やんまの目安箱

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ドラマ(特撮)、アニメ等の話を中心に色んなことをだらだらと、独り言程度の気持ちで書きます。自分のための備忘録的なものなのですが、読みたい方はどうぞ、というスタンス。執筆時に世に出ている様々な情報(つまり僕が知り得るもの)は特に断りなしに書くので、すべてのものに対してネタバレ注意。記事にある情報、主張等はすべて執筆時(投稿時とは限らない)のものであり、変わっている可能性があります。

仮面ライダーゼロワン 第24話「ワタシたちの番です」 感想

キャラクター

 飛電或人
・或人の功績
今回アークの意思に対抗するために必要だったのは、善意のデータだ。
イズはいつも通りポンコツなので「いつもヒューマギアを助けてくれた」と言ってるが、実際には「助けようとしてくれた」が正しい。他の人が指摘しているように彼が本当に助けることができた個体というのは、数えるほどしかない。
だが必要なのが善"意"ならば、実際に助けられたかどうかという結果は些末な問題でしかない。今は、助けようとしたその"気持ち"そのものが重要なんだから。
もちろん、ヒューマギアを人類の夢だと信じる或人も、いつも肯定的なことばかり言ってきた訳ではない。1話で「AIに笑いは分からないでしょ」と言ってみたり、今回も「いつ暴走するか分からない」と言ってイズを悲しませた。
だが、今相対しているアークは「人間の悪意ばかり偏ってラーニングした存在」である。だとするならば、「善意だけに"偏った"データ」で対抗するのは、至極理に適っていることだと言えよう。助けられなかった個体や否定的な言動には目を瞑り、そうじゃない部分にだけフォーカスする。それで初めて善悪のバランスが取れる。
特に根拠はないとしても、「人類の夢だ」という信念の元にヒューマギアに"優しく"接してきた事実は揺るがない。人が人に優しくすることに善性を見出すとき、「そもそも人は本当に優しくするだけの価値あるものなのか」ということに対する根拠がないのと同じ。今回のキーであるヒューマギアを信頼して任せたという点も、昔の僕なら「でも……」というセリフを"反例"として捉え「信じれてないじゃん」と言っていたと思う。だが人の気持ちってそのようにゼロかイチかではかれるものじゃなくて、信じて寝ていたのも、いざ変身するとなったら少し不安になるのも、どっちも事実なんだよな。片方によって片方の事実が"消える"ということはない。
だからこそ、プログライズホッパーブレードは今まで或人が積み重ねてきたものの集大成として描写され得る。
まぁ正直、ヒューマギア達が口々に「或人社長……」って呟くシーンは理屈抜きに怖かったけどな。
基本的に仮面ライダーに於いて"意志の統一"は"世界征服"を意味する、むしろ憎むべき敵なはずなので。
「意志は統一されてはならないという統一感」を乱す存在としての描写だとするなら、やはり理屈は通るんだけどね。頭がついていかなかった。

(参考:"仮面ライダー"の定義を考える/自然と自由の象徴として)

 

 天津垓
・誰のせいに"したい"のか
或人に「ヒューマギアによって破滅するだろう」とか言った直後にヒューマギアを信頼して痛い目見てる訳なので、まぁ間抜けと言われても仕方ないかなという印象。「或人と違って自分は人を見る目があるから大丈夫」とか、「自分の生み出したアークの力は(或人を暴走させるくらい)すごいから大丈夫」と思っていたのなら、よくある慢心故の隙ということになるのかな。
僕は以前からゼロワンの感想記事にてこの"人を見る目"というワードを出してきた。
飛電(A.I.M.S.)がヒューマギア(ギーガー)の暴走に悩まされるのは、身内であったはずのZAIAが機密情報を悪用していたことが原因であって、技術的なセキュリティがどうこうという話ではあまりない。バンダイの玩具やポケモンの新作などのネタバレと同じで、基本は「リークする奴が悪い」と捉えられてもいいような事象なのだと。
でも「リークするようなやつを身内に引き入れてしまった人を見る目のなさ」という点では、前者を責め得る。みたいな話。
ゼロワンという作品については何故だか「積極的な意思(ハッキング,リークしてやろうといった悪意とも呼び得るもの)を抱いた方」ではなく「それを向けられた方」が責められる傾向にあるが、他の社会問題ではそうでないケースもある。
例えば、セカンドレイプ関連の問題とかね。
「男と2人で酒を飲むなんて性行為に同意したようなものだ」とか「扇情的な服装をしていた方が悪い」とか、そうやって"いわゆる被害者"にも責任の一端があったという話をするなどして、一次的な被害に加え更なる精神的苦痛を与えることをセカンドレイプと呼ぶ。

