ゼロワン好きの『ライドカメンズ』実況 エピソードゼロ
エピソードゼロ
エピソードゼロ | SPECIAL | ライドカメンズ | BANDAI
ギアスとの共通点
・人が自分を偽ることなく生きられる世界にしたいっていう博学な男の思想は、普通にめちゃくちゃ『コードギアス』のシャルルだよね。
CV:福山潤の戴天が偽りの弟と暮らしてる(ただしこっちは本人の意志で)……みたいなPixiv百科事典的な共通点はさておいても、CLAMPによるやや少女漫画チックなデザインのキャラクターでロボットものという男性向けの物語を展開することで両方からの人気を取ろうみたいな試み(最近新作が出たガンダムSEEDとかもそうかな?)は、割と真面目にライドカメンズとしても参考にしていておかしくないと思う。
そういえば、シャルルなんかはそのまんま記憶を書き換えるギアスが使えるんだっけ。
仮面を被っていることで逆説的に本音で語り合えるっていうのは、要はそこまで積み上げてきたその人自身の過去の言動がいわゆる"アイデンティティ"として今の言動を制限しているということで、そこの連続性を断ち切ってしまえば、人は自由に……というか、比較的フラットな状態に戻ることができる。
仮面ライダーたちの重い過去
・先代エージェントであるところの"私"が持ってる白いカオストーンは、もちろん当代のノアに受け継がれたものと同一だろうけど、このエピソードでの描かれ方を見るに、思ってたほど特別な力があるわけではなさそう。
てっきりカオスイズムの施したあれこれを浄化して無効化できる不思議パワーみたいなものがあるのかと思ってたけど、「偽りの記憶を闇に葬り去り、真実の記憶を呼び覚ます、救いの光」という言葉を素直に読むなら、あくまでもカオストーンが共通で持ってる記憶を封じ込める力を使って、カオスイズムが植え付けた偽の記憶を"奪って"、石に込められた(恐らく本人のものであろう)記憶を流し込むことで、元の人格に戻しているということらしい。
…………でも一歩踏み込んで話をすると、この行為って実は博学な男のやってることとそんなに変わらないという可能性もあるよね。
カオストーンというのは、基本的にストレスを抱えた人間が現実から逃避するために使われるものであって、おそらくその自分にとって不都合な記憶というのがカオスとなって結晶化して、本人から分離される。
そうやって記憶喪失になったのが本作のカメンズたちな訳だけど、つまり彼らが失ったのは十中八九幸せとは言えない過去の記憶であって、むしろ忘れていたほうが幸せなものとも言える。
これは他の方↓が言ってたことなんだけど、何か嫌なことがあって本来の明るさをなくしてしまった人がいたときに、その嫌なことの記憶を奪って元の性格を取り戻してあげることが、果たして絶対悪と言えるのだろうかみたいな話は、確かにめちゃくちゃやりそうではある。
悪の組織による洗脳を解くために謎の石の力で無理やり記憶をいじることが許されるなら、過去のトラウマから人を救済するために無理やり記憶をいじることだって許されるかもしれない。
なあこれ伊織陽真○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ https://t.co/rIcMaKKuWl
— 徒々兎人@えふじおフェッス両日現地 (@toricha1) 2024年7月20日
この辺は、エグゼイドにおけるリプログラミングがポッピーに対する体のいい洗脳とも言えることや、ゼロワンの暴走したヒューマギア(特にスマイル辺り)は、人間から嫌がらせを受けたという負の記憶を消されてるんじゃないのか?という疑念なんかにも繋がる、すごく高橋悠也イズムを感じる部分。
エグゼイドやゼロワンはまたちょっと違うスタンスを取ってると思うけど、おそらくライドカメンズという作品はここまでの各種ストーリーを見るに「例えどんなに辛かったとしてもその現実に向き合うべき」という答えを出すはずなので、そういう"テーマ"ならこれはもう、制作側としては合法的に「とんでもなく重い過去」を描き放題になる訳ですね。
僕は共感力が低いのであんまりそういう楽しみ方はできない方だけど、重い話を摂取して「しんどい……」「つらい……」ってキャラクターに感情移入して楽しむ需要はかなりあるはずだから、そういう方はけっこう期待してていいと思います。
・「守るべきものを守る」というセリフからして、誠実な男と魅上才悟の間になんらかの関係があることは明白なんだけど、声優さんが同じに聞こえるかと考えると自信を持って同じだとは言えないので、どう理解するべきか難しいところだよね。
素直に考えるなら、息子か、誠実な男の意識をインストールされたロボット的な何かか、記憶消されて顔かたちも改造されたご本人かぐらいのパターンしかない気がするんだけど、敢えて全く別人であってもいいのかなとも思う。
他のライダーは、記憶がないから感覚的にはほぼ他人みたいなものとはいえ、あくまでも過去の自分自身と向き合っていくんだろうけど、全くの他人から思いを受け継ぐキャラがいても良さそうな気はする。物語の膨らませ方的にも。
でも、仮に誠実な男が才悟だとすると、博学な男は神々しい仮面になってて、"私"はノアに代替わりしてて……って考えると、薄情な男だけ普通に死んでて現在に何も絡んでこないとはやや考えにくい気もする。高塔家は関係あるとすれば博学な男の方だと思うから、やっぱ出てくるとしたら中央地区か下町地区を拠点にする新クラスのキャラかなぁ?
