やんまの目安箱

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ドラマ(特撮)、アニメ等の話を中心に色んなことをだらだらと、独り言程度の気持ちで書きます。自分のための備忘録的なものなのですが、読みたい方はどうぞ、というスタンス。執筆時に世に出ている様々な情報(つまり僕が知り得るもの)は特に断りなしに書くので、すべてのものに対してネタバレ注意。記事にある情報、主張等はすべて執筆時(投稿時とは限らない)のものであり、変わっている可能性があります。

仮面ライダージオウ EP24「ベスト・フレンド2121」 感想

キャラクター

 常磐ソウゴ
・「"WILL BE THE BFF"」
夢と現実、オリジナルとアナザー……そしてBFFとKING。表と裏で混沌としたソウゴの内面というのは、まさに「毎年世界的な危機に陥るけれどそれに立ち向かうヒーローもいる」という平成ライダーのそれと同じなのかもしれない。ジオウは平成ライダーの「片付け」が役割なのだという話を白倉さんがしていたけれど、その意味するところは、有り体に言うと"夢オチ"だったりするのかな。これまでの物語はすべてちょっとおかしな高校生・常磐ソウゴの空想の産物だった……と。そして16話辺りで言ったけど、ソウゴには"作者"が投影されてる節がある。となるとウォズはあくまで語り部ってことになるのかな。

 

 明光院ゲイツ
・"救世主"と言われると僕は3という数字から連想できるものが三位一体だけに限定さてしまうんだけども、正直あんまり関係なさそうなんだよな。あるいは三位一体も"3"にこじつけたものであって、根本的に3という数字が持つ(人が見出す)性質こそが重要なんだろうか。

 

 タイムジャッカー
・役者さんのインタビューにて「仲間とは限らない」という話が出てたけど、まさにそうだったね。それぞれが擁立した王によって自分の望む未来をつくりたがってる訳だから当然といえば当然なんだけど、だとすると今度は逆に何故一緒にいるのかが不可解。前にも話したけど、関係としては龍騎におけるライダーと同じだよね。ジオウを倒すために一致団結……って様子もあまりない。なんなんだろう。

 

 アナザーキカイ
・「ウールを触媒にすれば安定する」という理屈がよく分からんかったのだけれど、要は"仮面ライダーの力"はタイムジャッカーであるウールに限らず、誰かしら"変身者"がいないと安定しない、という話なのかね。確かに(人間的なキャラクターからの)"変身"というのは仮面ライダーにおいて重要なファクターである気はするけれど……。
明確に変身が描かれなかった仮面ライダーとしてはオーディンなんかが真っ先に思い出される。でもあれも一応神崎士郎ではない誰かが変身してるっぽい感じだったので、よりこの条件に合うのは仮面ライダーコアだろうか。とはいえ、ジオウは「過去のクロスオーバー」を度外視しているらしいのでこれは反例にならないかもしれない。ライドプレイヤーが仮面ライダーなら、忍者プレイヤーもそれに当たるかも? でもライドウォッチ投票では仮面ライダーとして認められてなかったんだよな(ちなみにコアとライドプレイヤーはいた)。
まぁ、そもそもウールなしのアナザーキカイが不安定だったというのもあまりピンとこない話だし、コアもジオウ解釈的には(比較的)不安定だったということには十分できそうだけども。
ところで、これに似た現象を僕は知っている。いわゆる"春映画"だ。このブログの主としての僕はまだひとつも大戦映画を見たことがないという設定だけれど、一応何度か見たことはある。僕の想像では、彼らは概ね"仮面ライダー"という商業的キャラクターとしての側面が大きくて、物語的キャラクターである変身者とは必ずしも一致しないし、しなくても良い(断っておくがこの2つは別に対立構造ではない)。
例えば、仮面ライダーのように"物語"を持たないキャラクターというのはそれなりにいる。ライダーとリンクさせるために玩具について言うならば、例えばもじバケるやワーディアン、最近出たマシンロボデュエルなんかは、食玩で展開された(ほぼ)玩具のみで成立している"キャラクター"だ。TFなんかも、劇中再現を追求というよりは玩具オリジナルなベクトルが多い印象かな。
逆にメディアミックスがない(少ないまたは主ではない)、物語のみで成立しているキャラクターもいる。うーん……桃太郎とか? まぁ仮面ライダー的な文脈で言うならば、玩具に類するグッズがない(なかった頃の)物語のキャラクターということでよい。
また少し特殊な例として、リラックマが挙げられる。その名前やかわいらしい容貌はかなり有名なキャラクターだが、彼の"物語"を知っている人は意外と少ない。僕の知っているそれ(『リラックマ生活』より)をざっくり説明すると、カオルさんというOLの家に突然現れ居候を始めたリラックマと、カオルさんの飼い鳥であるキイロイトリの生活模様……である。リラックマが端的に言って"ヒモ"だということを知っている人は、少なくとも僕の周りにはなかなかいない。彼は"変身"するのだ。
なんかちょっと話逸れてきた気がするけど、要するに言いたかったのは、ここで言われている"不安定さ"というのは、春映画について一部の人が感じる"物足りなさ"と似たような概念なのではないか、と。補完計画の言を借りれば、ライドウォッチ(アナザーウォッチ)はビルドという"番組"を消し、ビルドというガワはアナザーやアーマーとして(かろうじて)残る。ウォッチの精製に必要なのは、ライダーの力そのものというよりは"物語(の記憶)"なのかもしれない。それならば、返し縫いのように一度物語が完結してからタイムジャッカーが介入するのも頷ける。
ついでに言えばミライダーのベルトもきちんと予約開始しましたね。

玩具についての雑談(2/2):変身ベルトは特殊なおもちゃ

 

 

平成ライダーというのはソウゴが孤独故に生み出した妄想であって、そのソウゴが友達を得て平成ライダーの存在意義がなくなることがジオウの着地点なのかな。平ジェネFOREVERも、超ざっくり言うとアタルが現実逃避をやめる物語だったし。
僕は西尾維新の『少女不十分』という作品が好きでね。最近だと『ラ・ラ・ランド』も近いかな。こっちは感想書いたのでぜひ。

夢への寄り道と現実回帰『ラ・ラ・ランド』 感想

そう考えていくと、1話冒頭の演出も視聴者にソウゴと同じ視点を与えてるようにも感じてくる。僕らもソウゴと同じ、現実逃避の民なのだと。

 

次話

仮面ライダージオウ EP25「アナザージオウ2019」 感想 - やんまの目安箱

 

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