(参考:被害者の論理(2/3):性犯罪等について)
ハッキングの被害にあった飛電を責める行為は、まさにこれと同じような構造をしている。もちろん今回"騙された被害者"である天津を責めるのも同様ね。
泥棒に入られたのなら家のセキュリティをきちんとしておかないのが悪いし、スリにあったのならチェーンで繋ぐなどしておかなかったのが悪い。暴行も殺人も護身術を学んでおかなかったのが悪い。もっと言えば東日本大震災による被害も、防波堤などをつくる会社が「これくらいの高さがあれば十分だろう」と高を括ったのが悪いし、原発事故もあのような想定外の災害を想定していなかったのが悪い。当然被害を受けた一般市民も、その防波堤や原発の甘さを見抜けなかった本人たちが悪い。

(参考:「虐待もいじめもレイプもされる方が悪い」)
さぁ、あなたはどこまで共感できるだろうか?
何度も言っているように、何かにこじつけて「あなたにも責任があった」とすることは容易い。最終的な"責任の所在"はどれだけ共感を得られたかによって決まるだけで、そこに必然性はない。
僕の両親は宗教的な思想の持ち主で、いわゆる公平世界仮説の信奉者だった。
前回は東京喰種の「この世のすべての不利益は『当人の能力不足』で説明がつく」が最極端であるかのように話したが、多分うちの親のほうが過激派だ。
簡単にまとめるなら「この世界(神様)は公平であり、悪いことをした人には悪い結果が起こる。逆に悪い結果が起きたのなら、それは何かしら日頃の行いが悪かったということだ」となる。
喰種の方はまだある程度の現実的な因果関係に基いているが、この"日頃の行い"という概念はそこを完璧に超越する。
例えるなら「私がいま風邪を引いて困っているのは、私が以前ある人を殴ってしまったからだ」というような感じ。手洗いうがいを怠ったからとかそういう次元では無く、全く無関係に見える事象を原因に据える。
それは極端に言えば、いつだったかゴミをポイ捨てしたからという理由でレイプされることを肯定され得る世界観だ。
確かに、世界は公平だと信じることは無意味ではない。正しく生きていれば幸せになれるのだと無邪気に信奉することで人に優しくできるのであれば、それは意味のあることだろう。少なくとも、正直者は馬鹿を見るからといって他人を蹴落とすよりはきっといい。
でも世界は公平であると信じたいが為に「レイプされた方が悪い」と言い出すことは、果たしてどうだろうか。
僕はそういう家庭で育った。
風邪を引いたり転んで怪我をしたりすれば、必ず「何か悪いことをしたんだろう、白状しろ」と問い詰められる。くしゃみが出るとかしゃっくりが止まらないとか、冬に静電気でしびれたとか、そんなことがある度にいちいち自分の日頃の行いを省みて、何か落ち度がなかったか考えなければならない。もちろん「自分は過ちなどしない」と言い張ることは聖人君子でもない僕にはできないし、何よりそれでは母が納得しない。
僕は何か嫌なことがある度に、「それに見合う悪い子」で"あらなければならなかった"。

(参考:悪者とは弱者である『語ろう! クウガ・アギト・龍騎/555・剣・響鬼』高寺成紀編 感想)
ここまで極端な思想の人はおそらくそう多くないだろうが、我が家という小さなコミュニティの中ではこれが最も共感を集めるマジョリティな価値観であり、これこそが紛れもない"正義"だった。
誰かにとって無関係なことも誰かにとっては関係あると見なし得るし、その逆も然り。
『ゼロワン』というコミュニティで或人が正しいという流れに共感が集まっていることに我々が違和感を覚え得るのと同様、あなた個人やその周りの人というコミュニティで共感を集める正しさもまた別のコミュニティからは違和感を覚えられ得る。
問題となっているのは「誰のせいなのか」ではなく、実は「誰のせいにしたいのか」だったりするのだ。
(参考:一滴の影響/UVERworld

www.youtube.com)・エンジをわざわざマギアにした理由

……僕も気になったので色々考えたけど、そもそも要るかぁ?
元々彼ってただヒューマギアや飛電を潰すんじゃなくてアークに悪意をラーニングさせるとか言う遠回しな方法とってる訳だし、もう「そういう性分の人だから」でいい気がした。少しでも相手を悪者に見せたいというかさ。そんな何十分も悩んでまで解決する価値のある問題だと思えなかった。

 

