やんまの目安箱

やんまの目安箱

ドラマ(特撮)、アニメ等の話を中心に色んなことをだらだらと、独り言程度の気持ちで書きます。自分のための備忘録的なものなのですが、読みたい方はどうぞ、というスタンス。執筆時に世に出ている様々な情報(つまり僕が知り得るもの)は特に断りなしに書くので、すべてのものに対してネタバレ注意。記事にある情報、主張等はすべて執筆時(投稿時とは限らない)のものであり、変わっている可能性があります。

サイトマップ・カテゴリ整理

はじめましての方はこちらをどうぞ。記事数だけは無駄に多いので、索引的なものです。

 

エッセイ

 Twitter等で見かけた話題について、何か思うことがあったら書くカテゴリ。メインコンテンツである作品の感想とは読む層が違いそう。

 

特撮

ほとんどの記事にはこのカテゴリがつくと思う。仮面ライダーはメインコンテンツなのでカテゴリだけでなく総括記事のリンクも。

戦隊とウルトラマンに関してはほとんど知らないと言っても過言じゃないので、やるかやらないか、続くか続かないかは未定。

戦隊

――ルパパト

仮面ライダー

―――大自然がつかわした戦士『漫画 仮面ライダー』 感想

――クウガ

―――独りよがりな意欲作『仮面ライダークウガ』 本編感想

――アギト

―――クウガへのカウンター『仮面ライダーアギト』 本編感想

――龍騎

―――終わりのない戦い『仮面ライダー龍騎』 本編感想

――555

―――混沌への挑戦『仮面ライダー555(ファイズ)』 本編感想

――

―――運命のマッチポンプ『仮面ライダー剣(ブレイド)』 本編感想

――響鬼

―――鬼はそと、福はうち『仮面ライダー響鬼』 本編感想

――カブト

―――現代の童話『仮面ライダーカブト』 本編感想

――電王

―――手繰り寄せ進む『仮面ライダー電王』 本編感想

――キバ

―――綺麗な物語から汚い現実へ『仮面ライダーキバ』 本編感想

――ディケイド

――エグゼイド

―――手品のような作品『仮面ライダーエグゼイド』 本編感想

――ビルド

―――どこまで本気か分からないギャグ作品『仮面ライダービルド』 本編感想

――ジオウ

―――仮面ライダージオウ レジェンド編(1〜16話) まとめ感想

――ゼロワン

 

まとめ感想

 各話感想を全部読むとか相当な暇がないとできないっていうか自分でも読みたくないんで(僕としては、自分が全話見返そうという時におまけとして同時進行で読むのを推奨したい)、1つの作品を通しての感想はこのカテゴリにいれます。映画や小説なんかも"1つ"と数える。後はクール毎の感想とかも一応ここ。僕の感想の要点となる記事とでも言おうか……これらがコアメダルで、各話感想とかはセルメダルって感じ。"毎日更新"の満足感を得たいが為に書いてるみたいなとこあるからね、各話感想は。

あ、各話感想というのは、数話単位でより具体的で細かな感想を箇条書きにしたもの。記事タイトルに何話とか書いてあるのがそれ。ライダーのカテゴリどれかに飛べばズラっと出てくるはず。ほぼ毎日、書き溜めたものを作品順にローテーションで(例:クウガ1話→アギト1話→龍騎1話……)公開していってます。

 

雑記

いつもはTwitterで色んなことをぼやいてるんだけど「記事にするほどの文量にはならないな」と埋もれていくツイートもある。そういったツイートを脈絡なく貼って残しておくのがこのカテゴリの記事。過去に書いた記事を補足するような内容だったり、記事にはしないような珍しい話だったりが読めます。

 

書籍

多分小説版仮面ライダーが主となるだろうけど、一般の小説やその他の本についても時々書く。後は、おすすめの本について話した記事なんかもこのカテゴリに入れる。

 

映画

こちらも主にはライダーの映画について書くことになると思う。ライダーが落ち着いたらいろいろ見ることになるんじゃないかな。

 

アニメ

ここについては考え中。もしかするともう更新しないかも。あ、アニメ映画はこのカテゴリに入るか。

ヘボット!

 

ドラマ

昔見て気に入ってたドラマをいくつか見る予定。最近物語ってのが何なのかってことを考えてるので、「子供/大人向け」みたいなうるさい枠を付けられない普通の作品も見たい。

JIN-仁-

トクサツガガガ

 

玩具

その名の通り、玩具について話す記事のカテゴリ。いわゆるレビュー的なことをするときもあれば"遊び"について考えたりもするかもしれない。この辺はまぁ気分次第。

仮面ライダージオウ EP38「2019:カブトにえらばれしもの」 感想

キャラクター

 常磐ソウゴ
・同時変身というのが今回のウリだったはずで、それが一体何を意味するのかというのをずっと考えていたのだが、やはりカブト編ということもあって「共立ち」とするのが一番収まりが良いだろうか。例え対立しても、同じ仮面ライダーとして、或いは生きている者として、ともだちなんだと。

 

 ウォズ
・ギンガファイナリーは他ライダーの力を借りない純粋なパワーアップ(ジオウⅡ,ゲイツリバイブ)じゃないから目が水色じゃなくなっちゃうんだよな。それだけじゃなく、黄色なのでゲイツと被る。ワクセイは水色で、タイヨウは赤だけど。
他ライダーによるパワーアップといえばディケイドか。あれもキバと違って話題になってるの見なかったけど目の色が変わってる。破壊者繋がり? それとも通りすがり繋がり? 見上げる星〜♪
あと、他のミライドウォッチと違ってギンガの顔がどこにも描かれていないのも気になるんだよな。やはり"わたし"の不在? それを踏まえて思い返すと、レジェンドウォッチにはアーマータイム後の顔がどこにも書かれていないな。この辺は玩具について考える記事を別で書く予定だけど。
・「変身」"HENSIN"「キャストオフ」"Cast off"
響鬼が言わなかった反動か、カブトは二度繰り返すんだよな。ウォズとの関連を疑う。

 

