんじゃないかみたいな話も見かけたんだけど、流石にそれはなさそう。
だってショウマは幼い頃から人間体を持ってるし、逆に老夫婦の息子さんの写真は今のショウマくらいまで年を取っているので、ショウマ本人が「人間に化けてる」って自覚してないことに目を瞑っても、自然には繋がらない。"化けの皮"のイメージとは離れて、遺伝子情報を解析して成長していく過程まで再現したみたいなやや突飛な説明を付けないといけなくて、それは「衝撃の事実!」として明かすには込み入り過ぎてるというかキャッチーさに欠けるので。
・酸賀研造さん、「あれは"君が"分かるように言うと……フリーズドライみたいな技術でね」という言い回しからすると本人は人間の文化にそれほど馴染んでいないはずなので、十中八九人間ではないんだろうけど、正体はグラニュートというよりは、ルパパトのノエルみたいな第三の種族なのかな。グラニュート界にいる種族なのか、また別の世界で暮らしてる種族なのかはまだ定かではないけど。
塩谷さんは、絆斗がバケモノを見たってところまでは信じてくれたはずなので、今回酸賀のことを怪しんでたのは、どちらかというと絆斗が憎しみに飲み込まれないようにっていう配慮なのかな。
バケモノに攫われたとこまでは事実としても、生きてる可能性がかなり低くて、しかもお菓子にして食べられたなんてところまでは、まだ分からないよと。
・ゴチゾウのかわいさを魅力的に描くことはかなり成功しているガヴだけど、今回みたいな「アイテムを遠くに払われちゃって変身できない」って描写とはちょっと食い合わせが悪いね。
ゴチゾウなら自力で戻ってきて、ベルトに入ることすらできそうなので。
「俺が変身する!」
・エージェントがストマック家の出す本来の眷属だっていうのは、どうやら僕の予想とかじゃなくて既に公開されてた確定情報だったみたい。
以前オーズについて、こんなことをツイートした。
「都合のいい神様とやらが存在しちゃうと、人は欲しいものを全て与えられてしまって欲しがること自体をやめてしまう。っていうニュアンスも含んで、オーズにおいて賛美してる欲望というのは他人や神に縋るものではなくて、自分自身で解決に向け動く原動力……ってことなのかな。
だとするなら割と、欲望自体を否定せずむしろ賛美していると言われながらも、怪人が欲望の化け物であることはかなり綺麗に整頓される気がする。グリードもゲストも、自分の欲望をヤミーに代理させ叶えてもらおうとする点で"悪"なのであって、対するオーズは謎キャッチコピーによると「俺が変身する!」。」
この善悪観は、割とそのままストマック家とショウマの対比にも応用できるのかもしれない。
もちろんオーズの時点でグリードや真木は自分で動くこともあるし、ガヴもバイトのグラニュートたちは闇菓子を食べるために自分の足を使ってるので、あらゆる描写に適用できる理屈ではないんだけど、見方のひとつとして。
第5話「思い出がヒリヒリ」
ランゴもただの悪役……?
・ランゴがなんのために闇菓子事業を使命として掲げてるのかって部分、香村純子さんの過去作が『ジュウオウジャー』のデスガリアン、『ルパパト』のギャングラー、『ゼンカイジャー』のトジテンドと、大義もクソもない分かりやすく邪悪なだけの悪役が名を連ねてて(まぁ戦隊だからというのもあるだろうけど)、プロデューサーの武部さんもつい先日『ライドカメンズ』のインタビューで「私はワルはワルであってほしい,です。敵が改心したり,弱いところを見せたりするドラマより,「仮面ライダー」を描きたい。悪にあまり人間味はいらない,と思っています。」と語っていたので、彼らも特に理由とかなくてただ人間を殺すことをなんとも思ってないだけの奴らなのかなと思ってたけど、俳優さんの力でなんかそれだけじゃない裏があるのかなという風に感じた。
分かりやすいところだと、実は人間の方が先にグラニュートを迫害してた歴史があって、だからランゴは人間を妻に迎えたブーシュを許せなくて、人間にいいようにされないようにグラニュートの世界をとりまとめて力をつけたいと思っている的なやつ。
もしそういう背景があるなら、どんなに酷い怪人でも敵の幹部だったとしても、闇菓子を諦めてもう二度と人を襲わないよう誓えるか問うて、過去に過ちを犯した相手でも許す姿勢を見せるショウマとの対比にもなっていい感じになりそうな気がする。
1話のモブがしれっと人殺しだったり違法賭博が行わてたりいみたいな妙な治安の悪さアピールや、繰り返し繰り返し描かれる「バケモノ!」っていう差別描写にも必然性が出るし。
幸せと危険のバランス
・シータとジープがエージェントを生み出したシーンを見るに、本来はお菓子なんか食べずとも自由自在に眷属を生み出せるものなのか?
ゴチゾウ単体で戦えるような力はなくて、使い魔なのに結局本人が戦わなきゃいけないのも含めて、ショウマの力はまだ十分覚醒してる訳ではないんだろうな。
うわ、きっとあるであろう暴走フォームのときに、ショウマのガヴからエージェントみたいなやつが延々と生まれてきて勝手に敵をボコボコにする展開が脳裏を過った……。
メタルクラスタの時も思ったけど、"暴走"の描き方としては今までにないというかすごく現代的な手法だよね。発言力を持ってる人のファンたちが、本人の意志とは関係ないところで他人を傷付けるようなやつ。俗に言うファンネル。
小さいゴチゾウたちが暴走するようなことは流石にないと思いたいけど……『裂空の訪問者 デオキシス』で大量のキューブロボットが暴れだすやつ、小さいころかなり怖かったんだよね。映画館で見た訳でもないのに。
そういえば、あのロボットは映画全体を見ると体の免疫機能の暴走、つまりアレルギー反応の比喩表現だったはずだけど、そのニュアンスはお菓子と虫歯を扱うガヴにもピッタリな気がするな。
悪を憎む心だけが膨らんでしまうのは健全じゃなくて、お菓子も食べるけど歯磨きもするというバランスが大事なんだってところに落ち着きそう。
……何の話をしてるんだ???
・妄想が独り歩きして5話の内容とはかけ離れたところに行きかけてたけど、でも意外とこの話繋がるかも。
怪人に襲われることを危惧するあまり、人を幸せにしないようにするというのはあまりにも本末転倒だから、過去に自分がされたことと重ねた上で、幸せにしつつ敵からも守る……それができれば一番いいよねというところに落ち着いたのは、まさに今言った「お菓子も食べるけど歯磨きもする」というバランスの話だった。
言うは易しって感じだけど、実際に世界中にいる幸せな人々をエージェントの魔の手から守るのはかなり難しそう。
いやー、なんかショウマくんは神様になっちゃうような展開にはならないと思いたかったけど、ゴチゾウを派遣してみんなのことを見守ってるのはちょっと危うい描写な気がしてきた。"分け御霊"は神様ポイント高いよ……ひとりの個人としてのショウマが、広く薄くなってぼんやりと消えていっちゃうような。
「やられないよ! 俺は……この世界で人間と一緒に幸せになるって決めたからな!」のセリフを貫き通してください、お願いします。
「もう黙って消えないなら」って約束は明らかにフラグくさいけど、そこでもう一度帰ってきてバカみたいに怒られて二度としないでください。
続く