 ゲスト
・"わざと暴走"は可能なのか
結論から言えば、今回エンジが見事やってのけたと言ってもいいのではないか。アークに触れながらも自分の意思を保ち……というか、ひょっとすると彼は「アークをも欺いていた」のか? アークに「エンジは自らの影響下に下った」と誤認させ、それ以上の干渉(マギア化)をやめさせた。アークへの接続が必ずしもマギア化を意味しないというのは、滅亡迅雷の2人(雷も入れれば3人)が証明している。
マッチにも一応成功の可能性はあったものの、一歩及ばず失敗した。だが欺くことに長けたエンジだからできた……ということならば、それなりに理解できる話ではある。
まぁ、そもそもマッチの話を信用するかどうかという問題もあるんだけど。前回僕が言ったようにマジギレしてアークに捕まっただけなんだけど、それを誤魔化したくて「わざと暴走しようとしたけど駄目だった」なんて言い訳を立てた、と取ることもできる。
今回の前後編(主に海老井周り)ってある種の「恩着せがましさ」みたいなものが根底に流れている気がするんだけど、その感じっておそらくモチーフになっているであろう『美女と野獣』に通ずるものがあるのよね。
「せっかくもてなしてやったのに薔薇を摘むなんて何事だ」と怒る野獣もそうだし、「ベルのために薔薇を摘んだら大変なことになった」と思ってるベルの父親もそう。ベルはベルで「父親のため」と思って野獣の元へ行くしね。
だからマッチがペンギンレイダーの男みたいに「恩着せがましい気持ちを抱いてキレた」という解釈は、残しておいた方が自分的にスッキリするというのが本音。
「どこまでが自分の意思なのか」という最近のゼロワンが扱ってるテーマとも関連してるしね。

 

 

設定

・メタルクラスタサウザーの力関係
初見時にはちょっと違和感を覚えたけど、立ち止まって考えてみると意外と筋は通ってるのかもしれない。
メタルクラスタの力はアークの力であって、そのアークはプログライズキーのデータによって復元されたんだから、対等に渡り合えてもそんなにおかしくはない。アイコンが描写されてたのは全部って訳じゃなかったけど、メタルクラスタも常に100%出してる訳じゃないかもしれないし(ヒロアカで見た理屈)、何よりこの前行ったように勝負である以上はまぐれ勝ちというのも十分有り得る訳で、実力が拮抗しているならその確率はもっと上がる。
・暴走対策(?)
なんでそんな機能ができたのかを考えてみる。「滅亡迅雷のアジトからハッキングについてのデータも入手できたから」だとするなら、14話で雷電によってアジトの場所が発覚した時点で可能だったのではという話になる。あの後すぐ滅亡迅雷からのハッキングというかたちでの暴走はなくなったので忘れてた……というのはあまりに情けないので除外するとして、他に考えられる可能性は「もうひとつ別のアジトがあった」と「アジトとは無関係」の2つ。
後者というのは、要するにエンジがアークを欺くに至ったのを"アークの知能を超えたという意味での更なるシンギュラリティ"と捉えて、そのエンジのデータからアークが生み出すマギアへの対抗策を講じた、という可能性。これなら今回だからこそできた理由になる。
ヒューマギアが人間を超えると言うけれど、人間を超えるほどすごいヒューマギアをつくったのは人間だよねと考えるなら、人間の功績で"も"あると言える。ひょっとすると、スマイルの時に飛電が取った対策とやらがヒントになったのかもしれないし。
どっちの責任かって話もそうだけど、どっちかじゃなくてどっちもすごいってことにしておくのが一番収まりがいいと思うのよね。人間を超えたヒューマギアを分析して今度は人間がヒューマギアを超えるかもしれないし、更にその人間をまたヒューマギアが超えるかもしれない。変に敵愾心を燃やさず、そうやって"切磋琢磨"していくことこそ、是之助がヒューマギアを人型にした真意だと思ってるけど、どうなんだろうね。
とはいえ、どっちにしてもそれだけじゃ「暴走対策」とは言えないよね、普通に考えて。暴走を防げるとは言ってない訳だから。これまでと変わることと言えば、いちいち壊さなくてもいいので飛電が代替え機を用意するコストを抑えられることくらいだろうか。もし購入者が金払ってたならそれは客側のメリットにもなり得るかもしれないけど。
ただ、今回言及されなかっただけで本当に暴走を防げるようになった可能性もある。マギアのスーツを使い回すのにも絵面的な限界があるだろうから、「もう暴走しません」ってことになってもおかしくはなさそう。いや多分ないけど。
折衷案として、「ゼツメライザーによるハッキング暴走は防げるけど、自由意志による暴走はどうにもならない」くらいの塩梅に落ち着くのかな。

 

 

何度か言ってるけど、僕は別にゼロワンが大好きだから脳内補完してまで擁護してる訳じゃないのよね。
単に脳内補完を否定する方向での思考はエグゼイドの時に飽きるほどやったから、加えて僕のTLは叩いてる人が多いから、同じことやっても面白くないのでこっち側に付いてるというだけで。
だからといって心にもないことを書いてる訳ではなくて、それこそ「肯定的な方の自分に"フォーカス"している」ような感じ。
先が楽しみとかあんまり思わないもんな。テーマ的にはもうこのブログでほぼ突き詰めてると思うから、更に深く掘り下げられるとも思えないし。特に好きなキャラとかがいる訳でもないし。
少しでも多く面白いギャグを見せてくれたら嬉しいけど。

 

ゼロワン感想一覧

前話

仮面ライダーゼロワン 第23話「キミの知能に恋してる!」 感想

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