 加賀美新
・仮にもレジェンドがあっさり捕まって、そのせいでウォッチを奪われる展開というのは文句が巻き起こりそうだなと思ってどんなケアがなされてるのか見返してみた。が、特に何もなかった。ソウゴとウォズが宇宙に気を取られている間に2対1でやられたのかとも思ったが、普通にパンチホッパーに負けたらしい。"ヒーロー性"を重視する人からは受け入れがたいことだろうな。今回のテーマを考えるとそれほどおかしな描写ではないんだけれど。
・「お前がそんなでっかいやつだからこそ……俺はお前を超えたいと思ったんだぞ!」
天道と加賀美は違う、の反対の意味になるセリフがなかったかと考えて、これを思い出した。ここからは加賀美が天道を目標にしていることがうかがえるし、この文脈に沿えば加賀美がカブトになろうとするのは強ち変でもないかと思った。
・選ばれしカブトと、選んだガタック……?
加賀美はカブトに変身しても加賀美でいられるけど、(僕の中の)天道は誰かにカブトに変身されたらアイデンティティが危うい気がする。
ひょっとすると"カブトは天道にしかなれない"のではなく、"天道がカブトにしかなれない"のかもしれない。なれたとしてもゼクトルーパー程度。そういう意味で僕の加賀美カブトへの嫌悪感は、やはり加賀美ではなく天道を否定された寄りの感情なんだよな。
あいつが持ってるのは"強さ(太陽)を演じられる強さ"であって、それはカブトの力と重なるところが大きい。生身でアクションしてるとこって1話の特訓を除けば殆どなかったし。
でもそれは加賀美も同じで、才能はそこそこあれど決して完璧とは言えない。本編終盤では天道を信じきれないし(僕はこれ「えぇ……」ってなったけど)、キックホッパーに負けることもあるし。それでも一人の小さな人間として、何度負けても立ち上がり戦おうとする姿は、先程言った天道のそれと通ずるものがある。
他者のために自分を変える(変身する)、"天の道"を往く者と言えるだろう。
それに天道がカブトゼクターを寄越したのだとしたら、画面の外でカブトに依存しない確固たるアイデンティティを確立したのかもしれない。僕の中ではまだちょっと危うかったというだけで、本編内でできてると言われたら多分そうなんだろうけど。

 

 矢車想/アナザーカブト
・彼がアナザーカブトになるの、分かるような分からないような微妙な感じ。
彼のザビー時代を見返したけど、「俺が俺でなくなってしまう」のが怖くて行動した結果「自らの道を外れ」るというの面白いな。この前見たときはあんまり注目してなかったみたいだけど。
誰だったかも詳細も覚えてないけど、「私は普段それについて知っているが、それについて尋ねられると途端に分からなくなってしまう」みたいな言葉あったじゃない。そんな感じ。
「自分らしさってなんだ?」なんて気にしていないときのほうがかえって自分らしいみたいな発想。

youtu.be

アイデンティティ不安に陥るのも含めて自分ではあるんだろうけどもね。
そういう意味で後半の矢車って、後者的なニュアンスだな。
自分らしさを捨てたからこそ強烈な個性を手に入れた者、か。
なるほど、そこは天道と同じだ。
・「地獄兄弟は兄弟じゃない」というのは、「スコルピオワームは剣じゃない」とニアリーイコールの意味を持ってしまう。でもじいやや天道たち、そして僕ら視聴者にとってはあいつこそが"剣"だし、多分地獄兄弟の二人にとっても互いは"兄弟"なのだろう。
こう書くと、響鬼編の文脈に沿ってるな。「誰もが誰かにとってのヒーローになり得る」の拡張としての、「誰もが誰かに擬態できる」。
京介に続いて加賀美までが変身したことを「ワンパターン」と非難している人も見たけど、そこで今の僕のように「筋が通ってる」とはならないのは、ジオウはクソという結論が最初にあるからだろうか?
・「笑えよ……。誰か俺を笑ってくれよ」
ここの矢車はうまく言えないけど、すごくポジティブに見えたんだよな。

ここに書かれている通り夕日の効果もあるのかもしれないけど、"笑え"ってワードから、真っ先にクウガの「みんなに笑顔でいて欲しい」を連想したのよね。流石にそこまで陽性に振り切れた意味ではないけど、自分の無様さで誰かが笑顔になれるなら少しは報われるんじゃないか、みたいなニュアンス。もちろん「誰か俺を笑ったか?」と言いながら襲いかかる様子と矛盾するのは重々承知しているが、その上で尚そう見えたんだから仕方ない。
更にそれを踏まえて見返すと「お前は俺の兄貴なんかじゃない」というのはむしろ剣編と同じく"解放"のニュアンスにも思えてきて、だんだん解釈が明るくなっていく。笑えよ、矢車。

 

 

