やんまの目安箱

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ドラマ(特撮)、アニメ等の話を中心に色んなことをだらだらと、独り言程度の気持ちで書きます。自分のための備忘録的なものなのですが、読みたい方はどうぞ、というスタンス。執筆時に世に出ている様々な情報(つまり僕が知り得るもの)は特に断りなしに書くので、すべてのものに対してネタバレ注意。記事にある情報、主張等はすべて執筆時(投稿時とは限らない)のものであり、変わっている可能性があります。

仮面ライダー龍騎 5,6話「骨董屋の怪人/謎のライダー」 感想

キャラクター

 城戸真司
・「戦い戦いって……仕掛けてるのはお前じゃないのか?」「同じライダー同士なんだしさ、話し合って協力すればいいんだ」
真司はまだライダーとしてひよっこだから甘い……というよりは、どちらかと言うとまだライダー同士の戦いって文化に慣れていないから、視野が広いって言う風に見えた。もしかすると、これまでの"仮面ライダー"というイメージのせいで龍騎の世界に入り込めない人のための緩衝剤としても機能しているのかもしれない。
・「けど……あんたのことは許せないと思う。戦わなきゃいけないと思う」
大きな目的に向かって(いると信じて)ある種の惰性で動いている蓮や須藤と違って、自分を突き動かす理由(大義名分)がない故に、行動するにあたって"動機付け"が必要になる。もしかすると毎度変身後に「っしゃあ!」と気合いを入れるのもそういう意味があるのだろうか? ただ疑問なのは「何にでもすぐ首を突っ込む」というキャラ設定と噛み合っていないこと。真司がグズグズしている間に結果として須藤は死んでしまったし、どういう意味なのかはかりかねる。

 

 秋山蓮
・蓮が加賀のことをシザースだと思っていた根拠があまり強くなくて、シザースの正体で引っ張る必要性を感じなかった。
・「戦い続けることだけが、神崎士郎へ近付く道だ」「そのバカなことにしか賭けられない人間だけがライダーになる。戦って生き残ることしか考えてない」
このセリフは何気にかなり重要。神崎士郎が意図的にそういう人間を選んでるんだろうけど、だからこそライダー同士は戦うし、戦う気満々のやつが襲ってきたら、今回の真司のようにその気が比較的ないやつでも戦わざるを得なくなる。
・「そいつが許せないから戦うんじゃない。仮面ライダーだから戦う、理由はそれだけでいい」
"仮面ライダーだから戦う"……思考停止とも言うべき態度。前述の通り、ライダーバトルに賭けるしかない境遇の人間が、同じくライダーバトルに賭けるしかない境遇の人間と鉢合わせれば、戦うしか道はない。神崎士郎のねらいもおそらくそこにあって、かつ蓮もそれに自覚的で、だからこそ深く考えるのをやめてとにかく目の前の敵を倒すことに専念することができる。悩むことから逃げているとでも言おうか……そんな感じに見えた。真司に対して「仮面ライダーになるべきじゃなかった」とか言うのも、真司が自分の決意を揺るがしかねないと思っているからで、でも本当はきちんと悩まねければならないとも思っていて、そこで知らず知らずのうちに揺れている結果としての煮え切らない態度(真司からデッキを取り上げる訳でもなく、かと言って倒す訳でもなく、なんとなく付き合う)なんだろうと思う。

 

 須藤雅史
・キャラクターとしては何の変哲もないただのクズ。ライダーバトルへの導入としての役割を果たし死んでいった。あと、蓮がこの須藤と自分を同レベルの存在だということにも結構意味はあったかな。

 

 

「花鶏はおばさんが帰ってくるまで閉めてるのでは?」という点は気になったけど、大筋は悪くない。
龍騎仮面ライダーは、敵ライダーと戦うにしても必ず変身する時に「自分と向き合う」のが良いよね。善vs悪じゃなくて、あくまでも自分との戦いなんだよな。

 

次話

仮面ライダー龍騎 7,8,9,10話「新種誕生?/4人目ゾルダ/真司が逮捕!?/ナイトの危機」 感想 - やんまの目安箱