やんまの目安箱

やんまの目安箱

毎日19:00更新予定。ドラマ(特撮)、アニメ等の話を中心に色んなことをだらだらと、独り言程度の気持ちで書きます。自分のための備忘録的なものなのですが、読みたい方はどうぞ、というスタンス。執筆時に世に出ている様々な情報(つまり僕が知り得るもの)は特に断りなしに書くので、すべてのものに対してネタバレ注意。記事にある情報、主張等はすべて執筆時(投稿時とは限らない)のものであり、変わっている可能性があります。

サイトマップ・カテゴリ整理

はじめましての方はこちらをどうぞ。記事数だけは無駄に多いので、索引的なものです。

 

エッセイ

 Twitter等で見かけた話題について、何か思うことがあったら書くカテゴリ。メインコンテンツである作品の感想とは読む層が違いそう。

 

特撮

ほとんどの記事にはこのカテゴリがつくと思う。戦隊とウルトラマンに関してはほとんど知らないと言っても過言じゃないので、やるかやらないか、続くか続かないかは未定。

戦隊

――ルパパト

仮面ライダー

―――大自然がつかわした戦士『漫画 仮面ライダー』 感想

――クウガ

―――独りよがりな意欲作『仮面ライダークウガ』 本編感想

――アギト

―――クウガへのカウンター『仮面ライダーアギト』 本編感想

――龍騎

―――終わりのない戦い『仮面ライダー龍騎』 本編感想

――555

―――混沌への挑戦『仮面ライダー555(ファイズ)』 本編感想

――

―――運命のマッチポンプ『仮面ライダー剣(ブレイド)』 本編感想

――響鬼

―――鬼はそと、福はうち『仮面ライダー響鬼』 本編感想

――カブト

―――現代の童話『仮面ライダーカブト』 本編感想

――電王

―――手繰り寄せ進む『仮面ライダー電王』 本編感想

――キバ

―――綺麗な物語から汚い現実へ『仮面ライダーキバ』 本編感想

――エグゼイド

―――手品のような作品『仮面ライダーエグゼイド』 本編感想

――ビルド

―――どこまで本気か分からないギャグ作品『仮面ライダービルド』 本編感想

――ジオウ

―――仮面ライダージオウ レジェンド編(1〜16話) まとめ感想

 

まとめ感想

 各話感想を全部読むとか相当な暇がないとできないっていうか自分でも読みたくないんで(僕としては、自分が全話見返そうという時におまけとして同時進行で読むのを推奨したい)、1つの作品を通しての感想はこのカテゴリにいれます。映画や小説なんかも"1つ"と数える。後はクール毎の感想とかも一応ここ。僕の感想の要点となる記事とでも言おうか……これらがコアメダルで、各話感想とかはセルメダルって感じ。"毎日更新"の満足感を得たいが為に書いてるみたいなとこあるからね、各話感想は。

あ、各話感想というのは、数話単位でより具体的で細かな感想を箇条書きにしたもの。記事タイトルに何話とか書いてあるのがそれ。ライダーのカテゴリどれかに飛べばズラっと出てくるはず。ほぼ毎日、書き溜めたものを作品順にローテーションで(例:クウガ1話→アギト1話→龍騎1話……)公開していってます。

 

雑記

いつもはTwitterで色んなことをぼやいてるんだけど「記事にするほどの文量にはならないな」と埋もれていくツイートもある。そういったツイートを脈絡なく貼って残しておくのがこのカテゴリの記事。過去に書いた記事を補足するような内容だったり、記事にはしないような珍しい話だったりが読めます。

 

書籍

多分小説版仮面ライダーが主となるだろうけど、一般の小説やその他の本についても時々書く。後は、おすすめの本について話した記事なんかもこのカテゴリに入れる。

 

映画

こちらも主にはライダーの映画について書くことになると思う。ライダーが落ち着いたらいろいろ見ることになるんじゃないかな。

 

アニメ

ここについては考え中。もしかするともう更新しないかも。あ、アニメ映画はこのカテゴリに入るか。

ヘボット!