設定

・「関係ないとは言い切れない」
仮面ライダーギンガは4/1に存在が発表されて、劇中内時間で5月に入ったであろう35話に登場した。これは改元とほぼ相似形をなしている。ジオウは"平成ライダー"である以上、令和になったならば滅びなければならないということだろうか? 宇宙(外側)から飛来するという点も物語外にあるメタな現実を彷彿とさせるし、この解釈でほぼ間違いはないだろう。
元号は基本的には天皇の交代とともにされるらしく(と言っても一世一元と定められたのは明治の頃だそう。元々そういう習慣はあったがその他の改元理由がなくなったというだけなのだろうか)、天皇とは何かを遡るとアマテラスの子孫ということになっている。またこのアマテラスの兄弟がツクヨミスサノオである。というところまでしか分からないんだな。仮面ライダーを読み解きたいだけなのにどうしてキリスト教とか仏教とか記紀神話とかを調べなくちゃいけないのか僕にはほとほと分からないんだが、教養にもなるし調べたい。カブトの感想記事(リンクは下にあります)でも似たようなことを言ったが、"子供向け"というのは深過ぎる。誰か代わりに読み解いて教えて。
・今更感ある話だけど、これまでタイムジャッカーは「オリジナルの力を奪ってアナザーライダーを生み出してる」と思ってたのが、オリジナルが消えないとなると崩れるんだよな。単なる遠隔模倣ととればいいのかな。アナザーウォッチとレジェンドウォッチが共存していた以上、不可能なことではないはず。
・それはそうと「見落としてること」にも関係あるかもしれない話だけど、アナザージオウから連なる2019のアナザーライダー達は、元となるウォッチが「既にある」ものとして描かれているのよね。それまでのようにオリジナルから奪うなどしてブランクから変化させる描写が何故か揃ってひとつもない。ただ定着したからカットしているだけともとれるが、カットと言ってもピキーンと鳴って変化するだけの数秒の話なのでなぁ。1期が全部そうならディケイドに関連があるかもと睨んだだろうが、ファイズは違うんだよな。
・「カブトがジオウという番組を乗っ取る」というのは、「ワームに自分の居場所を奪われる(なりすまし)」という不安と合致する。
勝手な想像だけど、仮に子どもたちは仮面ライダーがチャンバラやってれば楽しいものだとするなら、擬態も乗っ取りも容易にできるよな。積み上げてきた愛着はこれから積み上げればいいだけだし(カブトを知らない子供たちからしたら新番組と大差ない)。
少なくとも僕はディケイド〜オーズあたりまでストーリーやキャラクターを意識したことはほぼなかった。
変身前の記憶って、前にも言ったけど唯一剣崎が伊坂に捕まってCTスキャンみたいなのされるシーンだけで、他は全然覚えてない。あと「ディケイドが他と比べて短い」というのも後年になってから気付いた。途中で他の番組にすり替わったとしても、気付くことはなかったかもしれない。
・「奴らは隕石を止めようとしているが無理だ。お前の力がなくてはな」
皆さんは覚えておいでだろうか、ジオウ補完計画。その1.5話にて、王とは"神と人を繋ぐ門"だと言われている。
これは歴史が好き(教員免許も持ってるらしい)なカウンセラーさんからの受け売りなのだが、先述した天皇のように時の為政者たちは、自分の権力に説得力を持たせる為にしばしば物語(神話)をつくったという。王は神の名の元に力を得るのだ。
ちなみにこの関係はまさしく物語の制作陣ともリンクしたりする。16話辺りの感想(ジオウEP15 感想)でも似たような話をしたが、例えば白倉さんの持つ権威(という表現が気に食わなければ"叩き甲斐"と言ってもいい)というのは彼が作り上げてきた物語(の評価)に支えられており、物語は白倉さんから力や命を与えられ、白倉さんは物語から権力を貰う。この2者は互いに依存している。
これらのことから、僕が過去にやたら固執していた「すべて常磐ソウゴの手の内説」とでも言うべき解釈は、スウォルツやSOUGOの暗躍が明らかとなった現在でもそれなりに説得力を持ち得るものだと言える。"どちらのせい"とかそういうことではないのだ。
なんでも好きなように選べる、選ばれしものならば。
ちなみにそうだとすると、今回は天道とソウゴの2人が自分以外の人間に"太陽"の力を預けたという構成になる。「一体自分以外誰の強さ信じられる」?
・カブトゼクターがライドウォッチになる描写がとやかく言われてた気がするんだけど、何がどういうことなのか全然分かってない。いつも通りじゃない? 変身アイテムが消えてライドウォッチが生まれる。アギト編では逆にライドウォッチが消えて変身ベルトが出てきてた。
……あぁ、ブランクウォッチはってことか。なるほど、それなら「ウォッチだったものがゼクターになってて、それが戻った」っていうややこしい解釈が必要になるのもやっと分かった。
そもそもブランクウォッチ自体がどこからともなく現れるものだから、僕はそれなしでウォッチ化してもそんなに違和感ないけど。

 

 

ウォズが「カブトの力は宇宙の力」と言っていたが、これを踏まえるとなるほど、前回のキバ編の話を発展させてるんだな。
隕石の落下とは外部からの加害を指し、その力を使うことは傷を受け入れることを意味するという話を前回した。
アナザーカブトたる矢車の態度は俗にヤケクソとか開き直りとか言われる種類のものであり、これも確かに一種の"傷の受け入れ"ではある。ただしこの方法は成長を伴わないことが多い。
対して加賀美はソウゴとの会話で、今のままでも立派な戦士である≒カブトになる必要はないと自分を肯定することで本物のカブトへと変身する。やはりよくできた構成ではある。
……僕は付いていくぞ。

 

 

過去作感想

現代の童話『仮面ライダーカブト』 本編感想

玉座を空ける『劇場版 仮面ライダージオウ Over Quartzer』 感想

※ネタバレには配慮しません。

観ました。『平成ジェネレーションズFOREVER』のときと、ほぼほぼ同じ感想を抱いた。「だよね、分かる」と。
抽象的なことは概ね過去記事(大自然がつかわした戦士『漫画 仮面ライダー』 感想)に書いてあるので、今回は映画にしては珍しく各話感想のフォーマットで、どちらかというと具体的に書こうと思う。

あ、上の2つのリンクは下にも貼ってあるのでこの記事読んでから飛びたいなって人はご安心を。


キャラクター

 常磐ソウゴ
クウガ〜ビルドの強化フォー厶集合、あれらを"最強フォーム"と呼ぶか呼ばないかで議論が巻き起こっている。自分の中で。
そういう簡単な言葉で括らずただ「あそこにいたライダー達がバールクスを相手に選んだフォーム」とするのが映画全体のテーマにはあってるんだけど、あれを"オーマフォームの能力"と捉えるならば当初のクォーツァーたちの舗装計画をも肯定するフォームなので"最強フォーム"と整理するのが自然なのよね。
"枠に収まらないのが仮面ライダー"だとするならば、ジオウの枠に収まらない者たちの象徴として本編後のVシネマ限定フォームとかを1つくらい出しておくのがいいと思うんだけど、それをしないのはやはり、枠に収まらないはずの仮面ライダーを枠に収めてしまう存在として"ジオウ"があるからなのかな。


 ウォズ
・「私は君と似た者同士らしい」
ゲイツ「だからそう言ったろ」
僕はThe Firstのあのシーンが大好きなんですけど、ゲイツとウォズがそれを再演してて、そこが今回の映画で一番盛り上がったかつ気に入ってるところ。最高。
ホッパーたち本人が出なかったのも、別に悪いことじゃないんだよな。それこそ一見網羅してるように感じられてしまったら、平成ライダーという概念が"テレビ本編群"じゃなくて"OQ出演群"にスライドするだけになってしまう危険性があるので、"OQの画面にも収まらない仮面ライダー"はいる必要がある。

 