CV:神谷浩史で実装されるかは……期待するだけならタダなのでしておこう。最近もブンブンジャーに出てたしな。
カオス(争い)とコスモス(平和)
・それはそれとして、薄情な男のセリフは作品の核心をついてる感じがするな。
仮面を外して素顔を晒してしまうと、博学な男の言を借りれば「本能のまま」に近い状態になってしまって(その成れ果てがガオナたち)、人々は剥き出しの本音で争い合うしかなくなってしまう。
人が被る仮面、建前というのは、彼が言ってたような醜いものなんかじゃなくて、他人との無駄な争いを避けるための、"平和"のための尊いものなんだっていう話だよね。
カオスイズムとコスモス財閥ってネーミングもそうで、仮面を外して本音を剥き出しにした状態をカオス、仮面を被って自分を偽り押し殺してでも平穏を望む理性的な状態をコスモスとして表現している。
才悟の星4カード「子どもたちのヒーロー」の調査エピソードはREDとGREENでストーリーのテーマが変わるタイプで(そう変わらないやつもある)、REDを選ぶと「勇ましく敵を倒した」ルート、GREENを選ぶと「倒すことよりも守ることを優先した」ルートに分岐するんだけど、このGREENのエンドがすごくよくできてて僕は好きなのね。
だって、普通「ガキ大将に宝物を取られた!」って話だったら、当然「取り返そう」って話になるじゃん。でもこのエピソードはそうはならなくて、「レアカードがまた当たったので争う必要はない」という想像もしてなかった角度で平和的な解決を見ることになる。
レアカードがまた当たるというのはご都合主義かもしれないけど、これはあくまでもつよしと争うことを選ばなかったまなぶへのご褒美みたいなものなので、物語としての筋は通っている。
『仮面ライダー龍騎』は一見、願いを叶えられる一人の座を巡って争うゼロサムゲーム的な様相を捉えて「現代的な競争社会の見事な縮図である」かのように見えるかもしれないけど、実はずっと「そんな風に戦ったり誰かから奪い合ったりしないで済むのが一番いい」ということを、順に逆に描いている作品だったように、戦うことしか知らなくて、まだ小学生の子供に対しても「いじめっ子は悪だ、悪に立ち向かえ」と詰め寄ってしまうような危うさを持っていた才悟が、"戦わない強さ"をまなぶから教わるという、すごくいいエピソードなんですよ。
REDを選ぶと、才悟の危うさが発動して自分の手でいじめっ子を倒してレアカードを取り返してやろうとまで言い出しちゃうんだけど、そこはエージェントが咎めることで、結局戦うこと・敵を倒すことが全てじゃないということは学べているので、別にどっちかがバッドエンド/グッドエンドみたいな風にはなってないんだけどね。僕は断然GREENが好きです。ジャスティスライドは"平和"のクラスですしね。

『ゼロワン』では、例えぶつかりあうことになったとしても自分らしさや自分の意志を強く持って曲げるなっていう話だったので、そっちはそっちですごく好きだけど、こっちの味わいもなかなか良い。
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