 

ドラマ

昔見て気に入ってたドラマをいくつか見る予定。最近物語ってのが何なのかってことを考えてるので、「子供/大人向け」みたいなうるさい枠を付けられない普通の作品も見たい。

JIN-仁-

トクサツガガガ

 

玩具

その名の通り、玩具について話す記事のカテゴリ。いわゆるレビュー的なことをするときもあれば"遊び"について考えたりもするかもしれない。この辺はまぁ気分次第。

仮面ライダージオウ EP32「2001:アンノウンなキオク」 感想

キャラクター

 ツクヨミ
・自分の意志で、責任で、時間を止める力を使うシーンがとても良かった。
以前、アインシュタインの特集か何かで原爆の話を見たことがある。彼の導き出した質量とエネルギーの関係式を利用してつくられたのが原爆で、彼はその事実をとても悲しんでいた(なんて言葉でいいのか分からないけど)、みたいな内容だった。その時僕は、「事件で良かったな」と思ったんだよね。
『ビルド』に対しても似たようなことを言った。「もし仮面ライダーほどの突出した兵器がなければ、代表戦なんて規模じゃなくて、大勢のメカソルジャーや生身の兵士たちが血で血を洗う大戦になってた。それを4,5人の間に収めることができたのは、罪どころかむしろ"功績"じゃないか」と。
原爆についても似たような感覚で、確かにアインシュタインの理論によって遠回しに大勢の人が亡くなったけれど、アメリカが『日本の広島や長崎に落としてやろう』と思い、きちんとそこに落ちた。無知な状態で原子力を扱っていたら、それこそ地球まるごと滅んでたかもしれない。しっかりした理論があったからこそ、人間がコントロールできるものとして形になっている訳だし、人間が"使い方"を誤らなければもうあんなことは起こらない。
と言っても、自分自身ですら思うがままにならないことがあるので、難しいんだけどね。

 

 スウォルツ
・ついに満を持して"タイムジャッカー"から個人項に格上げ、おめでとうございます。
さて。タイムジャッカーをはじめとする他の人々は彼から時間を操る能力を分け与えられたという話だったが、ウォズのセリフから察するに更に高次の、スウォルツとツクヨミに力を与えた存在がいるらしい。「思い出さない方が幸せ」な出来事によって。循環構造だとすれば常磐ソウゴってことになりそうだけど、入れ子構造な気もする。そうすればシームレスに現実と繋がるし。いや、メタだとしても、制作陣が作り出した作品によって制作陣は社会的評価や力を与えられる訳だから、結局循環?
・それはそれとして、ウールたちの「分からせてやるんだよ、僕たちがいないと何もできないってことをね」というのは、ジオウの本筋との対比として面白い。ソウゴとゲイツの関係が象徴するように、『ジオウ』は友達づくりの話でもある。僕は勝手にオリキャスの"友情出演"もそういう演出の一貫だと思ってるんだけどね。20年続いた平成ライダーシリーズによって生まれた、東映と役者さんたちをはじめとする人々との縁。もちろんそこにはファンの存在もあるし、白倉さん曰くそれへの感謝が『平成ジェネレーションズFOREVER』だそう。
その中で他者の意見を求めず、自らの意見もあまり発さず、孤独になっていくスウォルツというのは、ラスボスになるのだとしたらこの上ないキャラクター。ただまぁ、もしそうだとしても、そのスウォルツと友達になって終わるんだろうけど。最近は、本当にソウゴがオーマジオウではないと認識されたことでオーマジオウという概念が言葉通りのアナザージオウ(ジオウだけどジオウではない者)として、孤独の権化として立ちはだかるのかなぁという気がしてる。こういう予想は外れたほうが楽しいけどね。

 

 

今回は、色んな意味で"誠実"な回だった。
まずアナザーアギト(2019)のアギトへの変身と暴走、そして翔一くんG3。これらは本編から既に交換可能性が示されていて、ギルスも名前が付いてるからにはおそらく葦原以外がなる場合も十分あるのだろう。そんな中で最もイレギュラーだった(ように見えていた)アナザーアギトにスポットを当て、その交換可能性をこれでもかと見せる。アナザーアギト(木野さんのものを含む)も単なる"アギト"のいち派生形態に過ぎず、アギト同様別の人が(そっくりに)変身することがあるのだ。これは一応今回の「自分が何者なのか」という題にも繋がってくるし。
"アナザーアギト"という仮面ひとつを他に取られたからって、木野薫という概念は死なない。変身後のデザインに依存し切らない、キャラクターや物語を持った個人なのだと(改めて)浮き彫りになる。
もうひとつは、過去作の挿入歌『BELIEVE YOURSELF』が流れたこと。これはまさに"今"だからできたことなんじゃないかな、多分。まだ『ディケイド』ちゃんと見返してないので間違ってたら申し訳ないというか僕が恥かくだけなんだけれど、今回の"32話"というのは、『ディケイド』の話数よりひとつ多いんだよね。『ジオウ』の世界観を確立するためにこれまでジオウ専用のBGMや挿入歌を流してきたけれど、過去作を扱いながらも31話あればその作品の世界観を確立できるという経験則を踏まえての、今回のこのサービスなのかな、と。「それができるなら最初から(或いはディケイドから)やっとけよ」に対するアンサーにも思える。
こういう意味で、"誠実"という印象を受けた。いやー楽しかった。