 常磐SOUGO/仮面ライダーバールクス
・"常磐SOUGO"が邊土名ISSAと相似形だって言ってる人、今のところ見てないんだけどみんな自明だから言ってないだけ? クォーツァーは平成ライダーを編纂する"作者"ポジなのでペンネームみたいなものだと考えるのが自然な気がするけど、どうだろうな。ソウゴもカタカナで意味が抜けてるからな。
・「俺が舗装してやる」みたいなこと言ってたから明らかに舗装した道を歩く誰か(設定も世界観もバラバラだと文句を言った人)が更に向こうにいるはずなんだけど、劇中では視聴者のことにしか触れられてなかったよね。どちらかと言うと制作者サイドの方が、僕はしっくりくるんだけど。
仮面ライダー見てると"変身"という行為の意味について疑問に思うことがあるんだけど、今のところ「戦うという意思表示」というのが一番しっくりきてて、変身なんかせずにずっと作者ポジに収まってればウールやオーラのように自分が"負ける"こともなかったろうに、わざわざリングに下りてきたんだよな。
それが彼らの"仮面ライダー"たる所以なんだろうけど。

 

 クォーツァー
・結局序盤のザモナスは何が目的だったんだろな。蘭奢待ぶっ刺した十字架を盗んだけど、その手順がドライブの歴史を消すのに必要な気が全くしない。
考えられる可能性としては当たり前の話だけど2つで、「ドライブの歴史を消す以外の目的がある」と「ドライブの歴史を消すのに実は必要」のどちらか。あとは「なんとなく」とか。
……あー、なるほど。今回で言うと長篠合戦図屏風がいい例だけれど、ジオウの時間解釈では、歴史改変が確定するよりも先に改変による影響が現れがち。ブランクウォッチを渡してないのにライドウォッチ持ってたり、まだゲイツリバイブになってジオウ倒してないのに白ウォズやミライダーたちが現れたり。
この性質を逆手に取ると、「2019年に十字架など存在しない」という結果をつくることで「十字架が生まれるのに必要な出来事が起こらない」、すなわちドライブの歴史を消すのが成功する確率が上がるのかも。
誰にも観測されずにジオウ世界外に神隠ししてしまえればよかったんだけど、できなかったから普通に「クォーツァーに盗まれたからなくなった」という辻褄合わせになったのかな。
何故観測されてもなお盗ったのかを考えると、ジョウゲンがそこまで理解してなかったか、駄目元?

 

 詩島剛
・いつものジオウのやり口だけど、今回の映画は"ドライブ編"として見てもきちんと成立するように構成されてるよね、たぶん。
うろ覚えで申し訳ないけど、大まかな構図としては「人間をロイミュードにして"管理"しようする蛮野≒クォーツァー」。
剛自身も元々は「ロイミュードは全部悪だからひとつ残らずぶっ潰す」っていう"括る"側の人間だったけど、過程は覚えてないが結果的にはチェイスと打ち解けて認識を和らげたキャラクター。
・細かいとこだと、先に変身音が鳴って後から「仮面ライダージオウ〜」と一緒に「ライダー、マッハ!」が流れたの印象的だった。以前ディケイドを除くと変身時に名前が鳴った初めてのライダーがドライブだって話をしたけど、この辺も意識して映画で扱うことになったんだろか。
前にどこかで言ったか忘れたけど、デッドヒート(ドライブ+マッハ)とか超デッドヒート(ドライブorマッハ+チェイサー)とかチェイサーマッハとか、"仮面ライダーの力"を自覚的に扱ってるフシがあるんだよね。
例えば鎧武がバナナアームズになることはあったけど、バロンアームズってのはないじゃない。フィフティーン鎧武アームズってのはあったけどクロスオーバー映画でやるのと本編でやるのとじゃ意味が違う。良くも悪くも2次創作っぽいんだよな。
そういう意味でジオウとの親和性が高い。

 

 木梨猛/仮面ノリダー
・G4で本郷猛(?)が出てたの思い出した。僕はあんまり知らないけど、中の人はよく見る顔なので雰囲気あってよかった。

 

 牛三
・こいつなー。キーマンなのは分かるけどそれ以上のことが何も分からない。名前が明らかに丑三つっぽいのは分かるけどだからなんなのかもよく分かんないし。妖怪変化との連想で言うなら牛鬼だろうけどこれもピンとこない。魔除けの赤べことかの方がまだしっくりくる。
・あとさらっと(永禄?)元年生まれって言ってた気がするけど、これにもなんか意味あるんだろか。


設定

・ただ名前の読みが同じというだけでウォッチの所有権移っちゃっていいのかとも思ったけど、ウィザード回があると考えたら分かる理屈。
ドライブウォッチよりもウィザードウォッチの方が分かりにくくて、「まぁよしとしよう」の一言で済まされてるんだよね。あの回はゲイツ自身「導かれたままに動いた」って言ってたから、それでソウゴの手の内にあるって解釈なんだよな、多分。それを応用すればいい。

 

 

今回もFOREVERの時と同じくちょうど対象年齢ストライクゾーンの子供の感想が聞こえてきた。
保護者の方が楽しかったかと訊くと、「あんまり」だそう。リュウソウジャーの方の感想である可能性もあるが僕が同意見なのでジオウだと仮定して使わせてもらう。
正直ね、テーマはすごく押し出されているんだけど、理屈重視な感じというか、言うほど無茶苦茶やってなくね? という印象。テーマとか関係なくただ見てるだけで楽しい部類の映像作品だったかというと、最近牙狼の配信を見てるのもあってか物足りなかった。

大前提として、娯楽作品の目的っていうのは設定を守ることでも破ることでもなくて、客を楽しませる(ことで利益を得る)ことなんだよね。設定を無視されると楽しめない人がいるのも事実だし、逆に設定にとらわれて小さくまとまってもつまらないと思う人がいるのも事実。
そういう意味では"懐の深い設定をつくる"というのがちょうどいいバランスで、本編のジオウなんかはいい感じにそこをうまく付いていて大好きなんだけど、この映画はあんまりそれを活かせてなかったような気がする。
ウォズ死んでゲイツツクヨミ消滅して……みたいなのも雑過ぎて、矛盾とか云々の前につまんねぇなって。むしろ僕は理屈にはあってると思ってるし、テーマとも合致してるからあって不自然とは思わないんだけど、だからやっぱ理屈先行な感じがするんだよな。
ここを「醜くても(理屈に合わなくても)いい」ことの代表として扱ってる人も見かけるんだけど、それもそれで嫌いなんだよな。僕には牛三のエピソードで出た"脚色"の文脈で、実際は瀕死だったとかそもそも死にそうになんてなってなかったとかそういうことだと思ってるよ。ソウゴの夢現実化能力のせいってことにしてもいいし。

