やんまの目安箱

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ドラマ(特撮)、アニメ等の話を中心に色んなことをだらだらと、独り言程度の気持ちで書きます。自分のための備忘録的なものなのですが、読みたい方はどうぞ、というスタンス。執筆時に世に出ている様々な情報(つまり僕が知り得るもの)は特に断りなしに書くので、すべてのものに対してネタバレ注意。記事にある情報、主張等はすべて執筆時(投稿時とは限らない)のものであり、変わっている可能性があります。

仮面ライダーディケイド 2,3話「クウガの世界/超絶」 感想

キャラクター

 門矢士
・「どうやらこの世界で俺に与えられた役割らしい」
…………もしかすると、士ってのは"役者"なのか? ちょうど今やってるジオウの補完計画では、中の人ネタみたいなのもちょこちょこ見られた。しばらくはその線で見てみようかな。
・ところで彼のダメ写真だけれど、詳しくない僕からすると"ブレてる"ように見えるんだよね。写真のブレって、被写体が動いてる時もそうだけれど、撮影者が動いても起こるよね。つまり、士自身がブレてるからこそ起こることなのかな。
・「これと同じだ」
なるほど。ライダーカードは"写心"なのね。多分、士がその世界のライダーと接して、心にそのライダーの心象を強く焼き付けることで使えるようになると。
・「俺も、思い出さなきゃならないことがあるってことだ。まずは、笑顔だな」
こうやって9つの世界を回っていくうちに、自分がどんな奴かというのを思い出して(?)いくのかな。

グロンギの集団と戦っているときの悲痛な声が聞いてられない。これについては敢えて多くを語らず、ぜひそのまま聞いて欲しい。

 

 光夏海
・「笑いのツボ!」
さっき言った"笑顔"と密接に関わってる……はずなんだけど、なんだこれ。人を強制的に笑顔にしてしまうだなんて、いいことなのか悪いことなのか。

 

 小野寺ユウスケ/仮面ライダークウガ

・「俺は自分のために戦ってるだけだ」
五代も一応、無私の存在なんかじゃなく自分のやりたいようにやってる(4話参照)ってことになってたはずなので、ここは原点準拠だね。五代の場合、その"私"のスケールがでかいから公的に見えるだけ。
・ディケイド(その時点での認識では未確認生命体10号)が自分を手伝ってくれるかもしれないと八代から聞いて、笑顔を見せる。どうやらここが今回(以降も?)の臍らしい。つまり、"孤独なクウガの救済"。一条さんという仲間はいたものの、彼と同じ立場で肩を並べてくれる人は、後の小説版を除けばいなかった。劇場版も実現せず、最終回で心を癒やすため旅に出たままどうなったか分からない彼を、擬似的に救うための話(同時に士を理解し得る存在としてのユウスケでもある?)だったように見えた。
・「聞いていた通りだな、悪魔!」
当時は唐突な気がしてたけど、よくよく見てると自分の好きな八代さんを、ゲゲルを終わらせる為とはいえいきなり殴ったことに対して怒ってるように見えた。ちゃんとユウスケのキャラクターに準じててうまいな。しかし、士の言ってた「誰も戦わなくていいようにするため」というのはちょっとよく分からなかった。写心であるはずのカードで士が(少なくとも劇中では)見ていないゴウラムに変形するというのは、このセリフをクウガ本編で補完すると納得できるように、士も本編を(忘れた過去で)見たのだろうか。それともグロンギ語を話せるのと同じ外部者特権とでも言うべきものなのか。或いは単に「俺の代わりに戦わせるっていうのか!?」に、そういう意図も含まれているというだけなのか。

……あ、士が実際に助けてもらったから言えるのか。

 

 鳴滝
・ユウスケにアークルを与えたのも彼であるかのように見えた。彼はディケイドに対するファンの声の体現だと言われているのをよく見かけるけど、ここを見る限りはむしろ"過去作の作者"なのでは?
あと風貌が桜井っぽいのもあって、特に根拠もなく士の未来の姿なんじゃないかとも感じた。

 


設定

・世界によって外装を変える光写真館も士のそれと似ているけれど、『ハウルの動く城』もちょっと思い出した。あれも同じ扉から別々のところに繋がってるじゃない。しかも元は喫茶店だったところらしい。まぁ明らかにポレポレ(に当たるもの)だろうけれど……ちょっとこれも保留かな。

・戦う女性を5人、血を流さずに殺すというルールが示すものとはなんだろう。クウガでの警察官とは、「暴力的に変わったリント」を象徴する存在だった。メスよりもオスの方が戦う傾向にあると仮定すると、"メスまでもが戦う"というのは人間全体がより暴力的になっていることの傍証となり得る。それを示すことで人間がグロンギに変わってしまう"究極の闇"が目覚めるというのは、なんとなく分かる話ではある。ただ出血の有無と言うのがわからない。出血を暴力性の象徴とするのであれば、「暴力を好まぬはずのリントが戦い、暴力の化身であるはずのグロンギがそれをしない」という"混沌"の表現として納得できるんだけれど、殺してるからなぁ。

 

 

理路整然と理解したって気分にはなれないけれど、まぁ分かるところだけ切り取って僕だけの『ディケイド』像をつくるのもまた一興だろう。どうせ全てを知ることはできないんだし、「だいたい分かった」くらいのスタンスで。

 

前話

 仮面ライダーディケイド 1話「ライダー大戦」 感想

次話

仮面ライダーディケイド 4,5話「第二楽章・キバの王子/かみつき王の資格」 感想

 

過去作感想

独りよがりな意欲作『仮面ライダークウガ』 本編感想 - やんまの目安箱