 

次話

クウガへのカウンター『仮面ライダーアギト』 本編感想

リーガル・ハイ 第7話「骨肉の相続争い! 醤油一族に潜む秘密と嘘」 感想

キャラクター

 黛真知子
・「不本意かもしれませんが、これが現実的な方法です」
さらっと流されたけど黛はこういうことに加担しちゃ駄目じゃないか? 依頼人の利益よりも正義を優先させるのが彼女のキャラクターな訳で……この場合の正義とは、まぁ十中八九、嘉平の遺志を尊重することだろう。となるとやはり最新のものに従いクライアントには手を引いてもらうのが筋だと思うんだけど、どうしてこうなったんだろう。
あんまり厳密な話をすると分からなくなるんだけど、なんとなくのイメージとして、今回の件に正義はない気がするんだよね。だからかなぁ……うまく言えないけど。

 

 黛千春
・「徳松醤油を守るためだもん」
古美門は要領がいいと表現していたが、その実は古美門と同じっていうか、目的のために手段の是非を問わない強かな印象。でも、本当にすべて狙ってやったようにも見えない……まぁ、ここは"ハッキリさせない"のが今作らしさみたいなところもあるので、あんまり掘るのもあれだけど。

 


構成

・2期でも使われてたから"蟹頭村"ってネーミングに何か意味があるのかなって思った考えたけど、もしかして「蟹の頭ってどこだよ」ってことで、どこかもよく分からない辺境の地、みたいなイメージなのかな。ちょっと笑っちゃった。ちなみに蟹のような頭と胸が区別できない部位のことを頭胸(とうきょう)部と呼ぶらしい。どこかは知らないが頭があるってことは"頭胸ではない→田舎"ってのもかかってるのかな。こういう言葉遊びは好きよ。
・醤油をつくるのは時間がかかるイメージがあるけど、前回から引き続き長期的視点と短期的視点についての話ってことになるのかな。服部さんの"旅"ってのは後者にも思えるけど、そこで醤油づくりを学んでいるから一概にそうとも言い切れないところはある。"芸者の子"ってのもよく分からないけど、多分短期的、刹那的なものの象徴な気はする。でも彼自身は長期的視点で経営を立て直したりしていて、逆に長男長女はヤマっけがどうとか男に入れ込んでたりとかであんまり将来を見越したり保身を考えたりはしていなそう。
・子供と大人と老人……っていうのも重要なポイントだったように見えた。黛はオタマジャクシとかワカメちゃんとか言われてるから子供に当てはまるような気もするけど……なんなんだろう。保留でいいかな。あと黛と言えば、三本の矢をへし折る描写も、一見今回の事件と関係ないギャグだからこそ何かありそう。構図的には千春のそれと似ている気もした。どちらも黛姓……眉墨ってたしか化粧の何かだよね。ってことは「一見〜だけど実は……」みたいな役割なのかな。まぁ、真知子はそのまま一見正しそうだけど実は無意識だけど上から目線で視野の狭い人、だろう(そして最後でそこを更にひっくり返すんだろう)けど、じゃあ千春はやっぱり計算ずく? 春ってそういう春? うーん……。

 


「伝統を守る」って、それ自体に意味はないんだよね。だから正義がないって思ったのかな。
あ、長男役の人、どこかで見たことあると思ったら555のピザ屋の店長さんだった。あと映画バクマン。の中井さん。意外とライダー出てた人が多いね。