今回のこのテーマって可理解性が低くてバカでも簡単に扱えるので、他のややこしい理屈を使えばもう少し解像度高く理解できるものも、全てぼんやりと"均して"しまうんだよね。
少なくとも僕にとって「凸凹でもいい」はあくまでも最終手段……どうしても理屈に合わないはみ出し者をそれでも存在肯定するためのセーフティネットであって、「理屈は気にすんじゃねぇ」という暴力的な圧力では決してない。
セーフティネットというのは理屈に合わないはみ出し者の観測対象にとってもだし、理屈の分からない観測者にとってもであるのは事実なんだけどね。
「ジオウの時間移動はややこしくて分からない……でも違和感があってもいいんだ」と楽しめる余地を生み出すためのもの。
だから、理屈が気になる人はいつも通りその視点から楽しむ努力をすればいい。それを放棄するのはもったいない。だって人生は以下略。

今回ウォズが語り部を降りて、SOUGOも玉座から引きずり降ろされた。ソウゴは"自分のなりたかったもの(≒みんなを幸せにする者)"という意味では確かに"王"になったけれども、彼はあくまでルーラーではなくプレイヤーとして、瞬間瞬間を必死に生きるのみ。
これが何を意味するかというと、玉座に座る者の不在……いや、強いて言うなら映画館の座席で本作を見る我々一人ひとりこそがそれだろう。
解釈・整理し、まとめるもよし。自分の手には負えないと諦めてただ受け入れるもよし。受け入れず否定するもよし。
各々が自分自身の支配者として君臨し、矛盾を孕みながらも自由に生きられる。

Let it be.

 

86ma.hatenablog.com

86ma.hatenablog.com

86ma.hatenablog.com

86ma.hatenablog.com

令和仮面ライダーゼロワン 制作発表記者会見 感想

ついに発表されましたね、ゼロワン。
僕はネタバレを見ちゃってますが、ここで綴るのは既に公表された情報に限り、その他の部分に関しては触れない、或いは知らないふりをするつもりです。その上で、僕のとぼけ術を信用できずはっきりとは書かれていない何かを察してしまうのが嫌な人は、ここで読むのをやめることをおすすめします。


第一印象は「大森さんの作品≒ドライブ,エグゼイド,ビルドっぽいな」でした。そしたら案の定と言うべきか大森プロデューサーだった。
スタッフを名指しで語る人には総じて「お前はその人の何を知ってるんだ」って感じるんだけど、"の作品"ってつけたからいいよね。彼の作品を知ってるのは事実だし。

具体的にどうそれっぽいのかってのを言おうとするとちょっと難しいんだけど、一番思うのは散らかってる感じ。
分かりやすいであろうところだと、ベルト名にちょろっと漢字付いてるのとかマッハっぽいし、どことなくスポーティ(あと蛍光色)なのはエグゼイドっぽいし、シンプルストレートがかっこいいみたいな発想はビルドっぽい。
ヒューマギアもロイミュードやバグスターの影がチラつくし、画像にハエっぽい敵幹部みたいなの映ってるし。
まぁ、結論ありきのこじつけかもしれない。自分でもよう分からんけど、間違いだろうが先入観だろうがとりあえず僕はそう感じた。


さっきシンプルって話を出したけれども、黄色い以外は特筆すべきことが見つからない、面白味のないデザインだなぁと。黄色は好き。
主人公がストレートなバッタモチーフなのはオーズの足を除けば平成ライダーにはなかったことなので逆に新しいのかもしれないけど、原点回帰とか言ってバッタ来るんじゃないかってのは、みんな毎年頭の片隅にあるよね? それがやっぱり来たってだけ。
とはいえ、仮面ライダー=バッタみたいなイメージこそあるけど、直感的に似てると思ったことってぶっちゃけほぼない(RXの首くらい)ので、そういう意味では目新しくはあるかな。なんというかこう……僕の語彙の中だと"オリジナルなきコピー"って言葉がすげぇしっくりくるんだけど、こういう文脈で使うものなのかは知らん。
ぼんやりと「2号ライダーは序盤対立するけどそのうち仲間になるツンデレキャラ」みたいな"型"はあるんだけど、実際そこにぴったりハマる奴って意外とそんなに多くない、ってのと似てるかも。最大公約数的、というのも近いかな。

ただ、物事から面白味を汲み取れないのって単に受け取り手の教養不足な気も最近はしてるので、この認識はこれからいろんな発見をしていってアップデートできたらいいなと思ってはいる。んだけれども、だからそもそも情報量が少ないんだよなぁ。抽象的だし。アスペの僕には難易度高め。

 

あらすじを読むと、主人公がAIをつくってる会社の社長になるらしく、武器もカバンだし、仕事という部分にかなりスポットを当てるらしい。脚本はエグゼイドの高橋さん。
これも正直またかよ、って感じだけども。僕はあんまりここを好きになれる気がしないんだよなぁ。エグゼイドのときに散々考え抜いて出した僕なりの結論が、「仕事だから対価としてお金を貰ってるだろうにも関わらず、私情を挟む上にお咎めなしなのが気に食わない(私人としてクズなのはそんなに不快じゃない)」なので、クウガの一条さんや響鬼のヒビキさんみたいな基本的に非感情的なものじゃないと納得できないのよね。で、それはそれで「ドラマチックじゃなくてつまらない」とか言い出す。つまり職業ドラマって時点でもう僕が楽しむ道は潰えてるかもしれない。特に不破諌/仮面ライダーバルカンさんなんか、思いっきり飛彩と同じ私情タイプに見える。

僕はいまは働いてないんですけど、以前やったバイトは自分の仕事のできなさに対して給料が高過ぎると感じて、そのストレスで鬱っぽくなってやめたのよね。それくらい……って言うのも変だけど、僕は"仕事"というものにこだわりがあるらしい。
理由はどうあれ働いてない人間が働いてる人間に物言う資格ないって言われたらごめんなさいとしか言えないけどもさ。いやそれにしてもエグゼイドの奴らは相当……(省略)

まぁ逆に、本作を受け入れられたら僕自身も少しは働くのに適した精神状態になるかもしれないと考えれば、そう悪いもんでもないかもな。

86ma.hatenablog.com


もうひとつ話題なのはやっぱり最初から女性ライダーがいるって点だよね。僕はそれ自体にはそんな興味ない(だって別に女の人だからって何が変わる訳でもないし。ライダー同士でハッキリと分かる恋愛でもし始めるってんならまた別だけど……ってそれはRT龍騎でやったんだっけ)んだけども、彼女 刃唯阿/仮面ライダーバルキリーを合わせて既に3人のライダーが判明していることになる。
並列フォームが多人数ライダーに割り振られることでそれぞれのパワーアップアイテムとして扱われるのはエグゼイドの中でも曇りなく好きなところなので、ゼロワンでも人数を活かしてくれると嬉しいな。パワーアップではないにしても、ビルド一人でベストマッチ10種類に比べたら各3フォームずつとかの方が有り難みが減らずに済みそう。能力の重複も問題なくなるしさ。

あれ、そういえばゼロワンドライバーってオープン価格じゃないのね。定価を設定しないことで"安売りされている"というイメージが付かないようにするための処置とのことなので、早々にベルト鞍替えするんだろか。拡張性もなさそうだし。

あと主題歌って後ろで流れてたやつじゃないのか。じゃああれはなんなんだろ。

 

僕がわざわざ書くとなるとネガティブなことばかりが目立つけれど、楽しみにしてる自分も勿論いる。じゃなきゃ見ない。
書こうと思ってたことは全部書けたと思う。そろそろ眠いので終わりです。

 

86ma.hatenablog.com

仮面ライダージオウ EP37「2006:ネクスト・レベル・カブト」 感想

キャラクター

 常磐ソウゴ
・「俺、生まれてないから……」
ここすげぇ好き。詳しくは下で。
・「こうなる気はしてたんだよね」
「少しは人を信じなくちゃ」とか言った直後にこれだよ。でもそこが好き。今の僕ならエグゼイドだって(魔王の肥やしとして)エキサイトできる気がしてるんだけど、どうだろね?

 

 ツクヨミ
・「何か見落としてる気がする」
何かってなんだろう。僕も一応「これまでのアナザーライダーとは違う」で納得してた人間なので、本人もよく分かってないままに何か見落としてるとか言われてちょっとイラッときたぞ。まぁ最近の話題でいくと映画ではウォズが裏切るらしいので、彼の説明を鵜呑みにはできないなというのはあるけれど。っていうか、ここへきてようやく序盤の「私が教えると思うかい?」に納得がいったよ。その際アナザーライダー誕生によってライダーの歴史が消えるルールを説明したのも彼な訳なので、そこから揺らぐ可能性もある。
軽くおさらいしてみると、「アナザーライダーが生まれてもオリジナルが消えてない」現象が認識されたのは劇中では剣編が最初だけれど、一応はアナザージオウが最初。彼も2019だしね。もしアナザージオウの誕生(と、壊れなかったウォッチ)ではなく、2019という年号の方に意味があるとするなら、たまたま年明けからアナザーミライダーと既に歴史が消えている龍騎が扱われてただけで、仮にその期間にアナザー剣が生み出されてたとしても同じ結果になったんだろうか。

 

 加賀美新
・サラッと流されてたけど、影山が死んだことを加賀美が知るシーンってなかったよね。最終回のラストでは、岬さんや田所さんがZECTやめる程度には平和に……つまりワームはいなくなって戦闘する機会はなくなっていると思うんだけど、その1年の間に矢車と会ってその辺りの情報を共有することがあったのかね。僕はてっきり一人で白夜を見に行ったもんだと思ってたけど。

 

 地獄兄弟
・彼らが加賀美を捕まえる理由なんて、天道を誘き出すためくらいしか思い付かない。でもそうとなると天道は来なそうなんだよな。じゃあやはり大方の予想通り加賀美がカブトになるんだろうか? うーん、それはない気がするけど、どうだろう。
一応、これを書いてる時点ではもう既に放送はされてて、どうやら加賀美が変身したらしいというところまで聞き及んでいるんだけれど、ガセ情報の可能性もあるからさ。僕はまだ見てないので未確定なものとして扱ってます。

 


設定

・門矢士「どうやら、だいぶ時空が歪みだしている」
なるほどね。これまでの平成ライダーが全て地続きだということになったら矛盾は避けられないから歴史を消してきたけれど、最近はそれをしていないから、歪み……つまりタイムパラドックスが発生し始めているということか。何故「している」ではなく「し始めている」なのかというと、タイムパラドックスが起こるためには、時間を過ぎ去るものではなく積み重なり繋がったものだと捉える以上、"未来永劫に渡って矛盾が解決しない"保証が必要だということ。
分かりやすい例を上げると、序盤のレジェンドウォッチ。「ここにライドウォッチがあるからには、過去へ戻ってウォッチを預けることで"辻褄合わせ"をしないといけない」ということだったけれど、これってどれだけ先延ばしにしても「どういう経緯でもらったか」という記憶が薄れている(未確定)以上、現状ではパラドックスに見えてもいつか渡しに行けば筋が通るんだよね。それと同じで、今のところは歴史を消してないけど、いつかなかったことにしてしまうなりなんなりすれば、パラドックスなんて起こらなかったことにできる。
この理屈で行けば、タイムトラベルものにおいては後付けが完璧に正当化される。「ロジカルなライブ感」というのはエグゼイドについて結騎さんが仰ってた気がするけど、まさにそんな感じだ。やっぱ面白いよジオウ。
・ちなみに物語的には、歴史を消してきたのが「ジオウ」独善ルートだとすると、リバイブ編を踏まえた上での剣編(トリニティ編)からは、オーマジオウ未来やゲイツリバイブ未来はもちろん、過去作の歴史も共存できるルートに入った、つまりソウゴが"他者"を認めつつある(「俺は楽しいよ。仮面ライダーにどんどん会えるし」)という意味を持つ。この辺はカブト編というよりは俯瞰した全体のプロットの話になってくるのでまとめ感想で詳しく書きます。
・時々「クロックアップは他の高速移動とは違って云々……」という中途半端に頭のいい文句屋が現れるけど、ファイズアクセルだって「3,2,1……Time out」って音声が加速に付いてきてたりするし、今回のリバイブは明確にただの高速移動ではなく時間操作だと言われていたし、シノビもそれと同格として描かれている(それはそれでリバイブの格が落ちやしないかと思わないでもないが)ので、少なくとも僕はなんら矛盾を感じない。前回言った「疑問が浮かばないことは理解したも同然」という話にも繋がってくるけどね。
詳しくはいい記事があったのでこちらを参照。