リーガル・ハイ 第6話「DV? 二股? 流血の離婚裁判 刺客は元妻」 感想

キャラクター

 古美門研介
・前回辰巳から"嫁も子供も持たない"という話をされた直後での圭子・シュナイダーだったので、今回も古美門回かと思ってたらそこまででもなかった。家庭を持つことは自らの身(将来)を案じることに繋がるような描き方だったので、古美門にもそういう時期があり、そこから何かがあって変化したというところまで描くものだとばかり。
あ、いや違うか? 今回圭子の思惑を読みわざとそれに乗ったのだとすると、いつもの刹那的なそれ(浪費癖や我が身を顧みない戦法)とは違う長期的な視点を持ったものだ。これが単に圭子といるとそうなるという話なのか、あるいは"長期的視点に立った上で刹那的に生きている"ということなのか……僕としては後者推しなんだけど、どうだろう。

 

 黛真知子
・「勝利のみがすべてではない。私が理想とする弁護士像を圭子さんに見た気がします」
勝利……つまり"クライアントが思う理想の状態"ではなく、あくまで"私が思うクライアントにとって理想の状態"に導くという、古美門風に言えば"神"の如き上から目線の発想だ。リベラルとパターナルの話でもある。本人の自由意志を尊重し自己責任で放任的な古美門と、時には本人の意思を曲げてでも介入し保護してあげようとする黛。限定合理性を考慮すれば確かに自己責任論ですべてを片付けるのは冷たい気がするが、根本的な問題点として、ではそのパターナルな対応をしてあげる者(ここで言えば黛)もまた限定合理的な存在であるということにある。
上から目線ではなく、対等な"選択の責任の肩代わり"と捉えれば自己犠牲的でいいかもしれないが……それだけの覚悟が黛にあるのだろうか?

 

 圭子・シュナイダー
・「構いませんよ。ホーム&アウェーで」
よくよく考えてみると、圭子にとっての"ホーム"ってどこなんだ? 今は当然アメリカな訳で、言うならどちらもアウェーだろう、三木法律事務所には所属してただろうからそういうことかもしれないけど、古美門と結婚してたならあの家に住んでたことがあったとしてもおかしくはない。どちらもアウェーかどちらもホームに見える。……あ、共有財産を持たなかったって言ってたから、住居は別だったんだろうか? でも寝相が云々って言ってたしな。
・「あなたは私のようにはなれない……なる必要もない」
この言葉の意図も計りかねていたんだけれど、もしかして圭子は黛ほど押し付けがましい感じではなく、「クライアントの直接的な要求が最良とは限らないと知った上で、裁判というゲーム(敢えてこう書く)の勝敗に最終的な結論を委ねている」? 判決に委ねると言うとそれでは裁判官にたらい回ししているだけなので、パワーゲーム的な捉え方とした方がしっくりきた。

 


構成

・「権威付けられたものだけを有難がるその節操のなさが愚民なのだ」
全体的には長期と短期の視点を対比しているように見えた。そしてそれは以前からも何度か扱っている社会対個人みたいなものにもイメージ的に繋がってくる。もっと言えば、平成ライダーが描いてきた安定と変化にも。まぁ、政治的な表現をすれば保守と革命ってことになるだろうし、かなり一般性のある議題であることは間違いないんだけど。
・「分かりあうのに言葉はいらない。ただ、味わい深いコーヒーがあればいい」
コーヒー……カフェインも、酒と同様"合法ドラッグ"と言えるだろう。そして今回古美門と圭子が分かり合う手段として使われたのは黛だった……。なんとなく示唆的だけど、まだハッキリとは掴みきれていない。

 


これまでで一番見返した。骨格がなかなか掴めず、4回目でやっと見えた。でもこうしてちゃんと見返せばちゃんとした答えが帰ってくるってのは嬉しいね。視聴し甲斐がある。

リーガル・ハイ 第5話「期限は7日! 金か命か!? 悪徳政治家を守れ」/『シン・ゴジラ』 感想

キャラクター

 古美門研介
・「こういう見方もあると言っているまでだ。金と権力の中で生きれば、身内すら信用できないのは当然だ。それもまた辛い人生だろう、心を許せるのが池の鯉だけではな」辰巳「……あぁ、我が身の破滅を恐れたことはありませんね。妻も子も持たなかったので。あなたもそうではないのかな?」
今回はかなり深く古美門に切り込んでいく回だったね。特に後者のやり取りのあと、"鏡"に映る自分から目を逸らすところなんてとても良かった。辰巳を否定することは自分を否定することと全く同様であり、でも擁護する富樫にも自分と似たところがある……。立場によって主張を変えるのは当然として、自分の中での自分に対する評価というのも、立場によって変わっているのかもしれない。しかし今回は同時に両陣営を相手取るので葛藤が生まれやすい。