クロックアップ (くろっくあっぷ)とは【ピクシブ百科事典】
・ただしリバイブ疾風≒クロックアップだとした場合、ジオウⅡの予知じゃ追いつけないんじゃないってのはある。リバイブの副作用が慣れでなくなるのと同様、ジオウⅡの能力にも練度があるのかもね。キバ編でも応用的な使い方してたし。

 

 

渋谷隕石というのが、若者の街……つまり変化やその萌芽を破壊するという意味を持つんだろうみたいな話を劇場版の感想がどこかでしたんだけど、もしそうだとするなら、ワームというのは記録・保存装置だったりするのかな。
カブト編以前に僕の『カブト』自体への理解度が浅すぎてなかなか話にならないんだけれども、温かい目で見てください。

 

次話

仮面ライダージオウ EP38「2019:カブトにえらばれしもの」 感想

過去作感想

現代の童話『仮面ライダーカブト』 本編感想

仮面ライダージオウ EP36「2019:ハツコイ、ファイナリー!」 感想

キャラクター

 常磐ソウゴ
・明確には描かれてないけど、恐らく前回の時点でソウゴは祐子が冤罪ではないと気付いていたと思われる。ただ過去が見えるのは一応初めてなこともあってか、それをなかったことにして(ついでに彼氏がいたことからも目を背け気味)、冤罪だと。やはり祐子とソウゴは意図的に似せられているらしい。
・トリニティでは無理だけど3人同時キックならギンガに勝てる、ってのが面白かった。現状は最強なはずのフォームの"弱み"を描くというのは、実に井上さんらしい。
無理にひとつにならず(統一せず)とも、バラバラのままの方がいい時もある。投影や外在化などをやんわり肯定しているようにも取れる。
・ソウゴがキバウォッチを使えないのは、祐子を倒したくないというよりは、祐子が元恋人(ソウゴからすると恋敵)を殺そうとするのを止めたくないからのようにも思えた。ソウゴの心は黒ければ黒いほどジオウⅡ回で受け入れたのがかっこよく見えるので、ついつい悪い方に捉えがちなのよね。
・「セーラさん……」
重要なのは初恋の人かどうかじゃなくて、ソウゴが"甘く包まれるよう"な経験(≒母の承認≒アップルパイ)をしたこと。
あのシーンで改めて「全人類の傘になる(当然ゆり似の人も含むし、祐子への手向けにもなる)」ことを決意したように見えた。
また、人違いというのは音也と真夜の出会いと同じなんだけれど、あれもただ投影していたというだけなんだろうか。もう少し何かある気がしてるんだけど、未だ分からず。

 

 ウォズ
・(今回の)ソウゴや祐子、ギンガの力を積極的に求めていたスウォルツと違って、"自分のため"ではないからこそギンガウォッチを手に入れられた……ようにも見えた。今回の事件から一歩引いたところにいたからこその立ち回りなのかも。ゲイツが言ってたように、冤罪をかけられた当事者が罰を下すと、ただの復讐に成り下がる。セリフから察するにギンガは、スウォルツに(目的のない)純粋な力とか言われてたように、"法"(ちなみにキバの掟とも通ずる)をあらわしているらしいので、それこそ裁判官のように、第三者的なウォズの手に収まるのはそこそこ納得がいく。或いは裁判官よりは弁護士や検事のような、ソウゴの"代理人"みたいな立ち位置なのか。
ただそうだとすると、腐女子の話は見当違いだったことになるのかもしれない。でも話したいので一応軽く書いておく。
ガルルが祐子について発した「腐っている」という言葉が腐女子さんを連想させるというところまではきっと分かるでしょう。で、それというのは男性と男性の恋愛を楽しむものであって、女性の自分を投影させて楽しむような種類のものではあまりないと思われる。ので、裁判官的な彼女の言動と合致するかなぁと思ったんだけれど……ウォズギンガのことを上のように解釈するなら、祐子が第三者的であってはおかしくなるので、「第三者であろうとするがなれていない者」ということになるのかな?
・逆に今言ったこと全部ひっくり返してウォズを主体として見た場合、今回は「ウォズがソウゴの弱さ(ギンガ)を受け入れる話」と捉えることもできるかもしれない。
僕と同じく……かは知らないが、彼もソウゴが恋をしていたことに驚いていたし、ウォズの中で神格化されていたソウゴ(≒渡の中の音也像)が"人間らしさ"を得るみたいなことなのかも?

 

 スウォルツ
・目的のためなら人の下に付くことも厭わないらしい。これまでの流れを踏まえるとタイムジャッカーを(少なくともソウゴたちが)殺して終わりということは有り得ないと思うので、ひとつの終わりのかたちとして、スウォルツ達も腹に一物抱えつつもとりあえずソウゴを王として認めるような展開があり得るのかなと。白ウォズにした話と似たような感じ。ただそれだと、ソウゴたちの戦いはこれからも続くことになってしまうので、平成ライダーを終わらせるための作品であるジオウが終わらないというのは変な話。どうだろうね。

 

 オーラ
・そういえば歴史を変えようとしている訳だから、傷を受け入れられないタイプであるのは明白だったな。
「ちょっとだけ悪い知らせと、めちゃくちゃいい知らせ」という彼女の特徴的なセリフも、もしかすると彼女自身、そうやってオーマジオウによる不都合を"ちょっとだけ悪い"ことだと自分に言い聞かせ、歴史改変すればいいと強がっているのかもしれない。

 