 

 辰巳史郎
・「どんな手を使ってでも悪者はぶち込む、それが私です」
津田寛治さんがさ、龍に蛇に"しろう"なんて名前で出てきたら、そりゃもう平成ライダーファンとしては黙っちゃいられないよね。黒を白にするスーパー弁護士なんてのもいたし、「正義はない」し。意識してんじゃねぇかとも思うけど、龍騎を知ってるなら「特撮ヒーローものの中に正義はある」とは言わせないよな。まぁ、白倉さんなりの正義の表現があれであるというのは有名な話だから、そういう意味ではそうなるけど。

 


構成

・全体的にはいわゆるマキャベリズムの話だった。"The end justifies the means."ってやつ。正直に言えば、555の"主題"歌としてめちゃくちゃあってるかって言われると微妙な気がしてるんだけど、どういうことなんだろね。ベルトの力やオルフェノクの力を"手段"として、The endを目的と訳すならまだしっくりくるけど、結果と訳した場合はあんまり。どっちも見たことあるけど、どっちが正しいのかね。英語はよく分からん。
根底に流れるものとしては何でも構わない(Anything goes!)と似たものがある。『理性の限界』では方法論的虚無主義なんて表現されていたけど、まさにそんな感じ。法律というのは国家が国を収めるという"目的"の元に運営している手段に過ぎないのであって、だからこそ"正直者が馬鹿を見る"と言われてしまうような現象も起こり得る。"正直者であること"すら何かの手段に過ぎず、例えば「情けは人の為ならず」的な考えの元にされて嬉しいことをしているだけかもしれない。
法律などつくらずとも絶対的な正義があるとするならば、それは公正世界仮説と呼ばれているものだろう。人為的な懲罰システムをつくらずとも、善人には良い結果が、悪人には悪い結果が訪れる世界のことだ。逆説的に「悪い結果が訪れるのは本人がそれに相当する悪いことをしたからだ」という解釈をすることがセカンドレイプが云々の文脈で批判されたりしていることから明らかなように、この仮説は誤りである。あるいは、"世界が思う公正"と"人間の思う公正"にズレがあるとも言えるかもしれない。
まぁとりあえず、古美門や富樫、そして辰巳は、そういうある種の諦観の元に"違法である"ことを然程重要視せずに生きているって訳だ。
・いつもワインっぽいものは飲んでるが、今回初めて明確に"酔っ払う"描写が見られた。タイトルのLEGAL HIGHとは合法ドラッグを指し、広く取れば酒もそうだろう。軽く扱うには勿体なすぎる要素なので、何かありそう……なんだけど、パッとは思いつかない。結局その飲み会で得た情報(江藤の裏切り)は役に立たなかったし、大した意味はないんだろうか? 馬鹿と鋏は使いようなんて言うけど、やっぱりこれもものの見方の話ってことでよいのだろうか。酔い潰れて偉そうになる面もあれば、コミュニケーションを円滑にすることもある(らしい。僕は飲んだことがない)。
・「世の中に先生と呼ばれる職業はいくつかある。教師、医者、君たち弁護士。そして政治家だ」
今回には直接関係ないけど、教師と医者についてはどちらもSPにて取り扱われる題材なので、何かリンクがありそう。

 

 

以前親戚と『シン・ゴジラ』の感想を語らう機会があった。僕も相手も作品自体には肯定的で互いに「リアルで面白かった」と言っていたのだけれど、本質的には真逆と言っても良かった。大雑把に「自衛隊出動までの前半/巨災対ゴジラを凍結する後半」と分けて、評価している点がまるで噛み合わない。
先方は「前半は会議ばっかりで何も決められない政治家の無能さを皮肉に描いていて面白かった」というのに対し、僕は「甚大な被害が出たが、最善を尽くす姿がかっこよかった」と感じたのだ。
矢口は確かに冒頭から巨大不明生物である可能性を進言しているが、僕の覚えている限りでは根拠と呼べるものは一切ない妄想、飛躍としか言えないものであった。それよりは経験的な予測に基づく確からしい判断のほうが僕は好きだし、少なくとも公的機関にはそうであって欲しいと感じる。何よりあの手続きは"現代日本においては必要"とされているものなのだ。理由は色々あってここでは語りきれぬだろうが。
で、じゃあ後半的な迅速で飛躍した対応をするためには何が必要かと言えば、例えば独裁者か、今回の富樫のようなフィクサーであろう。古美門の言うように彼のように力を持つ者の存在はそういった利点があることは想像がつく。しかしそういった権力者は嫉妬などまた別の理由で疎まれてしまう。決定権を分散すれば会議ばかりで時間がかかるのも当然だろう。
「リアルだった」という感想が同じな以上、"リアルな政治"へのイメージの相違が根底にあるのは疑いようもない。「私利私欲しか頭にないバカどもによる汚い世界vs自分よりもずっと頭のいい人たちの葛藤による難しい世界」……どちらが正しいのかなんて、僕も向こうも実際に政界に入ってこの目で確かめた訳じゃないので分かるはずもない。単純に僕は、よく知りもせずにバカだと決めつけるのが嫌なだけ。
なんか話が逸れたな。雑にまとめると、龍騎といいリーガル・ハイといいシン・ゴジラといい、津田寛治さんかっこいいよね。

 

次話

リーガル・ハイ 第6話「DV? 二股? 流血の離婚裁判 刺客は元妻」 感想 - やんまの目安箱

リーガル・ハイ 第4話「太陽を返せ! マンション裁判仁義なき戦い」 感想

キャラクター

 古美門研介
・「その評判は間違っています私はすべてに強いのです」
法律家としてジェネラリストというよりは、結局それを扱うのは人間であるということを利用した人間のスペシャリストってイメージだけどね。
・「だが我々の知らないどこかに本物の"寺田工務店"があるのかもしれない。違うか? 君が正義とかぬかしているものは上から目線の同情に過ぎない。その都度 目の前のかわいそうな人間を憐れんでいるだけだ」
僕も最近、大した信念もなく思考ゲームとして男女差別とかLGBTがどうとかって問題を取り扱ってるけど、つくづくそう思う。一人の人間として欲を剥き出しにしてぶつかることこそが、"対等な関係"というものかもなと。
本当に正義を掲げようと思ったら全知であるうえ偏りなく全てを解決する方法を思い付く発想力が必要だ。もしこの世からすべてのトレードオフ関係を無くし、各々が別個に幸福を追求することができる構造にできるとすれば、それは個々人が自分の殻に閉じ籠って他者と関わらずに妄想だけですべて完結し生きること以外に今の僕には思い付かない。もちろんそれを成し遂げるまでに多くの苦労や犠牲が起こることは想像に難くないけど。生命維持等の基本的なことが半永久的に全自動でできる技術があることが前提だしね。まぁ、他者とかかわらないなら子孫も残らないし、今いる代の人間だけをなんとかすることに全力を注げばできないこともないかもね。
・「神でもない我々にそんなこと分かるはずもない。正義は特撮ヒーローものと少年ジャンプの中にしかないものと思え。自らの依頼人の利益のためだけに全力を尽くして戦う。我々弁護士にできることはそれだけであり、それ以上のことをするべきでもない分かったか朝ドラ!」
ジャンプに正義なんてあったっけ。あんまりそんなイメージないけど、これはそもそも僕が漫画を大して読まないから? 特撮もだけど基本は娯楽であって、正義がどうとかなんて取り扱うことのほうが珍しい気がする。だいたい切った張ったか惚れた腫れたのどっちかじゃない? むしろイメージで言うなら、それこそ里見浩太朗さんの水戸黄門こそ"正義"に近い気がする。恩のある人のそっくりさんを悪く言うのは、流石の古美門も抵抗があったのかね(笑)

 

 黛真知子
・「だるまストーブあったかいですよスルメおいしいですよカップ酒最高ですよ!」
これを服部さんのとてもおいしいであろうポトフを食べながら自覚なく言うところが黛って感じ。
・「私は、正義を守るために弁護士になったんです」
"被害者に寄り添う"ことが必ずしも正義ではないという出来事があったってことだろうか。それとも前回の相沢との回想がそれなのか? 被害者が可哀想だという理屈を自分に当てはめたとき、なんとなくそれを欺瞞に感じた?
・「あなたを、倒すためです。いつか必ず、倒します」
いいね。邪道なことを描くためにきちんと最後には王道を勝たせるっていう、DEATH NOTEとかが顕著な手法。もはやこれこそ次代の王道と言ってもいいかもしれない。