 セーラさん/麻生ゆり?
・ゆりは死んでるが、次狼がソウゴの傷を癒やす為に連れてきた可能性も0ではない。まぁ、亡くなった知り合いに過去へ会いに行くというのはつらそうなので、この可能性にこだわるつもりは特にないんだけれども、あまり言ってる人を見かけなかったので一応。

 

 北島祐子
・全体的に言動が支離滅裂で、空っぽな印象を受けた。キバで言うならルークとビショップが近いか。……この2人を似たものとして並べると直感的に変な感じするけど、ルークのやるゲームもビショップのこだわる掟も、ルールと言い換えると通底していて、それ自体にはあまり意味がない。例えばゲームなら人を楽しませること、法や掟なら人を幸せにするとか統治することなど、その奥にある目的を見失っては空っぽとなる。最近だとウノの公式ルールではドロー返しが認められていない云々なんて話もあったけど、自分とプレイ相手の中で楽しむという目的を共有し、お互いその為にドロー返しはあった方がいいと思うならそのルールを採用すればいいのだ。祐子も浅倉に似て、自分を追い詰めている"何か"から逃げようとし過ぎて、完全に見失っている感がある。
・ただ一応、自分の弱さを受け入れようという気持ちがほんの少しあるからなのか、完全に外在化することでなくなってしまったのか、ガルルという形で表出している。今回の彼はアナザーライダーの能力も相俟ってか、イマジンのような感じになってて面白い。

 

 仮面ライダーギンガ
・「全てのものは滅びゆく……それが唯一の絶対の法」
このセリフの通り、ギンガ自身も滅びていったのが面白かった。倒されたときの光は、"変身者"が帰ったってことなのかな。
・見返してみて分かったけど、タイミング的にちょうどソウゴが祐子の過去を見て彼氏がいたことを知った(おそらくジオウⅡの能力の一部と思われる)直後に飛来していて、空が曇り活動を停止したのもソウゴと祐子がいい感じに会話していたとき。まぁそうだろうなとは思ってたけど、キカイと同じくソウゴが生み出したものだと考えるのが一番自然かな。祐子たちと協力する出しにされてたのもあるし、オーラなんかとは比にならない強さのはずなのに祐子がマンホール如きで防げたのも、ギンガが祐子を殺してしまっては本末転倒だからだろうね。

 

 


全体的な柱になっているのは、「自分の弱さや傷を受け入れること」。
キバ本編で言えば、渡のこの世アレルギー(自分も汚れた人間だったんだ)に音也への失望、次狼の失恋や、麻生親子の恐怖心(20話)、そして名護の完璧主義など。
これらを『ジオウ』でエミュレートしてできたのが今回のキバ編と言った感じ。
僕の思う井上敏樹氏の魅力は「弱さ」の描き方なんじゃないかなと、書いてて多少整理されてきた。
僕は以前「555は善悪二元論的ではないが、悪いことしたやつはだいたい死ぬので『勧善懲悪ではない』とは言い切れない」みたいな話をしたんだけれど、悪い/弱いやつ(参照:悪者とは弱者である『語ろう! クウガ・アギト・龍騎/555・剣・響鬼』高寺成紀編 感想)が死ぬのは井上脚本世界での"法"みたいなものなんだけれど、でもそれと同時に、その世界に抗って必死に生きる様子(これを切り取って悪行とも言う)もこれでもかと描かれるんだよね。
本当は弱い人も悪い人も生きられたらいいけど、世界はなかなか許してくれないよね。みたいなスタンスが根底にあって、それが好きなのかもしれない。

余談だけど、公式サイトにおける白倉さんの「疑問を抱かないこと(≒純粋な納得や受け入れ)は、理解とほぼ等価」みたいな話も面白かったので未読なら読んでみて。

 

次話

仮面ライダージオウ EP37「2006:ネクスト・レベル・カブト」 感想

過去作感想

綺麗な物語から汚い現実へ『仮面ライダーキバ』 本編感想

仮面ライダージオウ EP36「2019:ハツコイ、ファイナリー!」 感想(仮)

記事にまとめる余裕がないので、下書きのまま公開するという暴挙に出ます。多分いつかちゃんと書く。

 

 

 

雨と太陽

雨水はマンホールへ

降り注ぐ隕石と、傘

 

抑圧と解放

破壊と庇護

地下(内)と宇宙(外)

傷を受け入れる(ギンガファイナリー)↔オーラ

この世アレルギー

 

裁判官は第三者 "わたし"の消失 腐女子 地動説(トラウマ)


「穴があったら入りたい」
墓穴を掘る からっぽ

 

アナザーライダーを倒すためにゲイツと協力、アナザーキカイを倒すためにウォズと協力、今度はギンガを倒すためにアナザーキバと協力
「同じ道を往くのは、ただの仲間に過ぎない。別々の道を共に立って往けるのは……」

 

アナザーライダーが死んだのは初?

 

「ちょっとだけ悪い知らせと、めちゃくちゃいい知らせがあるの」

キャッスルドランマジー

 

スウォルツ、目的のためなら傅く

 

菊池太陽(弁護士) 田上哲也 杉村昭二
及川順一 由紀

 

セーラさんは太陽の光で顔が隠されてる

 

「全てのものは滅びゆく……それが唯一の絶対の法」→ギンガ滅びる

法=掟=純粋な力?


北風と太陽 無実の罪を着せられる

 

ひとつの体では複数の意思を同時に反映することはできない

 

ウォズギンガファイナリー、1つ足りない 木星
ギンガは海王星がない


キバ編のキバ要素は「自分の弱さや傷を受け入れること」主に20話参照
次狼が出てくるのもゆり似の奴がソウゴの傷を癒やすのもそれで全部繋がる

 

人違い、音也

 

重要なのは初恋かどうかじゃなくて、ソウゴが"甘く包まれるよう"な経験(≒母の承認≒アップルパイ)をしたこと。
あのラストのシーンで改めて「全人類の傘になる(当然ゆり似も含むし、祐子への手向けにもなる)」ことを決意したように見えた。

 

ギンガが倒されたときの光は変身者が帰った?

 

 

ちゃんと書いたやつ↓

86ma.hatenablog.com

 

過去作感想

綺麗な物語から汚い現実へ『仮面ライダーキバ』 本編感想