 

 大貫善三
・「敵は、5000円などというふざけた額を提示してきた!」
1世帯500万というのがどれくらいなのか僕には想像すらできないのだけれど、これはあれだよね、係留ヒューリスティクスが云々の駆け引きだよね。マクドナルド・コーヒー事件とかが例に出されるけど。最初に大きな金額……例えば3億をふっかければ、"それと比べて"人は判断しやすいので、500万から提示するよりも多く金を取れるという話。平成ライダーファン的には、オーズで鴻上が「70〜」とかやってたのをイメージしてもらうと分かりやすいかな。「はい変わったー」の時のあれね。
古美門は多分それを阻止するためにわざと低い5000円という比較金額を出したと。
・「一人ひとりの力は小さくとも、大勢集まれば、大企業の横暴を打ち砕くこともできるんだ!」
おかしな話だよね。"大企業"だって同じ"人の集まり"であって、本質としてはどちらも何も変わらないのに。どんな理由か知らないけど、敵視し過ぎて彼の中では大企業という名前の独立した生命体か何かってことになってそう。
・大貫「満足か? 金をたくさん手に入れて、それで満足か?」
古美門「……はい」
大貫「……ならいい。頑張りなさい」
彼は自己満足だと言われたことに対して納得をしたのだろうか。あの一言がきっかけで見方が変わったとするならば、ここのやりとりはしっくりくる。結局僕らは自己満足を求めるしかなくて、他人を思いやっても迷惑でしかなかったりするし、逆に自分の利益を考えただけなのに思わぬ形で誰かを助けることになったなんてこともあったりする。そういうもんだよね。

 


構成

・大貫がいちいち古美門を小僧とかガキとか言うのが何なのかと考えてたんだけど、"上から目線"の表現なのかな。
・「他人事VS親身」ってのも少し思うところがある。仮面ライダーの記事では一度書いた気がするけど、"正義"っていうのは基本外部者が名乗るものなんだよね。自分の得になるものは多く"偽善"と呼ばれる。正義と呼ばれ得るのは、自分が損をする自己犠牲か、自分に影響のない無関係な立場においてかのどちらかだろう。
まぁ、正義というのは好かれるから、そういうものを求めた利己行動である(つまり無得/無関係足り得ない)と言うのは容易く、そう簡単にパターン分けできるものでもないんだけれどね。
で、そういう意味において僕はヒーロー像を大雑把にルーラーとプレイヤーの2種に分けた。古美門は生粋のプレイヤーだ。そしてその多くは"ルーラーを諦めた者"だったりする。
今のところリーガル・ハイでの裁判はそういうゲームだ。本来ならば代理人である検事と弁護士(弁護士同士)のプレイを見て、外部者である裁判官がルーラーとして裁く。んだけれど、民事の田中さんは割とプレイヤー的傾向の強い方なのでそうなっている。しかしあの不当とも言える判決は"情がある"故のことであり、黛は古美門を"情がない"と罵ったがそれは彼女の求める"正義"とはまた違うものなんだよね。そこの矛盾をどう扱うかが肝になるのかな。

 


「結構みんな満足してるのよ」
これが今回の中で一番好きなセリフかな。これは"当事者"の感想なので、例えば互いに満足していても「それは不適切だ」と"部外者"が正義を振りかざすことの是非とかも。そもそも、なんのために正義を振りかざすのか。それを考え出すと、どうしてもルーラーはプレイヤーに落ちてしまう。
だから、自分が正義だと信じ切る傲慢さがなければルーラーにはなれない。上から目線でなければ。

さてもうお気付きだろうけど僕はこの作品を平成ライダーとほぼ同じ視点で見ている。平成ライダーファンには本作を、本作のファンには平成ライダーをオススメしたいと常々思っている。古美門と黛の関係なんて響鬼やカブトで描かれたそれに酷似しているし、黛が古美門を倒すために古美門法律事務所にいるというのはもう完全に親殺しだ。
娯楽娯楽していて何も考えずともそこそこ楽しめるという点も共通してるかな。

 

次話

リーガル・ハイ 第5話「期限は7日! 金か命か!? 悪徳政治家を守れ」/『シン・ゴジラ』 感想 - やんまの目安箱

仮面ライダージオウ EP31「2001:めざめろ、そのアギト!」 感想

キャラクター

 常磐ソウゴ
・「今の俺の力じゃ、まだオーマジオウには歯が立たない。せめてオーマジオウと肩を並べるくらいの力を持たないと」
分かるようで分からない理屈。そもそもオーマジオウというのはソウゴ自身なのだから、ソウゴがなりさえしなければ戦う必要はない。オーマジオウがカッシーンの時のように過去へ攻めてくるなら話も変わってくるが……祝電というかたちで再び介入してきたのは事実なので、そういう展開も有り得ると見越して、ということなのかね。

 

 ウォズ
・前々回、彼の過去を聞いて僕は結構ショックだったというか、かなり酷いやつでびっくりしたんだけれども、(物語の構成的には)その後すぐ水に流す前提で明かしたエピソードな訳だから、視聴者としてはむしろ気持ちが追い付かないくらいでちょうど良かったんだなと、今になって気付いた。

 

 ツクヨミ
・ウォズの項での話を踏まえると、彼女の過去とか力も、翔一くん同様「あまり気にしない」で済まされるのかな。どんな過去があろうと今我々の目の前にいる彼女は紛れもなくツクヨミだし、翔一くんも"翔一くん"で定着してる。
・しかしこの流れで行くと、タイムジャッカー(ウォズも含むかも)のあの特殊能力はすべてアギトの力の発展系ってことになるんだろうか? 彼らの名前も本名なのか甚だ疑問("時間"ってさ……)だし、未来においてもあかつき号事件にあたるような何かがあったのかもしれない。

 

 スウォルツ
・セリフを聞くに、おそらくあの(アナザーライダーとしての)アナザーアギトはどこかで目覚めた適当なアギトから奪った力で生み出したものということになるんだろうけれど、そもそもこれまでずっとオリジナルライダーの位置とは全く関係なく力奪ってきてたよね。これまでと違うのは、今が本編後で、翔一の所在が「作品」という形で残ってないということくらいだろうか? つまり、最低限、居場所を把握することが力を奪う条件で、タイムジャッカーは本編の記録を参考にして場所を把握していた……と。あんまりスッキリとはしないけど、そもそもスウォルツの目的からしてまだ不明なので、なんとも言い難い。

 

 津上翔一
・戦わない理由は「海外にいたから」だそう。まぁ、ギリギリ納得できる塩梅かなぁ。そもそも現在までに何度も世界改変は行われてる訳なので、ずっとアギトだった保証もないし。

 

 風谷真魚
・彼女は自分に眠る力の名前が"アギト"だってことは知らないんだっけ? あと、アナザーアギトの容姿も。なんの為に見返したんだって話になってくるけど、正直あんまり覚えてない。

 

 アナザーアギト
・動きが全然違うだけで、ほぼ同じ見た目でも全く印象が違うもんだね。ディケイドのカメンライド等についても同じことが言えるけど。よく見ると、アナザーライダー用に顔のデザインが若干変えてあるらしい。実際にギルスや木野さんのアナザーアギトが生まていることから、アギトの形態は人によって個人差が出る余地はある(その上で、必ず出なければならない訳でもないらしい)ことが伺えるので、このアナザーアギトもそのひとつということでいいのかな。
・ところで人間がアギトになる際、衣服は消えるのが常なんだけども、それを言うのは流石に野暮ってものよね。でもちょっと気になっちゃった。そもそもなんで消えてるかが僕の知る限り解明されてないので、矛盾でもなんでもなくただ受け入れるしかない現象のひとつでしかないんだけれども。上記の個人差にも含まれるのかもしれない。
或いは吸血鬼の眷属のように、本体と比べ不完全であるが故に、露出しているところ以外はそもそもアギト化していない半端者なのかも。

 

 

「オーマジオウにならないために力を捨てるべきかどうか」という問いはそのままアギトの力の処遇とも重なるけれど、何よりもあの作品のテーマは"現在"であるので、便宜的な現在編である今のジオウの文脈にとても合う。色々言いたいことはあるけど、とりあえず次回を待つ。

 

次話

仮面ライダージオウ EP32「2001:アンノウンなキオク」 感想

過去作感想

クウガへのカウンター『仮面ライダーアギト』 本編感想